第11章…上書き

生徒のみんなに認めてもらえました




―――




 朝、学校に向かう途中の車の中、運転手さん、俺、楓ちゃんが乗っていた。

楓ちゃんはちょっとモジモジしていた。なんだかいつもより肩身が狭そうにしているようにも見える。最強お嬢様なのに肩身が狭そうにしているなんて貴重な瞬間だな。可愛い。



「その、昨日のことなんだけど、ごめんね涼くん。私全然役に立たなくて……」


「いや、全然気にしないでくれ」



昨日のことというのは教室にスズメバチが乱入した事件だ。

楓ちゃんはその事件で怖くてうずくまっていることしかできなかったことを申し訳なく思っているようだ。

本当に全然気にしなくていいのに。むしろ怖くて怯える楓ちゃんが最高に可愛くてよかったから。ありがとうって言いながら拝みたいくらいだ。



「私、虫だけはどうしても苦手で……恐怖で頭が真っ白になっちゃって……ホントに面目ないです……」


「スズメバチは仕方ないよ。毒持っててすごく危険だし俺も怖かったし怖いのは当然だから。みんな無事で本当によかったよ」


「私生徒会長なのに虫1匹でここまで取り乱すなんてまだまだだね……」


「いや生徒会長とか関係なく怖いものは怖いでしょ。楓ちゃんは十分すぎるほど立派な生徒会長だよ」


「ありがとう涼くん……涼くんに教室監視の仕事任せて本当によかった……」



楓ちゃんは完璧超人だと思ってたから、楓ちゃんでも怖かったり苦手なことがあるんだなって、少し親近感が湧いたんだ。ますます楓ちゃんが好きになった。

本当はこんなこと言っちゃいけないんだろうけど、ちょっとだけスズメバチに感謝したいと思ってしまった。ケガ人がいなかったから言えることだけど。



「とにかく涼くん、今日からは覚悟しといた方がよさそうだね」


「えっ? 何が?」


「今日から涼くんの仕事環境は大きく変わると思うから」



どういうことだ……? よくわからないまま車は学校に到着した。

車から降りた瞬間、楓ちゃんに言われた言葉の意味を知ることになる。



「キャーッ!」


「キャー!! 安村様ーっ!!!!!!」



!?!?!?

何が起きた!? なんなんだ!?


車から降りただけだぞ。まだ校門もくぐってないぞ。なのになんでこんなに女子高生がいっぱい集まっているんだ!?


20人、いや30人はいる。女子高生たちみんな俺の周りに集まってきた。

なぜだ。何もかもが意味わからん。これは幻覚か。今までの人生とあまりにも違う世界が目の前に広がっていて困惑しかない。今までの人生と真逆と言ってもいい。

こんなバカで無能でパッとしない男である俺が、こんなに女の子に囲まれているだなんて。これじゃまるでアイドルみたいじゃないか。


モテモテイケメンならこういう時にさわやかな笑顔を見せて女の子たちからさらに黄色い声を浴びたりできるんだろうが、俺はこの状況に慣れてなさすぎて汗をダラダラ流して若干口がひきつって気持ち悪い反応しかできない。



俺が女の子たちに囲まれた瞬間、楓ちゃんがシュバッと俺のとなりに来て俺にピッタリとくっついてきて俺はドキッと心臓を跳ねさせる。

楓ちゃんは俺にくっついたまま、腕を素早く振って女の子たちが俺に近づきすぎないようにバリアを張っている。


腕を素早く振ることで楓ちゃんの胸が少したゆんって揺れてて、股間がピクッて反応したので慌てて目を逸らした。


なんか俺がアイドルで楓ちゃんがマネージャーみたいになってるんだけど。なんでだよ、普通逆だろ。楓ちゃんがキャーキャー言われるなら全然理解できるよ。でもみんな安村様って言ってるし俺の勘違いなどではなく間違いなく俺がキャーキャー言われてるよ。マジでなぜだ。



とにかく女子高生の集団に囲まれてどうしようかと思ったけど、楓ちゃんが俺の腕を掴みながら強引に突進して、なんとか振り切って校門をくぐって歩く。



「なっ、なんだ!? なんなんだ今のは!? 今の子たちは幻覚でも見てるのか!? 洗脳されてるのか!? キャーキャー言う相手間違えすぎだろ!」


俺の頭は混乱しすぎてまっすぐ歩けなくなっていた。


「間違えてないよ、みんな涼くんにメロメロになってる」


「なんで!? 何がどうなってこうなるんだ!? 俺イケメンに生まれ変わったのか!? そんなはずはない、今朝鏡を見たがいつも通りの俺だったのに!」


「昨日涼くんがスズメバチを追い払ったでしょ? そのことがすぐに学校中に知れ渡って、涼くんはこの学校の英雄になったんだよ」


「え、あれで!? あれだけのことでこんなことに!? 虫1匹くらいでそんな大げさな……」


「大げさじゃないよ、スズメバチは本当に危険なんだから。もし他のクラスに行ったり校舎中を飛び回ったりしたらケガ人がいっぱい出てたかもしれない。

被害が出る前にスズメバチを追い払った涼くんの功績はとても大きいものなんだよ。涼くんを認めなかった生徒もみんな手のひらを返して、安村様ステキ! って言ってるよ」


「マジでか……」


楓ちゃんの全校集会スピーチを持ってしても7割くらいの生徒たちに嫌われていた俺。それがスズメバチ事件でほとんど認めてくれたってことか?

俺、もう冷たい視線を浴びずに済むのか? クスクス嘲笑されなくて済むのか?

それはとても朗報だけどやはり困惑の感情が強くて今の状況に慣れるのにまだまだ時間がかかりそうだ。



「本当に涼馬さんすごいモテモテですねぇ」


「わっ! つばきちゃん!?」



いつの間にかつばきちゃんが俺と並んで歩いてて驚いた。

間に俺を挟んで楓ちゃんとつばきちゃんが睨み合っている。



「中条会長ズルいですよ! 涼馬さんのかっこいい勇姿を見れたなんて! 私も見たかったです! 悔しい!」


「ふふん、涼くんのかっこいい勇姿をこの目で見れて本当に眼福でしたよ私は。野田先輩は一生悔しがっててください」



楓ちゃんはドヤ顔をして、つばきちゃんはキーッと悔しそうにしていた。


っていうかかっこいい勇姿とか言われてもな……スズメバチ様の機嫌を損ねないように平身低頭してただけなのに……残念ながら勇姿という言葉は1ミリも似合わないから。



「おい、安村」


「わっ、堀之内さん!?」



いつの間にか俺の前に立ちはだかっていた堀之内さん。また3人揃った。



「本当に悪かったな、安村」


「別にいいって! 気にすんなって!」


「お詫びにあんたにこれやるよ」


「え? 何これ?」


「じゃあな」


「おい待てって、堀之内さん!」



堀之内さんは照れくさそうに去っていった。

堀之内さんから手渡されたもの。それは……



……雑草……?


え、なんで……? マジでなんだよこれ。

何もかも意味わからん。なんで雑草をくれたんだ? いやでも堀之内さんの大切なものかもしれない……


俺が手に持っていた雑草を、楓ちゃんがひょいと取った。



「ねぇ涼くん、私以外の女からもらったものなんていらないよね?」


「え……」


「ねっ? いらないよね?」


『ねっ?』って言い方超可愛かったけど、でも笑顔が怖い。ほとんど脅迫みたいなオーラを感じる。



「……ま、まあ、その、なんで雑草くれたのか意味わかんないし欲しいとは思わないけど……」


「よろしい、さすが私のペットだね。この雑草はおじい様にでもあげちゃおう」


「え、おじいさんにあげるの……?」


「大丈夫、おじい様は植物好きだし孫からもらうものはなんでも喜ぶから」


そうですか……

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