野田さんのお悩みです

 野田さんは、友達がいないと言った。

いきなり言われたもんだから俺はギョッと全身が固まる。こんなに深刻そうな話を俺にするとは思わなかったから戸惑いも大きく、慎重に身構える。



「もうお気づきかもしれませんが、私は空気を読めないんですよ。建前がないというか協調性がないというか、思ったことをすぐにハッキリと言っちゃうタイプで。学校でそういう風に生きていたらいつの間にかぼっちになってました。

私お嬢様なんで、何不自由なく甘やかされて生きてきたので、それで遠慮とか気遣いとかができない人間になってたんですね」



そうか……言われてみれば確かに思い当たるところがいくつかある。

楓ちゃんが嫌がっているのにベンチに座ってきたり、楓ちゃんの弁当を強引に食べてハッキリとまずいと言ったり、男子トイレを勝手に使ったりして楓ちゃんをめっちゃ怒らせていた。楓ちゃんは野田さんのことを図々しいと言っていた。空気が読めない子と言われれば納得はする。



「無事にクラスで孤立した私は、教室にいるのがイヤになってサボることが多くなりました」


野田さんが授業サボってた理由ってそれだったのか。サボりたい気持ちはわかるけど俺の場合サボる勇気もなかったからちょっとうらやましくも思ったりする。

授業サボってもテスト余裕って言ってたし本当にうらやましい。



「今のままじゃよくないと思って直そうとはしてるんですけど、人ってそう簡単には変われないですよねぇ」


「……まあ、自覚があるだけでもいくらかマシなんじゃないか? 自覚がなく無神経なことを言っちゃう人もいっぱいいるんだし」


「あはは、私に肯定的なことを言ってくれたのはあなたが初めてですよ安村さん」


「そうか?」


「そうですよ」


野田さんのことをちゃんと見てくれる人が、野田さんの周りにいない感じなんだろうか。周囲の人間に恵まれない人というのはけっこういるんだな。



「そういうわけで人の気持ちがわからない女、野田つばきでございます。

だから人の心というものを学習したくて、中条会長がお弁当を作るほど入れ込んでらっしゃる安村さんに目をつけたというわけなんです」


「なるほど……でも俺も友達はかなり少ない方だったからな。キミの役に立てる気がしないんだ。人間関係について学びたいなら他にいくらでも適任はいるのではないか?」


名門お嬢様学校であれば人付き合いが上手な人などいくらでもいると思う。

俺なんかよりも野田さんの悩みを解決してくれる人は星の数ほどいるはずだ。俺である必要はどこにもない。



「でも……男性はあなただけです。せっかくだから異性の方の意見を取り入れてみたいんです!」


男子禁制の環境、男は俺しかいないという環境。それにより俺を頼ってくる生徒がいてもおかしくない……


しかしまいったな……俺はそういう先生みたいなこと全然できない。俺は無能で、教えるどころか教えてもらってばかりで、多くの人に迷惑をかけてきた。生徒の真剣な悩みに俺が何かできるビジョンが全然見えない。

人の気持ちを知りたいと言われても……俺の方が知りたいくらいだ。雲母の気持ちをちゃんとわかっていればフラれることはなかったかもしれないんだ。


俺には無理……学校で働くからには生徒の悩みの一つや二つと真剣に向き合わなければならない時もあると思うが、野田さんの悩みはかなり深刻なもの。俺みたいな無能にはハードルが高すぎる。下手に手を貸したりしたら大きな迷惑をかける可能性もある。その可能性が恐ろしい。


できないものはできないと最初からハッキリ伝えることも大事なんだ。



「野田さん……俺じゃキミに教えられることは何もないよ」


「……!」


「人の心を勉強したいとか意見を取り入れたいとかそういうことじゃなくてさ、もっとシンプルに考えようよ。要するに友達が欲しいって話だろ?」


「…………そう、ですね」



「俺でよければ、友達になるよ」



「―――……えっ!?」



野田さんは目を見開いて俺をまっすぐ見た。

頭で考えて出た言葉ではなく、自然にスッと出た言葉だった。


言葉が出た瞬間、脳裏に浮かぶのは楓ちゃんの姿。


あれ……あまり考えずに行っちゃったけど、ペットである俺が他の女の子と友達になろうっていうのは楓ちゃん的にはアウトの可能性が……

いや、確実にアウトだ、断言できる。他の女の子と会話をするだけでもすごく嫌がってたんだから。


俺は詰んだかもしれないな。しかしこれは仕方ないんじゃないか?

