尋ね人



今ネカフェにいるんだけれど、僕の話を聞いて欲しい。


むかし、家の前を通る、どこか怪しい老人が気になっていた。その人は痩せこけていて、ぼんやりとした足取りで夜の路地を歩いていた。そして、いつも同じ言葉を繰り返していた。「ここはどこですか?」


ただの怪しい老人に見えるが、僕はある日、彼の風貌指名手配犯に酷似していることに気づいた。交番の掲示板に貼られていた過激派の懸賞金つきポスター、その細い顔、くたびれたコート…確かに同じだった。高額な懸賞金が付けられていたこともあり、僕は彼の後を追ってみることにした。どこへ向かうのかもわからないまま、その老人の後ろ姿に夢中になっていた。


暗い路地裏を抜け、静かな細道を進んでいく。僕は少し距離を保ちながら、その後を追い続けた。もしも彼が本当に指名手配犯ならば、交番に通報して賞金を手にすることができる。そんな欲望と、緊張感が入り混じった気持ちで、僕は彼の動きを見逃さないようにしていた。


老人は細い道をどんどん進んでいった。その道はやがて狭くなり、周囲にはひどく古びた建物が並び始めた。気づけば、見慣れた場所から遠く離れていることに気づいた。帰るべき道を振り返ろうとしたが、いつの間にか後ろにはただ暗く長い路地が続いているだけだった。


「ここはどこですか?」と、老人はまた一人呟いた。


その声に不安を覚えながらも、彼を見失うわけにはいかないと足を速めた。途中で無人の交番があった。僕は掲示板を確認し、指名手配のポスターがまだそこにあることを確認した。老人の姿は確かにそこに写っていた。だけど、この交番は何かがおかしかった。内部は異様に散らかっていて、掲示板の文字を読むこともできなかった。まるでこの場所そのものが現実から少しずれているようだった。


僕は再び老人の姿を追いかけた。どこからともなく人の話し声が聞こえてくるが、その言葉は意味を成さない。僕の知る言葉に似ていながら、決して理解できないものだった。僕は帰る道を探そうとしたが、どの角を曲がっても見覚えのない風景が続くだけだった。


あの老人を探したが、彼はどこにもいなかった。ふと振り返ると、老人がすぐそばに立っていた。その顔は怒りに満ちていて、目がぎらつき、眉間に深い皺が刻まれていた。声は低く、まるで喉の奥から絞り出すようにして言った。「ここはどこですか?」


その瞬間、僕は逃げ出した。狭い路地を駆け抜ける。冷たい風が頬を打ち、心臓が激しく鼓動する。


どれくらい走ったのか、気がつけば周囲の景色はますます見知らぬものになっていた。どの道を進んでも同じような路地が続く。老人を諦めて家に帰ることにしたが、道が分からない。振り返ってみても、知っているはずの風景はどこにもなかった。家があるはずの場所も、ただ暗い路地が続くだけで、見覚えのある建物は一つもない。


それからというもの、僕はこの世界を彷徨い続けている。


「ここはどこですか?」

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