恐ろしい昆虫の登場です

 「あっ……」


2年B組の自習中、女子生徒の1人が消しゴムを床に落としてしまった。

落とした消しゴムは俺の近くまで転がってくる。


もちろん俺はその消しゴムを拾い、女子生徒に渡した。



「……あ……ありがとうございます……」


お礼は言われたが、女子生徒は目も合わせてくれなかった。

やはり警戒されまくっている。消しゴムを拾っただけだが、周りの生徒たちもビクッとして身構えている。


油断したら襲われるとでも思ってるのかな。いくら俺がスケベでも生徒に手を出そうなんてするわけがないだろう。俺の理性がしっかりしているという意味ではなくて、俺がザ・チキンだからだ。

ここで襲うくらいならとっくの昔に楓ちゃんに手を出しているぞ。みんなには口が裂けても言えないが一緒に暮らしてるんだからな。


心にチクッとしたものを感じながら、俺は教卓に戻って座る。



「は~~~あ……」


静寂な自習の空間を切り裂くように、わざとらしく大きなため息をついたのは堀之内さんだ。


「こんなおっさんとこれ以上同じ空間にいるなんて耐えられねぇぜ」


そう言って堀之内さんは席を立ってスタスタと教室から出ようとする。



「待て、堀之内さん。どこに行くんだ」


「やってらんねぇからサボるんだよ」


「それは困る、俺はこの時間を任されたんだ。勝手な行動は慎んでくれ」


「うるせぇ。停学にされたからもうてめぇを攻撃することはやめたけどな、てめぇを認めたわけじゃねぇ。てめぇに指図される筋合いはねぇ」


呼び止めたが、堀之内さんは構わず教室から出ようとする。

俺は急いで堀之内さんの前に立ちはだかった。



「邪魔だどけおっさん」


「どかない。この時間だけでもおとなしくしててくれ頼むから」


「……てめぇを攻撃しないとは言ったけどそっちからケンカ売ってくる分には仕方ねぇなぁ」



これ以上止めるようなら堀之内さんに殺されるか? でもそれでも俺は退かない。ここで逃げるようならこの教室にいる意味がない。


チラッと楓ちゃんを見る。楓ちゃんはこっちを見ずに自習を続けている。

俺を信じて託してくれている? 本当にヤバそうだったら助けてくれるだろうけど、基本的にこの時間は完全に俺に任せてくれたって感じか?


そりゃそうか。ここで生徒に助けてもらうようじゃなおさら俺がここにいる意味ないもんな。これは仕事、ちゃんと結果を出してもっといろんな仕事を任せてもらうんだ。


「何デカパイ女をチラチラ見てんだよエロ野郎」


「いや、そんなつもりで見たわけじゃない」


「デカパイ女に助けを求めてもいいんだぜ? いいトシしたおっさんがみっともなく女に頼ろうとすんのも見苦しくてウケるぜ」



「ねぇ、堀之内さん」


「っ!」



自習していた楓ちゃんがクルッと後ろを向いて堀之内さんの名を呼んだ。

イキっていた堀之内さんの身体がビクッとする。まあ気持ちはわかる。支配者の才能がある楓ちゃんの声は俺もひれ伏しそうになる。



「キミ程度の生徒、私が動くまでもないから。涼くんをあまりナメない方がいいよ?」


そう言った楓ちゃんの視線は挑発的なものだった。楓ちゃんに挑発された堀之内さんは口をつぐむ。俺もあの挑発的な視線で見られたいってちょっと思ってしまった。


楓ちゃん、俺を信頼してくれているのは嬉しいけどケンカになったら俺勝てないぞ? 情けないけれども事実だ。

まあ、ケンカにならないようにすればいいだけの話だけどな。



「落ち着け堀之内さん、なんでも腕っぷしでなんとかしようとするのはよくないぞ」


「誰がペチャパイだ殺すぞ」


「何言ってんの!? 誰もそんなこと言ってねぇよ!!」



マジで何言ってんだこいつどんな耳してんだ。

楓ちゃんをライバル視してるし執拗に楓ちゃんをデカパイ女って呼ぶし、胸コンプレックス拗らせすぎだろこの子。

雲母も胸の大きさめっちゃ気にしてたけど俺は一度も気にしたことないのに……あっ、また元カノのこと思い出しちまったじゃねぇかよ。早く忘れたいのに。



「あたしの胸をバカにする奴は1人残さず葬ってきた……てめぇも必ず殺してやる」


「は!? なんで!?」


「うるせぇ殺す」


マジかよこれ、こんなことってある? 冤罪にも程がある。

なぜか俺が堀之内さんの胸をバカにしたことになってるんだけど。怒られて停学にされたから俺を排除する理由を無理やりでっちあげたってことか? あまりにも無理やりすぎるだろ。


結局堀之内さんは俺を殺そうとするのかよ。もう3度目じゃねぇかよ、うんざりだよ。

さすがにムカついたので一つだけ言わせてもらおう。実際に言ったらセクハラなので心の中で言わせてもらう。


メチャクチャ気にしてるだけあって確かに堀之内さんはドがつく貧乳だ。制服着てるから正確な大きさはわからんが膨らみがない。控えめな大きさのつばきちゃんよりさらに一回り小さい。


でも俺は胸の大きさとか全然気にしないぞ。その証拠に堀之内さんと同じくらいの胸した女と7年も付き合ってたんだぞ俺は。



「うーん……思ってたより堀之内さんがカスだった。やっぱり停学じゃ生ぬるかった、退学にするべきだった。私自らが粛清しないとダメか」


楓ちゃんがそう言って立ち上がった。結局楓ちゃんの手を煩わせるような感じになってしまった。


これじゃ他の生徒にも迷惑だし、俺全然役に立ててない。役に立ってないどころかトラブルを起こす形になってしまった。俺がこのクラスに来た意味って一体……



―――ブーン……



……? ん? なんだ今の音。

なんかすごく強い羽の音みたいな……俺は頭上を見る。


!? 教室の天井付近を飛び回る飛行物体が!?

あ、あれは……!



「おいおっさんどこ見てんだよ」


「そこまでだよ堀之内さん」


「なっ! んだよデカパイ女! 授業中に席を立ってんじゃねぇ!」


「そのセリフそのまま返すけど」



「お、おい2人とも……上を見てくれ」


楓ちゃんが参戦し、堀之内さんと言い争いを始めようという時だったが、俺はそれを止める余裕がなく、上を見ながら上を指差した。


「あぁ!? だからどこ見てんだよおっさん……」


楓ちゃんはすぐに上を見る。堀之内さんもイライラしながらも上を見る。他の自習中の生徒たちも上を見る。



そこにいたのは、大きな羽音をした異形の生物が飛び回っていた。

こいつは……スズメバチだ。

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