第58話

 そう思ったら、走り出していた。

 千葉さんとこれから稽古場に向かうと言ってたっけ。

 急げ。

 震える足に鞭打って、駐車場へ走る。

 階段を駆け下りて、関係者用出口を抜ける。

 大通りを挟んだところが駐車場だ。

 そこから一台の車がこっちへ向かって走り出すのがわかる。

 運転席には、千葉さんが乗ってる!

 助手席と後部座席の中は見えないようになっているけど、きっと、どこかに彼が――純がいるはずだ。

「千葉さん、待って!」

 大きく手をふって車に合図する。けれど、千葉さんは気づかず、車は大通りの先へとせくように走っていく。

 追いつくなんて不可能だ。わかっていた。

「待って。お願い。――純!」

 それでも足が車を追ってしまう。

 残されたあたしの視界には、目当ての車なんてあっという間に飲みこんでいった都心のたくさんの車たちがただただ連なっているばかりだった。

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