友達ができなくて真剣に悩んでいる女の子をほっとくなんてできない。生徒の悩みを聞いた以上、『あっそ、頑張って。はい終わり』というわけにはいかないだろうが。


かと言って彼女のために俺ができることはこれくらいしか思いつかなかった。

別に浮気とかじゃないし、友達だし! 下心とかではない、学校で働くんだから純粋に生徒と仲良くなりたい。これは俺の本心。

楓ちゃんにはちゃんと話して、話した結果殺されるというなら受け入れる。ペットだから基本的に楓ちゃんには何をされてもいいという覚悟はできている。



「…………」


野田さんはフリーズしていた。瞬きすらしないくらい停止していた。


「の……野田さん……?」


ちょっと対応ミスってしまっただろうか。野田さんも俺が友達になるとかそんなつもりで言ったわけじゃないかもしれない。俺なんか友達にしたくないと思われているかもしれない。俺は不安になった。



「……あ、すいません。あまりにも衝撃だったんでつい我を忘れてしまいました」


我を忘れるほど俺と友達になるのはイヤだったってことか……?


野田さんは下を向いてモジモジするようになった。ちょっと照れている。不覚にも可愛いと思った。



「……本当ですか……?」


「えっ?」


「私と友達になってくれるというのは、本当ですか? 私、そんなこと言われたの初めてで戸惑っています」


「もちろん。キミがよければだけど」


「安村さんっ……!!」



ぎゅっ


「わっ!?」



野田さんは俺に抱きついてきた。


むにっと、野田さんの胸が押しつけられる。控えめな大きさの胸だけど、しっかりと柔らかい感触が伝わってくる。

全体的に細い体つきだと思ってたけど、野田さんの身体は華奢で柔らかくて女の身体なんだって意識してしまった。



「嬉しいです、安村さん……!」


「野田さん、ちょっと離れて……」



薄暗く狭い密室、女子高生と2人きりで抱きつかれるのはシチュエーション的にヤバすぎる。狭いから逃げることもできない。



「私、安村さんのこと好きかも……」



「―――!?!?!?」



野田さんの言葉を思い出す。思ったことをすぐにハッキリ言ってしまう、と。

じゃあ、今の言葉も……!?


俺の脳内に浮かぶ、楓ちゃん。そして雲母。臆病でヘタレな俺としては野田さんの今の発言に言及することはできなかった。

というか俺は学校で働かせてもらってる身だ。生徒と何かあるわけにはいかない。


マズイ……これ以上は本当にマズイ。



「ごめん野田さん、俺もう行くから!」


本当にこれ以上はダメなので俺は外に出ようとする。

野田さんに手を掴まれる。


「最後に一ついいですか?」


「な、なんだ?」



「中条会長はって呼んでるのになんで私はなんですか?」


「え、それは……」


楓ちゃんは幼馴染みたいなもので、出会った頃は小さい子だったから自然と楓ちゃんって呼んでたのであって……

これは楓ちゃんとの2人で共有する想い出だから他の人に話すつもりはないけど。


「中条会長は友達で、私も友達なんですよね? だったら呼び方に差をつけないでほしいです」


「え、えっと……」


「私ちゃんとフルネームで自己紹介しましたよね? 私の下の名前覚えてないとは言わせませんよ」


「いやちゃんと覚えてるよ!」


「じゃあ呼んでください。呼んでくれたら行っていいですよ」


「わかったよ、つ……つばき、ちゃん」



呼ぶだけでも照れてしまった。呼んだ瞬間つばきちゃんと目を合わせられなかった。

女の子を下の名前で呼ぶのは3人目……楓ちゃんと、雲母と、そしてつばきちゃん。


名前を呼んだらつばきちゃんは満足そうに微笑んだ。



「はい、これからよろしくお願いしますね、



「ッ……!!」



俺のことも下の名前で呼んで微笑みながら手を振るつばきちゃん。

俺を下の名前で呼ぶ女の子も3人目。俺はドキッと心臓を打つのを自覚せずにはいられなかった。

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