「ごめん〜〜」


合わせてしゃがむと、湊に「こんの両側殺し。コントかっつーくらい盛大にずっこけたわ」と軽く砂を掛けられてしまう。


すみません慌てましたと正直に頭を下げるしかない。



「今度お二人には誠心誠意、ボクがアイスを奢らせていただきます」



「いーよ。ふつーにじゃんけんして決めようぜ」


「ん、俺あのアイス自販機だといちごみるくが好きー」


「はぁ? あの『きゅんきゅんいちごみるく』ってやつ? ミミ女ウケ狙ってんのか!?」


「狙ってないって。逆に男子寮でどうやって狙うの。

湊と一緒にしないでくださーい」



『きゅんきゅんいちごみるく』……?



それを食べる南を想像していると、二人の奥から忘れかけていた二人がもうほぼ殴り合いしながら戻ってきた。


近付くにつれ聴こえてきた大声。


「いやいやいやいやいや俺が入水して隣見た時まだ紅騎の姿なかったから!!」



『いや』の数で察する限り、既にこの程度のやり取りが何度も繰り返されているのだろう。濡れた紅騎も「それは菫より先に!! 深く!! 潜ってたからだけど!?」と迫っている。



「おい審判。俺だよな?」



急に向き直られて、ひ、と呼吸が漏れる。流石に上裸の男性にこうも囲まれるとしんどい。



「なァ? 見てなかったはなしな。まさかな?」



「ま、まさか……あは」

「アッハッハ」


「あはははは」



しゃがみ込む菫が別人級の笑顔になる度、菫って笑えるんだ……と思ってしまう。

普段の様子からは笑う為の表情筋が標準装備されているようには見えないからだ。



「っていうか潮は?」


「お、紅騎自ら話を逸らすとはやっと己の負けを認めたか」


「いや負けてねーけど?」



「勝手に泳いでんだろ。そもそもそのまま泳ぐつもりだったのを勝敗聞きに戻ってきただけだし、こいつらはサボって駄弁ってやがるし」


睨む菫に「ちげ〜よ純が変な合図するからこけたの。おまえらがおかしい。よくあのままスタート切れんな?」と唇を尖らす湊。



「男が言い訳すんじゃねぇ。


で? 純、俺だよな?」



「違うよな。俺だよな」



「ち、ちかいちかい……ちかいってぇぇ」


菫と紅騎に迫られ、尻もちをつくも砂が熱くてすぐに腰が浮く。


「同時!! 同時でした!!」


たぶん。



「もーいーじゃん、皆でじゃんけんしてアイス食べよ」



はぁと溜め息を吐いた流石の南。



「もう一回やるに決まってんだろォォ!!」


それに勢いよく立ち上がるのが菫……。



遠くの方で盛んに泳いでいる潮を除く四人は、もう一度整列し直してスタートを切った。









「指輪、どうしよう」



四足の大きなビーチサンダルを回収後、遠くで泳ぐ皆を眺めながら、一人になったパラソルの下、ハンカチに包んでポケットに仕舞い込んだ指輪にそっと触れる。


さっき紅騎が戻った時に過ぎったけど、流石に皆の前で渡すのは違うよなと思って見送った。


でも、早いところ渡さないと……紅騎の大事な、宝物なのだから。


早く、と急く気持ちの裏付けにはやっぱりあの時の紅騎の表情が思い浮かぶ。



紅騎は、——紅騎は。



初めて会った時から優しくて、……優しくて。



あれ、優しいしか印象ない?


い、いいや、そんなことない。


優しいけど意外と悪戯っぽくて、あと時々、やきもちやきなのかなって思うこともあっ——勿論、ボクに対してだけじゃないことは重々承知の上で。


そんな、ボクには眩しすぎる紅騎がふと見せる眩しくない・・・・・表情。



お母さんが来た時も、指輪や、ご兄弟の話をしてくれた時も、バスケの試合から帰ってきたあの日も。



どちらも紅騎で、どちらも胸が痛くなるような感覚があって、大切にしたくて。




「……あ」


何気なく視線を移した向こう、湊が女の人に何やらビーチボール? を渡している。拾ってあげたのかな。


その次に視線を流した左手には砂浜を区切るように岩場があった。



……岩場。




『 蟹 』……!!


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