彩季-勉強

「生徒会長ともなれば、勉強とかもできるんですか?」


 夕焼け空に対して煙を吐き出しているルトに、俺が今まで思っていた疑問を投げかけてみる。


 俺たちが過ごしている学校は、特に勉強に力を入れているわけではない。力を入れている部分を探すとするのならば、運動部に関連した成績であったり、文化部のコンクールであったりが挙げられるのかもしれない。科学部については、今のところコンクールとかに応募する予定はないし、そもそも何をもって競争に挑むかも俺自身が把握していないから、これから先、天体観測以外で何かに取り組む、ということはないのだろう。


「ん? 俺?」


「ルト先輩以外、生徒会長はいないでしょ」


「ルトはやめろ。可愛くなっちゃうだろうが」


 いつもの会話の定型文を繰り返した後、彼は考えるような仕草を取る。


「……できないな!」


「えぇ……」


 爽やか、とも言えるくらいの軽快な返事に、俺は唖然とした声を返すことしかできない。


「いやさ、普通に進学校とか頭のいい学校とかだったら、生徒会長は頭がいい、とかはあるかもしんないけどさぁ。……ここはなぁ」


 そんな言葉を聞いて、俺はなんとなくだけれども納得してしまう。


 そもそも、俺がこの高校に進学したのも、愛莉のために狙っていた高校入学が絶望的だったからであり、それ以上の理由はない。


 名前を書けば受かる、とか、そういう低いレベルではないものの、地元でこの高校の名前を出してみれば『あー、君は勉強ができないんだね』とか、そんなことを言われてしまうかもしれない。


「ぶっちゃけ、生徒会長になったのは教師から推薦されただけなんだよなぁ」


「教師から? 生徒ではなく?」


 そうだよ、とルトは返答しながら言葉を続ける。


「基本的に、この学校は生徒からの推薦とかはないんだよ。別に治安が悪い学校なわけではないけれど、昔からの決まりらしくてね。……まあ、雑用の指名くらいは生徒会でできるけれどな。ともかくそのせいで、目をつけられた俺は生徒会長になっちゃった、ってわけ」


「……まあ、推薦されるにも理由はあるでしょうから、悪い目で見られたってことはないでしょう」


「そりゃあそうだろうけどさぁ」


 ルトはあからさまにため息をついた。息の中に微かな白い煙が孕んでいるのが視界に入る。


「品行方正の俺を捕まえて、無理やり労働させる、っていうのはなかなかブラックじゃない?」


「……」


 品行方正? 


 煙草を片手に持っている男が?


「おい、そんな文句を言いたそうな顔するんじゃねーよ。これでも去年まではまともだったんだからな」


 ふふん、と胸を張るように、得意げな様子でルトは語る。俺はいまいちそれを信じることができないままだ。


「信じてねぇな? 考えてもみろよ、それ以外で俺が生徒会長をやっているわけがないだろ?」


「まあ、それはそうかもしれないですけど」


「俺は品行方正で通っている人間だったんだよ、今でもな」


 そう言いながら煙をふかすルトの姿。この姿を教師につきつけてみたい気持ちもあるが、そうしてしまえば科学部の存続も危うくなるからやらない。


「高原は勉強はできんの?」


「……それだったら、俺はこの高校にいませんよ」


「そらそっか」


 ルトは同情するように笑った後、煙草の火種を消して、そのまま屋上の扉へと向かっていく。


「まー、俺が言うのもなんだけど、きっちり勉強はしておけよな。生徒会長とのお約束だぞ」


 俺は彼の言葉に、とりあえず、へいへーい、と間延びした声を返す。


 本当にアンタが言うのもなんだな、という感想しか俺には抱けなかった。

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