Ⅱ 遠投投石機『ウォーウルフ』
長大な射程を持ち、強力な魔力を込めた岩石により凄まじい火力を発揮する遠投投石機(トレビュシェット)――そう聞くと、無敵の兵器であるかのように聞こえるが、事はそう単純ではない。
まず第一に、遠投投石機は、展開するまでに時間が掛かる。時にこの手の兵装の材料を現地調達していたような時代は完成に数ヶ月を要したという。
イズル・ヴォルゴール率いる金羊毛(トワゾン・ドオル)騎士団及びガルディアン・デ・レーヴ伯(イズルの義兄にして本名ユーゴ・レーヴ)ガルディアン・ド・レキリーブル騎士団の両軍に配備されたそれは通称「ウォーウルフ」と呼ばれた。
荷車に大量に積まれた木材、それは組み立てやすいよう随所に対応する印が付けられており、アリエス王国が誇る魔道部隊の魔法使い達の手により瞬時に展開することが可能だった。
だがそれでも大きな隙を晒すし、一度展開すると敵からすれば大きな的である。
キャンサー帝国の城壁が見えてきた頃、内部にいるであろう魔王軍への攻撃の為、展開した矢先だった。一体どこから来たのか、首無騎士(デュラハン)の群団が突進を開始した。
「ウォーウルフ」の側面、この遠投投石機は台を回転させればある程度射角を変更できるのだが、それでは本来の目標への攻撃が遅れる。更にいえば、このデカブツは動いている的に当たるようには出来ていない。
デュラハンは首の当たる位置から青白い魂の火炎が噴き出していた。かつて討ち取られた騎士の怨念が吹き荒れている。
それを迎え撃つは我が方の騎士団――ではなく、数人の英雄達。彼女らは徒歩だった。先陣を切るのは若緑色の髪を持つ少女、ヘレン・ワーグナー。右手に大斧(ハルバード)、左手に戦斧(サマリー)を持ち、恐れも知らない真顔で接近する。
まず左手が動いたと思うと、投擲された戦斧(サマリー)がデュラハンが乗る二角獣(バイコーン)の頭をその二本の角ごと叩き割る。落馬したデュラハンの胴体へとすかさず大斧(ハルバード)を振り下して粉砕した。
その横をすり抜けたのはジェミニ評議界共和国のセレーネ・ヒュペリオン。彼女は跳躍すると、分厚く幅広い刃(ブレード)を柄(シャフト)にはめ込んだ片刃剣(ファルシオン)をすれ違い様にデュラハンへと叩きこむ。首の無い騎士は自分が斬られた事にも気づかないまま、真っ二つになり落馬していく。
「てめぇら、先駆けは俺だって言っただろうがぁあ!」
怒鳴り声と共に斬撃長剣(ロングソード)刺突剣(レイピア)の二振りの剣でデュラハンを細切れにしたのは、シモン=ファン・レーヴェン=ペルゼィック通称ペルゼィックだ。
「あら、先駆けしたいのなら先に行けば良かったのに」
「お前ぇらが無言で行くから出遅れたんだろうが!」
セレーネが栗色にオレンジのグラデーションが混じった独特の髪を風に揺らし、優雅に挑発すると、ペルゼィックは顔を真っ赤にしてそれに易々と乗っかる。
ヘレンはいつも通りのマイペースさでその喧嘩を余所に、大斧(ハルバード)を振り回し続けた。騎乗のデュラハンに刃を引っ掛けて叩き落とし、先端の切っ先を首の断面、憎悪の炎に突き立てて消滅させる。落馬した首無の騎士はジタバタ暴れていたが、炎が消えた途端、おとなしくなった。
「ん……やっぱり、この子達、首のとこの炎が弱点」
狂ったように長槍(ランス)を構えながら突っ込んでくるデュラハンを躱し様にヘレンは跳ぶ。首の断面に刃を引っ掛け、すれ違い様の勢いを利用して振り下すと、デュラハンの体はバイコーンから強制的に引きずり降ろされ宙に流されていく。
大斧(ハルバード)の刃が外れ、別方向から突進してきたデュラハンと激突し、両者はそのまま地面へと叩き落とされた。
「まだやるの……って、アレ?」
あれほど執拗に突撃を仕掛けてきていたデュラハンが整然と列を為して、撤退を始める。彼らが戻るのはキャンサー帝国の魔王軍の占領地だろう。来た時と同じ道を引き返していく。
ぼーっとそれを眺めていたヘレンだが、自陣の方から何かが飛翔する気配を感じて空を見上げる。青かった空が真っ黒に染まった。無数の岩石、魔法で加速された矢の雨。それが降り注ぐ先は、魔王軍が蔓延るキャンサー帝国の城内。
