————一週間後、体育祭当日。
朝から寮の廊下にはパン、パンと徒競走のスターター練習なのかを彷彿とさせる音が響いていた。
「純〜おはよ〜」
「おはよう南」
食堂にて、朝ご飯の配膳に並んでいると後ろから声を掛けられ振り返る。珍しくちょっと眠そうな眸をしている南だ。そっか、もしかしたら今日は授業がないから予習はお休みして、ゆっくり寝ていたのかなと推理するとそれがバレたのかにまにま顔が近付いてきた。
「惜しいな〜。眠いし予習の為に早起きしてない所まで正解。でも純、俺は今日の為にギリギリまで対策を練っていたんだよ」
「なっ何で考えたことわかったの」
心が読めるのか!? 対策? と慌てていると前に並んでいた今日も寝癖が凄い紅騎が配膳の最後、味付け海苔をお盆の上に乗せてくれた。
「あぁごめん、ありがとう」
続いて箸を取りお茶を汲み空いている席に着く。いただきますと手を合わせる頃には素早い紅騎は既にお揚げの浮いた味噌汁を啜っていた。
「それで、今日の為の対策って? 体育祭の?」
「そう。俺さぁ、運動もそれなりにできるんだけど、……が苦手なんだよね」
「何?」
「ファフファフ」
ご飯を頬袋いっぱいに詰め込んだ南。反対側の隣に座る紅騎が「ふぁぁふぁふふぁふふぁ」と頷いたが南同様全く何を言ったのか聞き取れない。聞かせるつもりもないのかもしれない。
「何だ……? ファフファフ」
「はよーす」
そこで湊がノールック挨拶で南の向かいの席に着いた。
「はよ〜」
「おはよう」
「何処にでもわいて出て来るな」
「紅騎酷くね? Gじゃん俺」
さっきの南くらい眠そうな湊に目が覚めてきた様子の南がムッとして「やめろよご飯中に」と叱った。ごめんなしゃい、と素直な湊だ。
「湊は『ファフファフ』って知ってる?」
「ブッッ」
紅騎が咽せた。びっくりした。問われた湊は「ファフファフ? 知らなねぇな」と小首を傾げている。
「紅騎大丈夫?」
「純おま、そんな真剣な顔で」
咽せた後で幼い笑顔を見せ、笑い声を立てている。
「南の苦手なものらしいんだ」
「ミミの。あー…? あんことか? つうかあんぱんじゃね、ファフファフ」
「あんぱん!!」
それだと声を荒げ南を振り返ると頬にご飯粒を付けた南が「ピンポーン」と呑気に笑った。最近判ってきたが南は意外にも食べ方がなってない。下手っぴだ。しょっちゅう服にも零すからランドリーの支配者と呼ばれているらしい。
「今日パン食い競争あるじゃん。あれ餡パンなのよ知ってた? 何でクリームパンじゃねーんだよって思わない? っていうか味要る? その気遣い要らなくない?」
「思わなかった」
男子レーンで走ることになるからあんぱんの高さに背が届くかどうかはかなり心配だけど。人それぞれ気にすることって違うんだな。
「でもさぁ、そんなんでダサい姿曝すとか嫌なんだよ」
「え、誰に?」
突然熱弁し出した南に何故かツッコむ湊。
「ただでさえ球技はおまけで、暗躍に徹するしかないわけじゃん? 良くて暗躍。だから個人種目はオール1位取って目立ちたいわけよ」
「え、え、何で目立ちたいのミミ?」
「5m走、50m走、200m走は取れる。借り物競争はぶっつけ本番だけどほぼ障害物競争だからまぁいけんだろ。となると俺が警戒すべきはパン食い競争なのよ」
力を込めつつも器用にご飯を口に運んではいるがほぼ入っていない気がする。それよりも気になった「5m走……?」を紅騎に訊くと「そういうのがあんの。ほぼ瞬発力だけで競う」と返ってきて、更にそれより紅騎がもう朝ご飯を食べ終えていることに気付き驚き目玉が飛び出そうになった。急いで箸を動かす。
「ゆっくり食べな」
キメ顔だ。カッケェ……と、危うく思いそうになったがこの男、一週間経った今も菫と会う度舌を出したり顔を背けたりするなど、非常に“餓鬼くせぇ”態度を取り続けている。
