第4話



「あー、もう!超ムカつく!!パパのバカバカバカァ!」


 あれから数時間後の、午後八時二十四分。


 すっかり日も落ちた闇の中、窓越しにチカチカとまぶしく映る繁華街のネオンの光を背に浴びつつ、向井杏奈は四杯目のチューハイを一気飲みしてからそう怒鳴った。


 彼女が今いるのは、繁華街のやや中心に位置しているシックな造りと趣きのあるダイニングバーだ。


 黒をベーシックカラーにしている店なので、派手な内装は一切ない。おまけに全席個室だから落ち着くし、その一つ一つが分厚い壁や目隠しのカーテンで遮られているので、人目を気にしなければならない業界人にとっては非常にありがたい店である。


 まだ二十歳の杏奈にとって、そう何度も頻繁に通えるような安い店ではないのだが、どこかのカラオケルームで愚痴るよりおいしいものを食べながら…と考えてしまった。


 これで目の前にいるのが、恋人の西宮紘一であればどんなによかったか…。


 そう思いながらチューハイのジョッキを机に置けば、案の定、その目の前にいる人物が深いため息をついた。


「…杏奈。考えてる事が顔に出過ぎ。仮にも女優なんだから、その辺は隠しなさいよ」

「だって、コウちゃんの仕事がこんなに押してるだなんて思わなかったんだもん。久しぶりに三人で飲めると思ったのに!」


 そう答えながら、杏奈は自分のスマホを取り出し、液晶画面に表示されているLINEメッセージをずいっと見せつける。そこには『ごめん、共演者のOKテイクが出なくて、撮影押してる。有美ちゃんによろしく(。-人-。)』という、紘一からのものが浮かんでいた。


「ふ~ん。西宮さん、本当に忙しいんだ。最近、テレビや雑誌でしか顔見ないし、声も聞かないからね。杏奈、ちゃあんと労ってあげなさいよ?」


 そう言いながらLINEメッセージを食い入るように見つめているのは、杏奈と同い年で木崎有美(きざきゆみ)という名の女だ。


 杏奈や紘一とは違い、いわゆる一般の女性である。さほど偏差値が高い訳ではない短大の二回生であり、将来は会計士になる事を目指している。


 杏奈とは中学時代からの親友であり、彼女から絶大の信頼を置かれているゆえに、紘一との交際も聞かされていた。それを心底祝福してくれ、時折こうして叱咤めいた事も言ってくれるので、杏奈は気兼ねなく、有美には本音を口に出す事ができた。

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