そして、そのままベッドでじっとしていたが、断続的にノックの音がする。

 放っておくと、逆に近所迷惑で別のトラブルになりかねない。

 私は仕方なく、ドアに近づいてそっとスコープを覗いた。が、誰もいない。

 タイミングよくいなくなったのだろうか。

(いたずら?)

 それならそれでと踵を返すと、またドアを叩く音が鳴った。


 となると”あいつ”しかいない。

 鞄をもっとドアから遠ざけてやるつもりで、鍵を開けて外に顔を出した。

 やはり、鞄から握り拳が伸びていた。

 私を認めたのか、また鞄の中でごそごそとしてから紙を差し出した。

『ごめん、寝てた?』

 当たり前だと言ったら『やっぱ、中に入れてくんない?』と来た。

 訳をきくと『一人じゃ寂しいから』らしい。

 何言ってんだろ。一人じゃないよね。一個、良くて一本だよね。

 私は小声でいった。「悪いけど、今夜は私、一人でいたいんだよ」

 そしたら『なんで?』ときた。

 変に濁すより理由を明かした方が早そうだから、手短にあいつに振られた話をした。

『そいつ、女見る目ないね』

 フォローしたかったんだろうけど、私は鼻で笑ってしまった。

 私のこともあいつのことも知らないくせに。

 それに、ずけずけと”女”というやつも信用ならないけどね。


 『何もしないから』

 そう彼はアピールしたが、かえって気色悪い。

 ベッドで寝ているときに何かしてきそうだと思ってしまった。

 すると今度は『寒くて、凍えそうなんだ』と手を震わせてみせた。


 明日の朝まででいいから入れてくれとあまりにせがむので、クローゼットに閉じ込めたままでいいならと条件つけて私が折れてみせると『ありがてえ』と書いてよこした。

 再び玄関に引っ張り込んで、湿気ている鞄をタオルでごしごしとぬぐう。

 そのそばから紙を出してくる。

『振られたからって、そんなに落ち込むことないよ』

「いやいや、こっちはもう30過ぎてんだよ。ひどすぎて笑えてくるよ」

『人生、まだまだこれからだよ』

 私はため息をついた。

「軽くいうけど、それ、なんも説得力ないわー」

 すると彼は、少し考えているのか時に動きを止めながら、ようやく紙をみせた。

『オレなんかもう終わってるもんなww 途中でいきなり殺されたから』

(やっぱり)と思ってしまった。

 そう、やっぱり死んでるんだ。

「君、なんで殺されたの?」

『わからない。いきなりだった。気づいたら、こうなっていた』

 それはきつい。

 さすがに、私も神妙になる。

『だからさ、オレとちがって、お姉さんはこれからなんだよ』

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