No.21 生者を羨む目
たとえ幻のキミであったとしても
「また逢えて嬉しかったよ。マリィ」
微笑むユウィンとは対照的にエリュトロンは掌を震わせていた。
「あ、あり得ないだろ……Lv4を打ち消すなんて」
この男は異常だ。
大質量の
「2つの因子核を持つ……そんなのが存在するってのか」
ありえない。
生命の根幹となる”存在”そのものを証明するのが因子核であり、命そのものであるのだから。人類であろうと魔人であろうと竜人、エルフであろうと。創成期に一度顕現したとされる上位種――天使と魔神であろうとその根幹は変わらない筈だ。
「何なんだよオマエぇ」
恐怖を覚える。
これだけの恐怖を覚えたのは今まで生きてきて二度だけだ。一度は自分を魔人に転生させたあの女の目を見た時。二度目はこの男の中身を見てしまった今。
「なんなんだぁぁぁ!?」
しかし当の男は、何故かこの戦いに興味を失ったように明後日の方を見ていた。トロンリネージュから北側の空を見上げ呆然としいるではないか。
「ち、ちくしょう何処までも馬鹿にしやがる。でもどーすれば」
最後の手段までもが一蹴され戦意というヤツが完全に削がれた、生きる屍の魔人エリュトロンは震える足を後ずさる。だが理解不可能な力を持つ存在を前に、逃げ出そうという信号すらもが脳から伝達しないで立ち尽くしていた。
「君みたいな
「ひ、ひぃごめん…ごめんなさい魔人でっ。あっ、あーしは好きで魔人になったんじゃない…のぉ」
「そうなのか」
「変な女に…あの女に無理やり魔人にさせられただけの可哀想な村娘なのぉ!」
『全く…魔人というのはどこまでも』
「無理やりか。それは可哀想に」
『マスター…?』
男はそんなお嬢さんに笑顔を向け、少女に向けて掌を掲げる。
「やめてお願いごめんなさい殺さないで…許して許して許してぇよぉ」
「じゃあ帰っていいよ」
その掌をぶっきらぼうに、さっさと消えろと振りながら。
「…………はえ?」
「あぁ 帰っていいよ。目的は達したから」
『はぁ…
暫し呆然と立ち尽くしてから何度も笑顔で頷く少女。アンデッド特有の青白い顔をほころばせて実感する。生きるという事を。偽りの生というモノの素晴らしさを実感する。
「夜も遅いし早く帰ったらどうだ。あとラビットハッチのヤツに宜しく伝えておいてくれ。次は殺すと」
「あ、うん。ありがとうぉ素敵なお兄様ぁ。あーしはじゃあ帰るね。え、えへへへ」
「さっさと行け。折角良い気分なんだ」
少女は即回れ右して少しつまずきながらも駆けて行った。あっさり自分を見逃したマヌケな男に恐怖心が少し薄れていき、次にフツフツと怒りが込み上げてくる。
(ちくしょうちくしょうちくしょうなんてザマだ。あんな訳の分からない奴が居るなんて聞いてねぇし! なんもかんも全部ウサギの馬鹿のせいだ。目玉くり抜いてやりたい所だけど、バカ強いしアレでも最高幹部だからなぁ…あ、そうだ影王のヤツに取り入ってキャロル様に頼めば良いし♪)
それに。
「絶対に許さねぇぞ魔人殺しぃ。無くなっちまったコレクションの代わりに次は絶対にテメェの目玉をブチ抜いて……此処の皇女にでも喰わせてやるからなぁ!」
生ける屍の魔人は城門を抜けた。
魔力が回復するまで足で逃げるしかない。
少女は日頃の運動不足で足をもつれさせ、よほど体力というものがないのか熱の帯びない吐息を、引きずりながら。
逃げる、逃げる、逃げる――セイに。
偽りの生に向かって。
女の涙のように重い雪が降る日――目玉をくり抜かれた遺体と出逢った。
装う者。
ジューダスという魔薬の力で実体化したシーラという女の子は、マリィと同じく夜明けの太陽みたいな少女だった。無惨に殺されたその子の願いは「友達を助けてほしい」という不変の想い。
男が土の付いたポシェットを地面から拾い上げる。
「キミは復讐なんてきっと…望まないだろうから」
男の昔なじみの錬金術師は、眼を集める魔人の正体を示してくれた。
『死者を蘇らせるとかいう術式書か……眼を返してほしくば我に従え。確か、生者を羨む眼という歌があったな』
……ボ
