第5話

「おはよう、ココ。いい朝だな」

「おはよう、みんな。お疲れさま。今、熱いお茶をいれるわ」


 6:25 a.m. 大時計台の一仕事を終えた少年たちが雑貨屋になだれ込む。

 全員の安否を確認したあとに、ひとときの団らんを楽しむのだ。

 ガスマスクを外した少年たちは馴染みの顔で、ココはほっと胸を撫で下ろす。

 彼らが名前を取り戻し、ようやく日常が戻ってくる。


 定番メニューのシナモンスパイスティーと、ぼそぼそしているクッキーをふるまった。

 物資が品薄のなかでの精いっぱいのもてなし。空腹がましになるだけありがたい、そんな世の中だ。


「ココ、蝋燭は足りているか? 國境沿いのマーケットに行くから、必要なものがあれば買ってくるよ」

「ありがとう。蝋燭の備蓄はあるわ。ラカントが手に入ったらうれしいのだけれど」

「任せておけ。手に入れてくる」

「他に困ったことはないか? 力仕事をするときはおれたちを呼べよ」

「ダニエルじいさんのところへ、食べ物を届けてくれない? あと、VHSビデオデッキが直ったって伝えて」

「ぼくが行こう。ついでに、デッキも取りつけてくる」

「助かるわ」


 幼い姿のココは、少年たちの庇護欲を刺激する。

 彼らはココよりも年若く、数年前まではココの胸に抱かれ、背におぶわれていた。

 ココの身長を追い越した日から立場が逆転した。


 少年たちにとってココは姉であり、妹であり、友であり、初恋だった。

 時を止めた姿のココ。

 閉鎖された環境では、異性と出逢う機会が少ない。少年たちの恋慕は必然だった。抜け駆けは許されない。


 ココに幸せになってほしいというのが、共通の想いだった。

 ココの心臓が止まらないように。暴発しないように。

 恋する少年たちは、ココが平穏に暮らせるように心を配る。

 ココは誰にでも優しいが、孤独が透けて見えるようだ。誰にでも優しいのは、特別な存在がいないからだ。


 ココの心臓を占めているのは、いなくなった父親だけ。


 ──いつか、ココが父親を待つのにくたびれてしまったとき、癒すのは自分の役目だったらいいのにと少年たちは夢みている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る