第42話 コウ VS クウ
結局長には会わず、控え室に向かう。
途中でシンカと鉢合わせた。
う、気まずい。
「あー……オメデトウ」
「アリガトウ。あんまり賞賛が込められてなさそうだけど。」
「いや、そんなことは……ヤっさんに勝ったのは、本当にすごいと思うぞ」
うん、それは本当に。
「それはどーも」
沈黙が流れる。
「じゃ、じゃあ――」
俺はそそくさと立ち去ろうとしたのだが、すれ違う瞬間「デート」と一言。
「お、おう」思わずビクリとして立ち止まる。
「とりあえず1ヶ月後ね」
「へ?」
思いがけない発言に間抜けな声が出た。
せっかちなシンカのことだ。急かされると思っていたのに。
「私も旅の間の仕事が溜まってんのよ。コウも色々処理する仕事残ってるでしょ」
「まあ。次の旅の予定の確認もあるし」
「じゃあそういう事で」
「おぅ」
内心とてもホッとした。
「あ、負けたら承知しないから」
去り際に振り返って立てた親指を、グインと首に横一文字にスライドさせる。
怖ぇ……。
それでも、問題が先送りになった……いや、してくれたことに感謝した。
控え室に入ると、座って頬杖をついている青年が1人。
「ふわぁ~」と欠伸をしてボーっとしていた。
「よぉ。今日はよろしくな」
「……あー……どーも」
眠そうな目を擦りながらこちらを向いた。
対戦相手のクウ。先ほどシュウと対戦したアオの弟だ。
アオの2つ歳下だが、びっくりするくらい顔が似ているのに、その驚きに匹敵するくらい性格は真逆だ。
「相変わらず眠そうだな」
とても試合前の人には見えず、俺は苦笑する。
「やー、コウ兄が相手なんで寝れなかったんすよー」
「嘘つけ。いつ見ても眠そうじゃねぇか」
と、そこへバンっと勢いよくドアが開いた。
入口付近にいた俺はちょっとビビった。
「あ! コウ兄!! へーい」
ドアを開けたのはアオだった。俺に気づくと、両手を高らかに上げ、ハイタッチを求めてくる。
「お前ね……ドアはゆっくり開けろ。あとうるせー」
俺はしぶしぶ両手を挙げる。
「試合、シュウ相手によく粘ったな」
「根性だけはあるからね!!」
アオはニカッと笑って力こぶを作ってみせる。
「で、クウの応援か?」
「そうそう! うちの坊ちゃんはやる気が見えないからねー。ちょっと姉ちゃんの仇を討ってもらう為に喝をいれにきたよ!」
「何で俺が仇なんだよ」
「2人は一心同体でしょー!?」
「勝手に一心同体にするな」
「アオが静かにしてくれたらやる気出るかも」
クウの冷たい一言に「ぶぅ」と頬を膨らませる姉。
相変わらずのやり取りだが、2人はこれで案外仲が良い。
柔軟体操をしていると、スタッフから声がかかった。
「んじゃ行くか」
「はい」
「クウちゃんファイトだよー!」
「……」
「何か応えてやれよ」
無言で振り返りもしないクウに、思わずツッコミを入れながら会場へと向かった。
開始の合図と同時に俺はしゃがんで足を狙う。
アオと同等のすばしっこさを持つクウの足は、早めに潰しておきたい。
しかし、クウはそれをジャンプして躱した。
そう簡単にはいかないか。
やる気がないように見えて、意外とやるんだよなぁ。
でも、俺の目標は優勝。こんなところで怪我は負いたくないし、体力も温存しておきたい。さっさとケリをつけよう。
俺はパンチとケリを繰り出す。クウは相手の技を受け流すのが得意ではあるが、攻めるのは苦手。体力を削って追い詰めていく。
あと一歩か?と、思ったとき、クウが途中で「あーもう眠い!!」と大声を上げた。
「うお、出たな」
クウのもう一つの顔である。キレると一遍、攻めキャラになる。
できればこれが出る前に仕留めときたかったんだが。
「ひゃっはー!!」
ガッ バシッ ドゴッ
クウが笑いながら容赦なく攻め立ててくる。
ここまで性格変わるとこえーよ。
ま、でも、攻めてきてくれたほうが俺もやりやすい。
異世界ツアーで鍛えた、回避能力。
そして受け流すのも俺の十八番とするところ。
クウの伸びてきた腕をつかみ、そのままグワッと背負い投げをする。
バターン
背中からもろに落ちたクウ。
勝負はついたようだ。
◇◇◇
「お疲れ」
試合を終えると、シュウが飲み物を持って待っていてくれた。
「おぅ。ありがと」
「無事初戦突破だな」
「当たり前だ。言っておくが今年は俺が優勝するからな」
「それはどうかな」
しばし睨み合いが続く。
「おうおう、おめーら!
初戦突破の祝い酒だ」
視線を遮るように一升瓶がドンと置かれた。
「ヤっさん!」
「ほれほれ、俺の酒が飲めねーのか?」
「飲めねーのかって、俺らコップ持ってないし」
と言うかヤっさんも持ってないし。
「あん? 男なら直飲みだろうが」
とんでもないことを言い出した。
「そんなアルコール度数30%とか……明日の試合に響きます」
とシュウの真面目なツッコミ。
「問題そこじゃねぇ!」
むしろ今ぶっ倒れる。
「ちっ。しゃあねぇ、じゃあこっち来いよ。俺特製のスタミナ抜群ステーキ用意してやらぁ」
ヤっさんは断られたことに気分を害した様子もなく、意気揚々と歩き出した。
「ヤっさん何かご機嫌?」
シュウがこそっと耳打ちしてきた。
「シンカに負けておかしくなったか?」
俺も小声で返す。
「聞こえてんぞー」
げ、地獄耳。
「確かに初戦でシンカに負けたってのはショックだったがな。でも今はそれ以上に嬉しいんだよ」
「嬉しい?」
「若者が強くなるのも結構。女性が強いのも結構じゃないか。
しっかりと下が育ってきてるってのはおっさんにゃあ嬉しいもんなんだよ」
「おっさんって、まだヤっさん38じゃないですか」
「30過ぎたらおっさんだ。心配しなくてもお前らもすぐだぞ」
かっかっかと笑い飛ばされた。
その目尻の皺を見ると、年の重みを感じた。
ヤっさんの特製スタミナステーキは最高に美味しかった。
これで明日も頑張れそうだ。
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