優しい焔の火が、哀しい瞳達を天へと運んでいく――誰もが羨む、過去のユウィン=リバーエンドという男が探し続けた、死して尚輝く”不変の想い”という眩しい光。
「安らかに登れ。その美しい願いと共に……」
探しても探しても見つからない願いを求めて、400年を彷徨った二人の男の道が此処で分かれた。異世界から来た男と、ソイツが生み出した男との道が。
「この世界は地獄だと。そう思っていた」
だがこの空と。
「人の想いは美しい…そう思える」
今の俺にはそう思える。
魔人領は大陸の北部に存在する。
その国境付近トロンリネージュ最北端に位置するのが辺境の巨大都市であり、大歓楽街ブルスケッタ。
「俺の記憶の…始まりの街」
そんな街で出逢った女。
友達は多いが、自分は独りだと笑った女。
「マリィ…俺は出逢えたんだ。殺されて尚、復讐を望まない人間に」
太陽は沈み、既に王都には闇が落ちていた。
魔族達の進行による爪痕が、残り火が、人間領最大国家をぼんやりと照らす中。
「ユウィン=リバーエンド。キミがくれた大切な名前。その男は、俺は…」
誰かを幸せに出来る人間だと思って良いだろうか。
「俺は自分の幸せを、探し始めていいだろうか」
天空に輝く十の星。
その中心に位置する――わし座のアルタイル
『脈拍…乱れてますよマスター』
「そうか」
ゼノン王国では別名”天涯極星”と謳われる光。
『マスターと出逢って随分立ちますが、ずっと思ってました』
「ん?」
『優しいアナタには……復讐者は似合いません」
わずかにうっすらと
「そうか」
微笑んだように、そう見える。
◆◇◆◇
「そーれでノコノコ逃げ帰って来たわけかい。それでもアンタ男かい!?」
「キャロル様あーし…女です」
「知ってるってばー♪ お父さんが描いてくれた絵本のセリフ♡ 言ってみたかっただけ~」
「”魔剣”と恐れられる男が……絵本」
王の席に座するキャロル。
魔王が大事そうに抱えている本のタイトルが少し見えたが、天空の城だとか書いてあるように思う。しかし当の筆者は、そんな愛くるしい芸当が出来るとは到底思えない風貌である。
エリュトロンは魔王の横に立つ、漆黒の甲冑に燃えるような右眼を持つ男をチラ見するが、ただならぬ気配を纏っていた為すぐに視線を反らした。
「影王って…結構マメだよ…ね」
その横で蚊の鳴くような声を発したのはキリンという女。
(刺激すんじゃねぇよこのクッソ耳長ぁ!)
トロンリネージュ郊外の森で待機していた使徒の牽引もあって予定よりも遥かに速く、そして無事に魔人領に戻れたエリュトロンであったが、任務を失敗した事には違いない。今から始まる尋問に自分がどう答えるかで自分の人生が変わるかもしれない状況だからだ。
胸中で激昂しながらも顔には出さないように必死で耐える。影王に熱ある視線を送っている緑髪のエルフは”雷帝”と呼ばれる女。露出の多いアーマーを装着した、見た目と言動に反比例した影王と同じく四天王であり、その最大魔法出力は神魔級を誇るエリュトロンの三倍以上にもなる。
「それで何だっけ。まん転がしだっけ」
「キャロル…魔人殺し…だよ」
「そうそうそれそれ」
「あ、あーしは」
頭を下げている状態から立ち上がろうとするエリュトロンだったが、自分の横に立つヘルズリンクの手に遮られる。
「喋るなエリュトロン。王都での状況は私の
「あぁそう…さすがは”冥王”の使徒様だし」
再び激昂しそうになった感情を押し殺す。
ヘルズリンク四体の使徒が自分を監視していたという事だ。ともすれば既に成す術もなく退走した事は勿論、言い訳も出来ないという事になる。更には責任を擦り付けようとしていた”魔獣”ラビットハッチが此処に居ないという最悪の状況。
「むかーしむかーしは666人いたウチの子も今や200人以下だっていうのにぃ。その内17人を死なせちゃうなんてねぇクフフ」
「魔人に仲間意識などいらない。しかし魔王キャロル様率いる我々は組織ではある。人間臭い言い方で美しくはないが一団を率いていた貴様だけが何の功績もなく逃げ帰ったとなれば、責任をとる必要がある」
「ヘルズリンク…てめぇぇ」
責任だとぉ?このあーしが?