一方の菫はどうかって? 安心してください、微塵も悄気たりなどしておらず、相変わらず足を引っ掛けるなどの姑息な真似をしていて元気だ。今も視界の隅、別テーブルにて目にも止まらぬ速さで卵だか納豆だかをかき混ぜている。
「ハ〜〜!? それで“購買のあんぱんは端から何ミリであんこに到達するか”を調べてたってこと? 夜中まで? バカじゃん、ガリ勉じゃん」
湊の大声で我に返る。南は「ガリ勉は良いけどバカではない湊だけには言われたくない」とやはりご飯を零している。いっそ前掛けを掛けて食べさせてやりたいくらいだった。
・ ・ ・
晴天の下、晴れやかに開催された体育祭。もっとずっとワクワクした様子だと思っていた紅騎は意外にも普段通りで、「パン食い競争頑張れ!」と言われて別れた。
だから、ボクの方こそこの学校の体育祭初参加にワクワクしていた所に聞こえた声援の大きさには驚いた。
心配事的中、パン食い競争を堂々の最下位で終えた直後に校庭まで響き渡った生徒の声援……というより叫び声。若干女子生徒のものが目立つが野太い男声も聞こえる。人生で最もジャンプを繰り返した瞬間だったのではないかと思うほど息切れしていたボク含むその場にいた全員が振り返った。
「ああ〜〜間に合わなかったぁぁ」
同じレースで走り、最有力候補であった橘くんをも抑え、見事一位でゴールインした桜さんがあんぱん片手に溜息を吐いている。
「どっ……?」
ボクはまだ喋れず、先に桜さんに「大丈夫ー?」と気遣われてしまった。横では橘くんがキレ散らかして二位の襷をグラウンドに叩き付けている。
校舎の大きな掛け時計に目を遣った桜さんは「スポーツ科の球技戦。今年は戸堂くんと天野くんが同じチームだから早めに見に行かないともう観客で溢れて見れなくなるのよ」と教えてくれた。
戸堂くんと天野くん。
……あっ。
「去年は先輩がいっぱい見に来てたし今年は後輩が嗅ぎつけてる。でもー浜辺くんがフットサルでサッカー部の天才・葉山くんと当たるのも超見物だし、浜辺くんとも仲良い水泳部の佐久間くんがバスケ出るっていうし。そっちも見たいのよね」
浜辺くん……。
「桜さん、詳しくて凄いね」
何となくの予感を何となく振り払ってやっと桜さんに声を掛けると、彼女はえっへんと胸を張った。かわいい。
「ま〜〜私が絶対見たいのはその佐久間くんをぶっ潰すと宣言した星悟先輩のバスケ!!」
きゃぁ〜〜と何かを妄想しているのか悶えている桜さん。体力がガリ勉科と揶揄される特進科とは思えないほどだ。
「星悟先輩って」
「はっ! 西園寺くんって寮生なんだっけ!? そう! 星悟先輩って寮長だもんね!!!! 良いなぁ〜あんな格好良い人が寮長とか。私だったら毎晩夜這いする。全力で夜這いする。部屋番号何?」
「キッッッショ」
今の反応はボクではない。先程叩き付けた襷を静かに拾い上げた橘くんだ。
「うるせぇな二位は黙って土でも舐めてろよ」
毎回思うけど桜さんって橘くんに対する言葉のチョイスが偏りまくっている。二位の橘くんが黙って土を舐めるなら最下位のボクは何を舐めることになるのか気になった。ボクたちは次の走者の為移動しつつ、その足は次の種目のスタンバイへと向かう。
「純、おまえよくそんな平然とあんぱん食ってられんな。この後すぐ綱引き、玉入れって続くぞ? 騎馬戦とリレーは出ないにしてもこの二つは出んだろ」
「…そうでした…」
突然両脚が震え出す。ボクが愚かすぎて怒りから解放された橘くんが引いた目でこちらを見ている。桜さんは次のレースを見ながら「うわぁ〜…。伏見くんって何で特進科なんだろ。運動もできるのに」と呟いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます