恐ろしい昆虫をなんとか追い払いました

 2年B組の教室に、突然スズメバチが現れた。

黄色と黒の模様。いかにも危険という文字を具現化したような色と風貌。間違いない、ハチだ、スズメバチだ!


窓の方をチラッと見ると、少し開いていた。窓が開いているなら虫が入ってくることは起こりうるが、その中でも最悪最恐の虫が入ってきやがった。


猛毒の針を持ち、刺されたら死に至ることもある。人類にとって最も脅威になる虫と言ってもいいかもしれない、それがスズメバチだ。

それが女子校の教室に入ってくるなんて……これもうバイオハザードだろ。



「きゃああああああ!!!!!!」



女子生徒の悲鳴が教室に響く。自習で座っていた生徒たちがみんなパニックになる。

ガタンガチャンと机や椅子が倒れる。教室内を逃げ回る生徒たち。本当に大変なことになった。



「ぎゃああああああ!!!!!! わああああああ!!!!!!」


ついさっきまですごく強気で威勢のよかった堀之内さんもものすごくビビリ散らかして発狂して逃げ回る。ていうか堀之内さんがこのクラスで一番パニックに陥って騒いで喚いていた。


俺は、虫はそんなに苦手ではない。むしろ得意な方だと思う。小学生の頃自由研究でカブトムシとか飼ってたしセミやバッタくらいなら触れる。

だが、さすがにスズメバチはなぁ……普通に怖いわ。怖すぎて凍りついたように動けない。



ハッ、楓ちゃん……!

楓ちゃんはこの学校の生徒会長、このクラスでもリーダー的な存在であろう。俺がピンチの時も救ってくれた頼もしさ心強さがある女の子だ。

楓ちゃんならスズメバチもなんとかしてくれるかもしれない……! 男として本当に情けないが、楓ちゃんならきっとなんとかしてくれるんじゃないかという期待と希望が心の中にあった。


楓ちゃんはどこだ!? ついさっきまで堀之内さんと話してたはず……



「っ、うぅっ~……!」


「! 楓ちゃん……!?」



楓ちゃんはすぐそばにいた。俺の足元にいた。

楓ちゃんは頭を抱えて、しゃがみ込んで丸まってうずくまっていた。


怖がっている。震えている。そんな楓ちゃんを見て俺の心はズキッと痛んだ。



「うぅ、怖い……怖いよ、涼くん……!」


「楓ちゃん……!」



なんで楓ちゃんに頼ってばかりなんだ俺は、この期に及んでまた頼ろうとしてて、バカか俺は。それでも男か。楓ちゃんは俺を信頼してこの教室を見守る仕事を任せてくれたんだ。それで楓ちゃんに守ってもらうなんて許されるとでも思っているのか。

楓ちゃんは俺を救ってくれた。俺に住む場所をくれた、仕事をくれた。もらってばかりでいいわけがない、今度は俺が……俺が楓ちゃんを助ける番だ。

楓ちゃんは、俺が守る。



「大丈夫だ、楓ちゃん! 俺がついてるから! 俺がなんとかするから! だから大丈夫だ!!」


「―――……涼くん……!」



俺を見つめる楓ちゃんの瞳には切なさと儚さが映っていた。スズメバチが怖くて涙目になっていた。彼女の不安をすぐに取り除きたい。

言った。ちゃんと言ったぞ俺は。これでもう俺がなんとかするしかなくなった。やっぱり無理ごめんというのは許されない。

恐怖とプレッシャーも圧し掛かるが、楓ちゃんにいいところを見せたいというやる気と気合いに溢れていた。いつも情けなくかっこ悪かった俺だが、ここで挽回してやる。


俺は、飛び回るスズメバチと対峙した。

やっぱり怖いが、楓ちゃんに愛想尽かされる方がよっぽど怖いんだ。



「くっ、しょせん虫だ、殺してやる……!」


ほとんどの生徒が逃げ回る中、1人勇敢にスズメバチに立ち向かおうとする生徒がいた。

メガネをかけた、おとなしそうに見える女子生徒だ。すごいな、気弱そうに見えるけど勇気を持った子だ。


っていうか、あの子今殺してやるって言ったか? メガネの子は椅子を持ってスズメバチに攻撃しようとした。



「っ、おい待て、やめとけ!」


俺はその子を止めるために椅子を掴んだ。


「しかし、早く殺さないと誰か刺されちゃうかも……」


「殺そうとするのはやめとけ。下手に刺激すると仲間を呼ぶかもしれん!」



本で読んだことある。スズメバチを殺すとフェロモンみたいなものを出して仲間のハチが集まってくる可能性があると。殺すのではなく、追い払おう。いや追い払うというより、なんとか入ってきた窓まで誘導して教室から出ていってもらうのがベストだ。



「みんな、廊下に避難してくれ!」


まず最優先は生徒たちの避難だ。生徒たちはみんな速やかに教室から出る。

しかし、楓ちゃんはその場でうずくまったまま動けなかった。よほどハチが恐ろしいのだろう、ブーンという羽音が聞こえる度にビクッと震えていた。


大丈夫、俺も教室に残って楓ちゃんを守る。最悪俺が楓ちゃんを庇う覚悟はできている。いつでも盾になれるようにしておく。



スズメバチと目が合う。挑発しているのだろうか、わざと俺たちの近くを飛び回ったりしている。

早くなんとかしなくては。どうやって追い払おうか……


細心の注意を払ってよく観察してみると、スズメバチは天井の蛍光灯の周りをよく飛び、蛍光灯に体当たりしたりしている。

そうか、虫って光に集まる習性があるのか。俺は急いで教室の電気をすべて消した。

そして窓のカーテンも閉める。窓が開いている部分だけはカーテンを閉めない。これで窓が開いているところだけが光っている状態となった。

これで窓が開いているところに誘導して、外に追い出したい。早く外に行ってくれと強く祈る。


だが、なかなか出ていってくれない。教室を暗くしても無駄に居座る。虫の行動は一切読めないしそう簡単に人間に都合よく動いてくれるわけはないのはわかってはいるがもどかしさがハンパない。



次の手を考える。

本で読んだことある。はハチに狙われやすいと。


楓ちゃんは金髪、俺は黒髪だ。俺の方が狙われやすいのではないか。

つまりそれは楓ちゃんを守るためには好都合ではないのか。


まずは楓ちゃんの安全が最優先。俺はそーっと楓ちゃんから離れてみる。死ぬほどビビりながらも慎重にハチを挑発するようなポーズを取ってみる。



ブーン……


おっ、こっち来たぞ。いいぞ、こっちに来い。

俺がオトリになることで、楓ちゃんからハチを遠ざけることに成功だ。


そして俺はゆっくりと開いている窓に近づく。

ハチもついてくる。少しずつ窓に近づいていく。


開いている窓までスズメバチを連れてくることに成功した。

あとは窓から外に出ていってくれることを祈るだけだ。


緊張感がヤバイ。スズメバチが窓付近をウロウロしているだけで心臓が冷たくなりそうになる。

早く、早く出ていってくれ……!



―――ブーン……


何分祈ったかわからんが、ついにスズメバチが窓から外に出た。

外に出た瞬間バタンと勢いよく窓を閉め、鍵をかけた。


「ふぅ~~~……」


なんとか、なんとか追い払った……俺は安堵の息をついて、張りつめていたものが解けて腰が抜けそうになった。



ワァッ!


パチパチパチ……!!



!? なんだ!?

廊下に避難していた生徒たちが教室に入ってきて、みんな盛大に拍手をした。

俺? 俺に拍手をしているのか?



「お、おいおっさん……」


「堀之内さん……?」


堀之内さんが俺に近づいてくる。ついさっきまで俺に超当たりが強かったのがウソみたいに、なんかしおらしくなっていた。心なしかボサボサだった緑髪もペッタンコになっている気がする。あ、胸じゃないぞ、髪だぞ。


「おっさん……いや、安村……

あたし、お前のこと誤解してたよ。生徒のためにそこまで頑張る奴だったんだな。その……今まで悪かったよ」


堀之内さんはそう言って頭を下げた。

え? もしかしてデレた? 初めて名前呼ばれたし。スズメバチ超怖かったけど、これでもう堀之内さんに命を狙われることはないということでいいのかな。それはかなり朗報だ、よかったよかった。



ハッ、楓ちゃんは大丈夫か!? 一番怖がってたみたいだけど……

楓ちゃんの方を見た瞬間、楓ちゃんは俺に向かって駆け寄ってきた。



「涼くんっ!」


ぎゅっ


「わっ!?」



楓ちゃんはすごい勢いで俺に抱きついてきた。今の俺は腰が抜けそうでフラフラだったけどなんとか楓ちゃんの身体を支えた。

楓ちゃんの柔らかい胸の感触がむにっと俺の身体にクリーンヒットし、信号のすべてが股間に送り込まれた。



「ありがとう、涼くん!」


チュッ


「ッ!!!!!!」



そして、頬に楓ちゃんの柔らかい唇の感触が……

楓ちゃんに抱きしめられ、ソフトなキスをされた。


スズメバチを追い払って、ここまでのご褒美が……クラスのみんながいるのになんて大胆な……

俺はデレデレメロメロになって倒れそうになった。しかし楓ちゃんの身のすべてを預けてもらってるのに倒れてたまるか。

恥ずかしかったり幸せだったりで俺の中はグチャグチャに大爆発したが、倒れないことだけはやりきった。

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