人間領で散々屈辱を味わった後であるエリュトロンである。既に我慢の限界を越えようとしていた精神だったが、その豆粒ほどに残った理性に光がさした。もしかしたらこれは有用な情報なのではと。
「一週間おトイレ掃除とか? クフフ」
「キャロル様」
「あーはいはいヘルズリンク君は硬いなぁもぉ」
「あーしは見たんだ!」
「んー?」
唐突に立ち上がったエリュトロンに魔人四天王の視線が集まる。
「あーし達魔人の怨敵! 魔人殺しの”中身”を!」
「黙って座っていろと」
「喋らせろ」
「影王……?」
ヘルズリンクがキャロルに目配せする。
「お父さんが良いなら良いよ♡」
「続けろ」
心なしか影王の気配が強くなり、隣りにいるキリンが慌てていたが。
「あーしはヤツの精神内で見たし。見たこともない高い建物。ひとりでに走る鉄の塊……そして異なる2つの因子核を」
ただならぬ気配。
必死にこの場を切り抜けようとしている少女は気付いていなかった。隣にいるヘルズリンクですら、その男の異変に身構えている事を。
「魔人殺し…ヤツの因子核は異常だった! アレは創世記の”魔女の予言”にあった覇王の因子だ」
半分は口から出たデマカセだったが、この状況を切り抜けるにはコレしかないと考える。
「だから影王様! 至急大規模な討伐隊を編成し」
「名は」
「え?」
「ソイツの名は」
好みでもない男の名前を記憶演算領域に残すかよと内心で毒づきながらも、偽りの生にしがみつく少女は必死に頭を回転させる。ソイツの中で見た、マリィという女が呼んでいた名を。
「たしか……ユウィンと」
影王の纏うそれは、怒気という代物だ。
「エリュトロンお前」
「あんなんに勝てるわけねぇし! だからあーしは悪くない! あれもこれも兎のバカとアイツの使徒がミスりやがったから悪いん」
「何を見た」
「はい?……え」
「あ、お父さんっ」
―――ボッ!
「……え」
視界が横転した。
「あーやっちゃったー♡」
「キャロル様。彼女はコレでも貴重な上位魔人なのですよ」
「いーのいーのぉ」
「良くありません」
「かっこいいお父さんが見れたから♡」
「はぁ…」
何言ってやがんだコイツらヒトが必死で喋ってんのに。いやまて何? 身体が動かない。
「トロンリネージへ向かう」
「影王どういうつもり…いや、その気配を出す時の貴方に何を言っても無駄か」
「じゃあキャロルも着いて行く〜♡」
おかしい。
横倒しになった視界がかすれて来た。近くに燃えているのはキャロル様が持っていた絵本?…いや違う。
「ダメに決まってます」
「…じゃあ…私…も」
「キリンお前まで何を言っている」
アレは死者の書…燃えているのはあーしの魔人核だ。斬られて燃えて…? あぁ? 何かコレ、王都で見たぞ。ファジーロップの腕を切り落とした剣技。
「ちょ、お待ちを! 魔王が魔人領を離れるなんて」
「キャロル…お土産…何買おう…」
「そーだねーお父さんを悩殺するえっちぃ下着♡」
「あ…名案」
「キリンは必要ないでしょいつも裸みたいな格好じゃーん」
「…心外…」
は?
あーしの命が燃えてる? 何で? 何でこんな事に?訳がわからない。
「待って、待ってくださいキャロル様! キリンは止めなければならない立場でしょう阿呆なのかお前は!」
「…心外…」
「あ、おとーさん待って〜♡」
「あ…影王止まった。怒ってても…キャロルの言う事は聞くんだ…ね」
あーしは死ぬのか。
いや既に死んでいた――あの時に。あの女に魔人としては生ける屍として、偽りの生を植え付けられた時に。
「影王ってホント…キャロルに甘いよ…ね」
「おとーさんは甘いんじゃないの優しいの♡」
「しっ…と」
「嫉妬音!? キャハハ」
あぁ…何だコイツラ。
魔人でありながら、魔人でありながらコレではアレのようじゃないか。生前の自分が求めた輝かしい渇望……家族のようじゃないか。
「畜生あのとき」
眼を返してほしくば我に従え
「あの時…あの女の声に」
従わなければ――
魔人”死霊”のエリュトロンが向けるソレ。灰となる直前に芽生えた追憶と後悔。
あとに残ったのは眼玉が二つだけ。
詩があった。
生者を羨む眼という――地獄の歌が。
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