第5話
「労ってるよ、もうメチャメチャバリバリ!だからあの映画だって、コウちゃんが主役になるようにしてって言ったのに!これで少しでもコウちゃんを支えられると思ってたのに…見てよ、ほら!」
頬を思いきり膨らませたむくれっ面で、杏奈は座席の脇に置いてあったショルダーバッグを机の上に引っ張り出す。
そして、その中から改めてもらった映画のキャスト表を取り出し、有美に見えるように机の上に広げた。
「…ちょっと杏奈。私、これ見ちゃっていいの?」
「有美が誰かにしゃべったりしなきゃ大丈夫だし、そもそもそんな子じゃないでしょ」
「全幅の信頼を置いて下さり、ありがとうございま~す。…で、誰がそうだったっけ?」
「こいつよ、こいつ!」
そう言って、杏奈はさも憎々しげにキャスト表の一部を指出した。
『悪魔の母性』と銘打たれたその映画は、誘拐事件を担当した刑事の視点から描かれる作品となっており、杏奈はある女優の一人息子を誘拐した犯人の女を演じる。
その犯人の女の出番は多く、回想シーンの若年期から現代の壮年期までを演じるので、本来であれば、デビューしてまだ二年足らずの杏奈には不相応の役だ。
それでも、「コウちゃんがいてくれれば」と杏奈は思っていた。
経験豊かなコウちゃんなら、自分を何とでも引っ張っていってくれるだろうし、そんな彼に応えて素晴らしい演技をしてみせると誓える。そして、きっと彼の支えになってみせると思えたのだ。
それなのに、いざキャスト表を見てみれば、主役に配された役者の名は紘一ではなかった。
「本郷(ほんごう)…、湊(みなと)?誰、これ?」
「私が聞きたいよ、そんなの!」
杏奈の指先に記されていたのは『本郷 湊(新人)』という文字だった。
全く聞いた事のない名である。そもそも、名前の後ろにしっかり新人と書かれているのだから、下手をすればこの映画で役者デビューという事になる。
ゆえに、杏奈は憤慨したのだ。
紘一より実力も人気も上の年配の役者なら、まだ納得できる。しかし、彼からこの主役の座を奪ったのは、どこの馬の骨とも分からないような新人だったのだ。
マネージャーの田所に、どこの事務所の俳優かと聞いてみても、返ってきた返事は「さあ…?僕は何も聞いてなくて」という頼りないもので。それがよけいに杏奈の怒りを助長させていた。
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