after 2 返しきれないくらい



「紅騎、今日は本当にありがとう」


お疲れさま会が終わって皆が各々の部屋に帰った後、片付けをしながら改めて紅騎に感謝を伝えた。少しのごめんねを織り交ぜて。


「おんぶして走っただけじゃん。大袈裟」


驚いたような擽ったいような表情で顔を上げた紅騎はそう言って小さく笑ってから、照れた様子で再び俯き、片付けを続行。紙コップを重ねてゴミ袋に入れていく。


——紅騎みたいに楽しい気持ちで一番を獲れるような人は、ボクみたいに正直体育祭苦手な事が憂鬱だった人間をも一番に導けてしまうことを思い知った今日だった。


『一番になったらね』


物心ついた頃には既に繰り返されていたこの呪いのような言葉は、努力という綺麗事でできた作業の後ろにいつも立ってこちらを見ていたから。


『しっかり掴まって』


誰かと一緒にゴールするという感覚の嬉しさが、不思議で、感じても良いものなのか戸惑う程だった。



「…それに純は、この前庇っ…てくれたし…」



「庇った?」


お菓子の袋も片付いた辺りでウエットティッシュを引っ張り出すと、紅騎が目を合わせないまま「母親の」と呟いた。耳が赤い。


「もしかして無理矢理ベッドに押し込んだやつ? あれはボクが勝手にやった事だし紅騎に返されることなんて何も」


「“返せた”なんて思ってない」


キッパリと言い返されて合った目が、僅かに揺れた。


「返しきれないくらい……」


真っ直ぐこっちを見たまま紡がれる言葉は、途中で消えてしまったけど。紅騎はボクの手からウエットティッシュを奪い取って、代わりにテーブルを拭いてくれた。


それが何だかありがとうなと言われたような気がして、胸が擽ったくなった。






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