「もうミーティングして、気持ち切り替えられてるからいいんだけど。

一応報告。純、気にしてそうだし」


僅かに振り返った紅騎。声は明るい。きっと表情も明るい。ならどうしてボクの気持ちは暗くもやもやしたままなのか。



紅騎が勝ちたかったことを、勝とうと全力を尽くしたことを、知っているからだ。



「嘘吐き」


「……え」


「『気持ち切り替えられてるからいい』? 気持ち切り替えられてもないし、よくもないだろ。全っっ然よくない。そう自分に言い聞かせなきゃならないくらい納得いってないくせに。

機械じゃあるまいし、反省したら切り替えられるなんてプログラム、人間なんだからないよ」


「は?

何訳わかんねーこと、」


「紅騎にそんな嘘吐かれて、ボクが納得して勉強の続き捗るとでも思う? 今日だって全然捗らなかったのに。全然頭に入ってないのに。知らんぷりしてこの後食堂行って美味しくご飯食べられると思うのか!? どーーせ紅騎はお風呂でも反省会するんだ一人で!! ボクに嘘吐いたまま!!

ばか!!」



もっと冷静に、優しく、云いたいことがあったのに、励ましたかったのに。

全く上手くいかない。


握り締めたTシャツの裾が千切れるくらい引っ張った。

これはただの、自分の感情に頼りきった暴言だ。今の紅騎に当たって何になる? 頭ではわかっていても、何故か理想とは違う言葉が堰を切る。

むかつく、


「何で純が泣いてんの」



「ないてない」


早速本当の嘘吐きが嘘を吐いたら、紅騎は少し笑って「うそつき」と言った。



本当は、物理的に一番近くに居る筈の自分が頼りにされなかったことが悔しかっただけだ。


頼りにされるわけないのに。


バスケのことも、練習中の紅騎のこともよく知らない。ただこの寮の中での紅騎を見ただけでその努力を知った気になって“相部屋”の理想を押し付けただけ。


でも、負けても。

勝ってなくても、負けた、の後を聞かせてほしかった。

『いい』なんて言葉じゃなくて。



「……何のための相部屋なんだ」




「はーー」


俯きかけた先で、大きな溜息が聞こえて肩を揺らした。紅騎はその場にしゃがみ込んで自分の髪をくしゃくしゃに掻くと、それからゆっくりこちらを見上げた。


「ごめん、純」


腕に頬を預けて、肩の力を抜いたように。


「つーか、出て行かないのな」


「え」


「『何のための相部屋なんだ』とか言い出すから、怒って出て行くのかと焦ったわ」


「出て行かないよ。一日紅騎のこと待ってたんだから」


今度はボクが紅騎は何を言っているのだと訝しく見つめると、紅騎は小さく目を見開いていた。


「はは、そっか。

ありがとな」


やっと、いつもの紅騎の笑顔だ。



「……そりゃあ、悔しいよ。めちゃくちゃ。


でも、“気にしてない”って格好付けるくらい、別に良くね?」



「格好付け?」


言葉を繰り返すと赤くなる紅騎。


「そうだよ、わりーか」



どうしてそこで格好付ける必要がある? と些か疑問ではあったが今は突っ込まないことにして、近寄る。


「紅騎、こちらこそ悪かった。ごめん。ごめんなさい。

紅騎が格好付けたい気持ちも汲まずに頭ごなしに頼ってくれよなんて怒ったりして」


「今俺、煽られてる?」


「煽?」


首を傾げる。紅騎の顔はまだ赤い。


「いや、いーわ。純にキレられたら行き場なかった分の『悔しい』もどっか行ったし」


「紅騎は別に格好付けなくても格好良いから大丈夫だよ」


「……アァ?」


あ、しまった。一瞬引いたかと思った赤が更に深く濃く広がってしまった。


「さっお腹空いたでしょ、ご飯行こ! あっ先にお風呂行くんだっけ?」


「…ん。

急いで行ってくるから待っててくれる?」


「え、ぅ、うん。勿論。

紅騎普段から充分早いから、気にせずどうぞごゆっくり」


「さんきゅ。急いで行ってくる」



びっくりした。本当は待っててほしかったのか。

急いでって二回も言ったし、突然本当の事を言われると何かこう……心臓の上あたりがきゅーっとなるな。



繰り返し頷くと紅騎は立ち上がり、まだほんのり赤い耳と頸を魅せたままお風呂へと向かった。







「なーんかおまえだけ純に対しておかしいと思ったら、なるほどな。純にキレられるとは」


「いつもは試合で負けても部屋戻るとへら〜っと『おかえり』って言われるだけだったから、びびったってだけ!」


「ほ〜〜ん? 紅騎はそれにしぬほど救われてて、癒されちゃってたわけだ」


「テメェそれを何処から聞いた?」


「痛い痛い痛い痛い」



お風呂で一緒になったらしい湊を連れて戻ってきた紅騎と約束通り晩ご飯を一緒に食べて、「負けたけど」としっかりちゃっかり若鶏のデーモン焼きも貰って、その前には潮にあげて、菫に奪われた食堂からの帰り道。


今朝の湊は気合いではなく憂鬱で強張っていたのだ、解放されたからあの通りだと力説する潮の指先を追うと、前を歩く湊と紅騎が何やら盛り上がっていた。


湊が一方的に締められている。


すると右隣からは菫の大きな欠伸が聞こえてきた。


「ほらな、言っただろ。気合い入れてたとしてもそんな一試合に負けた程度でメソメソするようなタマじゃねぇんだよ」



「うん…」



菫の言う通りだ。



ただボクは紅騎のお風呂を待っている時にも振り返っていた、いつもは鍵を使うのに使わなかった紅騎を、いつもは服を脱いだりしないのに脱いだ紅騎を、いつもと違うからという理由で心配しているだけ。



それだけ。





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