「攻撃、到達――魔物(ファントム)共、泡食って逃げ出してやがる」
キャンサー帝国の城下町の半分は魔王軍の魔物達が巣食いその根を、生き残った者へと伸ばしつつあった。その悪の根を吹き飛ばすのは、人間の頭よりも一回り大きい丸みを帯びた岩石。鍛冶屋が丹精込めて削りだしたそれを、魔法使いが魔法陣を掘り、射撃手が上空の魔女からの測距(そっきょ)を元に、正確無比な一撃を放つ。
魔物に直撃することは難しい。だが、大地を穿った岩石は掘られた陣を元に様々な魔法を発動した。大地を割り、炎が膨れ上がって、吹き荒れる風が吹き飛ばす。続く矢の雨が逃げ遅れた魔物――主にアンピプテラと呼ばれる翼の生えた蛇――を貫いた。
アリエス王国の魔道部隊を率いる魔女、エメリナ・ベルリーニは、箒に跨り、上空から手持ちの望遠鏡でもって敵陣を観測していた。
「いいぞ、距離、少し離れた。西に脱出――あー……建物内に入ったな。とりあえず、情報通りなら、連中を帝国の居住区からは遠ざけただろう。これ以上の攻撃は……効果薄いかもしれんけど、一通りやるか?」
アリエス王国王子が開発した風の木霊(シルフ・デュ・パッセ)と呼ばれる霊符は短距離ながら離れた場所との魔力を通じた会話を可能としている。
「そっか、んじゃ一旦攻撃中止。まぁ上々じゃねーかな? 監視は続行するぞー。早いとこ内部にいるジェミニの斥候と合流してくれると助かるんだがね」
エメリナは軽口を叩いて、通信の魔力を解いた。こんな調子だが、まるで気が抜けなかった。なにせ、さっきからずっと帝国の――魔物達が撤退した先から嫌な気配、圧迫するような殺気とでも言うべきか、圧力(プレッシャー)を感じる。そこにいる大物がごくごく自然に放っている威圧感。
――魔王軍の大物、情報によれば、かつて大陸を地獄に変え、勇者と戦って生き残った魔人がいる。
「エミリオ達斥候部隊からの連絡は途絶えている。したがって、現状内部の状況は今どうなっているか分からん」
ジェミニ評議界共和国のゴーレム技師兼テンプルナイツの騎士、チュチーリア・ヘファイストスは、紙の地図の上に指を走らせ、一同にそう説明した。アリエス王国のイズル・ヴォルゴール、ユーゴ・レーヴは騎士団長は共に、キャンサー帝国の解放をという王命の下、この地へと赴いた。
――なんだけどな……。
イズルの右隣には、ひと暴れして疲れて眠り、机に突っ伏すヘレンとそれを介抱するエルフ王国の少女、エフィルミアの姿があった。その隣では己の武勲を延々と話し続ける彼の親友、ペルゼィック。
――締まらない…………。
右の手でヘレンの頬を引っ張り、左の手でペルゼィックの頭に拳骨を落とす。
「癖の強い友を持つと苦労しますね、ヴォルゴール殿?」
「……えぇ、本当に」
セレーネが苦笑してヘレンを起こすの手伝う。それを横目に、イズルは頷いた。セレーネは今作戦でジェミニ評議界共和国の騎士団の代理団長としてここにいた。彼女は彼女でチュチーリアという厄介者(ゴーレム狂い)に苦労させられ続けている人だ。なんとなく親近感があった。
「それで、まずは内部の様子を探る必要があるということですかな」
アリエス王国のガルディアン・ド・レキリーブル騎士団団長にして、イズルの義兄(姉の結婚相手)であるユーゴが咳払いをし、この中々に混沌とした場を収めた。
「そういうことだ。が、内部は魔王軍が巣窟。半端な実力の者を送れば、ミイラ取りがなんとやら――そこで、我が軍で現状、最も接近戦に優れた者を数名送り込みたい」
なんともいいタイミングというべきか、ヘレン・ワーグナーは目を擦り「あ、皆おはよー……ございます?」等と寝惚けたことを告げた。
イズルは天を仰いだ。もうちょっと緊張感を持ってくれ……という嘆きが彼女に届く筈も無く。
「……何の話をしていたの?」
「ちょうど君をあそこに放り込もうかという話をしようとしていたところだよ、寝坊助娘」
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