それから全力で綱を引き玉を入れた。三種目連続の最後にやって来るお腹いっぱいの玉入れがあれほど大変だなんて知らなくて良い勉強になった。

スポーツ科はこの二つの種目の代わりに球技があったようで、それはそれは体育館の方も校庭まで聞こえ届くほど盛り上がっていた。が、こちらもこちらで何故か同じクラスなのに敵対している桜さんと橘くんの張り合いが名物となり見物人が出ていた。パン食い競争、綱引き玉入れ、リレーと男女混合クラス対抗で、それとは別に学年を跨いでチームとなる色分けの選抜リレーがあり、それと騎馬戦は男女別。二人とも無双していたけど隣のクラスの南と、南と相部屋の『モサメガネ』くんの名前も耳にした。


『モサメガネ』くんは話に聞いてから何度か廊下ですれ違った程度で、まだ部屋には遊びに行っていない。確かにもさもさした感じの風貌で今日も晴れているのに長袖を着ていた。寒がりなのだろうか。


お昼を挟んで午後一は選抜リレーだった。例え編入生じゃなかったとしても選ばれはしなかったであろうボクは当然応援一択で、人だかりの隅から颯爽と出て行った桜さんと橘くんの姿を探していた。


流石、集められた出場者は錚々たる面々、といったオーラがあって、今朝も一緒に朝ご飯を食べたとは思えない南や湊の姿もあった。南なんて朝から全ての種目で見た気がするし、湊も何だかんだ足が速いらしい。フットサルはどうだっただろうか、女子をメロメロ骨抜きにできただろうか。

当たり前のような顔をしてその場にいる屈伸中の菫の姿もあって、紅騎とは試合を経て会話したのか気になった、


「純!」


と、突然の声に肩が跳ね上がると同時に周囲の生徒が一斉に自分を振り返ったために硬直した。


「おーい!」


キラキラ輝く光線と共に、こちらが気付き手を振り返すまで呼び続けそうな屈託のない笑顔が惜しみなく向けられる。


「アハ…」


圧倒的陽キャに返せる笑顔など引きつったものしか手札にない。胸の前で小刻みに手を振り一刻も早く場が収まることを願ったがその願い届かず。視線に慣れているのか紅騎はこちらまで来てしまった。


「純?」


認知されないようにと俯きがちなボクを純粋に心配して覗き込む。心が痛むがだらだら大量の汗をかきながら「ンッ?」と貼り付けた笑顔を使い回す。


「どーした? 具合悪い?」


ついにはしゃがみ込んで顔色を窺われてしまった。これは、本当にしまったぞ。


「悪くないよ、それより紅騎ほら、出場者皆向こうに集まっているから早く行った方が」


「ヤダ」


ヤダか〜〜〜〜!!


紅騎は意外と頑k……意志が強いのである。早く菫と仲直りしてくれ。


「純、俺 純が応援してくれたから勝ってきたよ。試合見てくれた?」


アドレナリンが出ているのか? いつもに増してキラッキラだ。これは寮に戻ってから話すじゃヤダなのか? と考えてしまうボクは何と冷たい嘘っぱち男児だろう。


「おめでとう。でもボクは皆を応援していたから…皆が勝たないとおかしいから…それはつまり、紅騎の実力であって…ごめん、試合も見れてないんだ、必死に綱引いて玉入れてたんだ」


「そっか。純の綱引きと玉入れ見たかったわ、写真あるかな」


「アハ」


答えになっていない答えを返す。あってもボクはどうせ半目だったり白目剥いていたりの写真だろうが嘸かし紅騎は格好良かったことだろう。見なくても解る。たくさんスパイクを決めたのだろう。


「また走って来るから今度こそ見て応援しててくれる?」


最早この紅騎は騎士様と呼ばれていても王子様と呼ばれていても大型犬と呼ばれていても頷けた。背が高い人間の上目遣いは勝率百パーセントらしい。今痛感している、


「ハイッオウエン シマス」


それで納得できたのか、満足そうな表情を残した紅騎はボクの頭をくしゃくしゃに撫でてから集合場所に戻って行った。視線が痛い。女の子たちの異性で良かった。

この場で堂々の女だったらと思うと……ボサボサ頭のまま膝が笑う。



その後、生で見た紅騎活躍の場面は、確かにうっかりファンクラブに入会・課金しても全く不思議じゃないほどに輝かしく、人を惹きつけて離さない魅力があった。

見惚れる、とはこういう時のことをいうのかもしれない。



選抜リレーの後、スポーツ科はパン食い競争が控えていた。体育祭前に橘くんが一般科・特進科のパン食い競争は午前のおやつ、スポーツ科は午後のおやつって覚えると良いぞって教えてくれたのを思い出すも、この大熱狂の中パン食い競争に移る選抜リレー出場者は本当に慌ただしい。自分だったらもう走りたくなくてパンにもえずく。

その間に一般科・特進科は借り物競走が校庭の反対側で行われるから、流石に満身創痍に見える桜さん、橘くんと移動。


「じゅーん」

「わ」


「おつかれ」

突如目の前に差し出された手の平。主を辿ると朗らかな南の笑顔があって手を合わせる。続いて桜さんと橘くんにも気が付いて「おつかれーす」と手を合わせていた。

これにより二人の気力が心なしか回復されたように見える。回復魔法を掛けに来たみたいだ。


「南 凄い活躍だね」


「ありがと。俺目立ててた?」


その質問に三人でうんうんと頷きを繰り返す。桜さんが「一年生は伏見くんをスポーツ科だと思って運動部を探すでしょうね。で特進科だと知ったら頭も良いんかーいってズッコケて立ち上がった時にはメロメロですよ」と何故か敬語で言って、誰かに呼ばれて先に行った。橘くんもいつの間にか前で他の友だちと労い合っている。


「メロメロだって」


南も湊と同じ野望があるのかと思って見上げたら、南は前を向いたまま「メロメロかぁ」と繰り返す。


「でも一年生には興味ないんだよね、俺」


その顔が、返事が、湊のそれとは違う気がした。南はこちらの視線に気付いて小さく笑う。


「一人だけ。メロメロ骨抜きになってほしい人がいるから」

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