第16話

「いくらでも支払う。どんな願いでも叶えよう。生命だけは助けてくれ! た、頼む」

「おかしなことを言うのね。死者が必要とするのは冥銭だけ。あの世にお金は持ち込めないの。マリオンの生命はいくらなの? マリオンを返してよ……」


 願いが果たされようとしているのに、ココは道に迷った幼子のように喉を震わせた。

 ココの手のなかに、地獄も天国も委ねられている。

 ココは大統領の頭部に機関銃を突きつけた。

 いいや、この男は苦しんで死んでほしい。生きたまま砂漠に放置してやろう。


「立って」


 ココの命令に、大統領は激しく首を横に振る。


「往生際が悪い。覚悟を決めなさい。お金や権力は関係ない。何人なんぴとたりとも生死のタイミングは選べないの。

──大統領、あんたは長く生きすぎた。けじめをつけるべきだわ」


 大統領はなおいっそういやいやと抵抗した。身体をぎゅっと縮こめている。

 立ち上がらせようとココは男の腕をつかんだ。すると、腕のなかに金髪の小さな頭が見えた。幼子だった。


「ぱぱ……」


 二、三才の男児は不安げに大統領の身体にしがみつく。

 予想外の人物が現れ、ココは動揺した。


「しっ。静かに。いい子にしなさい」


 大統領が言い聞かせると、男児はこくんと頷く。

 大統領は覚悟を決めた表情でココを見つめた。真摯な瞳だった。

 これまで悪事を重ねてきた男が見せた、唯一の真実のように感じられた。


「わたしはどうなってもいい。息子の生命だけは助けてくれ」


 ココはよろめき、後ずさった。

 ──殺せない。大切なひとを奪われる痛みを知る自分が、どうして子どもから父親を奪えようか。

 大統領は悪党だ。しかし、この子にとってはかけがえのない父親なのだ。


「……子どもに罪はない」


 ココは聞き漏らすような弱い声で囁くと、大統領官邸を飛び立った。

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