第15話
狼魔獣のリーダーを討ち取った俺とヘイシェは、足早に広場へと向かう。
「良い一振りだったぞ、海老津」
「いや、そんな。大した傷を負わせることもできなかったし、まだまだです」
「そう卑下するな。魔獣相手に逃げずに向かう気迫が、あの剣を届かせたのさ。アレを怯ませた、お前の殊勲だよ」
真正面から褒められ、くすぐったい気持ちで広場に戻ると、リーダーと共に侵入してきた5頭以外に後続はなく、俺たちは村を守り切れたようだ。
簡単に門の応急補修をし、不運にも亡くなった男らを集会場の土間に安置し、怪我人の手当をすると、俺たちは村長宅の客間に倒れ込むように眠った。
腹が減って目が覚めると、俺たち3人は靴も脱がずに寝ていた。窓から外を見ると、すっかり太陽が傾いている。
「…ふわあ、よく寝た。あ、起きてたんだ。お腹空いたね」
古賀君も腹時計で目を覚ましたようだ。まもなく香椎も起きてきたので、連れ立って外へ出る。広場ではリーマさんの指示で誘導路や罠の解体をしていた。
「よう、昨日はお疲れさん」
男衆と挨拶を交わし、作業を手伝う。材木を結えた縄を解き、広場の端に並べていると、アルから声がかかる。
「皆さん、夕食の炊き出しができましたよ。こちらへどうぞ」
男衆と共にゾロゾロと声のかかった民家へ向かうと、大鍋に野菜のシチューが並々と入っている。
「俺たちの村は酪農が名物だからな。乳とチーズにはちょっとうるさいぜ。まあ、食べてみてくれよ」
たっぷりとよそわれたシチューを口に運ぶと、ミルクの風味が優しく、疲れた身体に沁みる。あの魔獣との対峙を生きて乗り切ったことを実感した。
亡くなった人もいるので賑やかに、とはいかないが、生き残ったことを喜び、互いの健闘を讃え合った。
もう一晩村には厄介になり、あらかた片付けが済んだことを確認して俺たちは王都に戻った。
次の日、ラスパ団長呼び出されると、今後俺たちの訓練に不定期で遠征討伐を組み込むと宣言された。月に何度か、まずは近場の難しくない討伐案件から任されることになった。
早速次の休みのあとから遠征が始まる。
不定期での討伐遠征のため固定の班は組まず、都度ヘイシェやリーマさん、あるいは俺たちよりも年少の兵士と組むこともあった。毎回構成が変わることで、連携のいい訓練になったと思う。
そうしてまもなく夏も終わろうかというある日、毒ガエルの魔獣討伐を言い渡され、いつものように修練場に集合すると、見慣れない魔導車が停まっている。運転席にはアルが、後ろには白い修道服を着た女性が座っている。
「もしかせんでもあれは聖女やろな。新たなヒロイン候補やろか?いっちょ海老津と奪い合うたろか?」
軽口を叩きながら香椎がアルに近づき挨拶する。
「おおアル、おはようさん。どないしてん自分、えらいべっぴんさん連れて朝からドライブデートかいな。僕香椎いいます。よろしゅうな」
「皆さんおはようございます。今回の討伐対象は毒持ちですので、教会から聖女様のご協力を得ることになりました。こちらは聖女アンナ様です」
「ご紹介に預かりました聖女のアンナと申しますの。今回は毒の浄化でお手伝いをさせていただきます。戦う力はございませんが、加護を与えて後方支援をいたしますわ」
戦闘はしないと明言された。アルが付いているから、そこは任せていいのかな。まだ人を守りながら戦うような実力は俺にはない。
「海老津です。こっちは忍者の古賀君。お守りできるか自信はありませんが、ご協力よろしくお願いします」
正直に申告すると、聖女がカッと目を見開いた。
「ちょっとぉ、アル!異世界の召喚者って聞いて気合い入れて来たのに、こんな冴えないの連れてきてどうすんのよ。行き先が毒沼ってだけで十分やる気出ないのに、これ以上モチベーション下げてくるなんて、ほんとにもう!」
なんだかご立腹のようだが、俺たちにはどうすることもできない。
「…はは、皆さんお聞きのとおり、アンナ様は少々奔放なお育ちですが、裏表のない性格ですのでどうぞよろしくお願いいたします」
「…少しは隠したほうがいいと思う」
古賀君のいう通りだ。
聖女と俺たちを乗せた魔導車は、麦の穂が揺れる畑にまっすぐに引かれた田舎道を進む。
「…つまんないわね。アンタなんか面白い話してよ」
アンナがあごでしゃくって俺に絡んでくる。やめてくれよ、そういう陽キャのノリに耐えられるように俺はできてないんだ。
「いいだしっぺが何か面白いことを言ってくれよ。自慢じゃないが話術には自信がないんだ」
「なんであたしがアンタたちを楽しませきゃいけないのよ、もう!これは教会の師父から聞いた話なんだけど、夕方になると告解室に来るおばあさんが――」
意外と面白い話だった。っていうかお願いしたら自分でお話してくれた。確かに意外といいやつなのかもしれない。
前日に降った雨のせいでぬかるみが多く魔導車の進みが悪かったので、その日はあいにく野宿となり、アンナはたいそう不機嫌になった。
香椎が錬金術で沸かしてくれたお湯にソーセージと乾燥玉ねぎ、道中で手に入れたブロッコリーとキノコを煮込んでポトフを作る。俺は配られたパンに切れ目を入れ、ハムとチーズを挟み込む。チーズはレチェレ村でいただいたとっておきの逸品を、ちびちびと削って食べている。
ふと、手元に視線を感じる。質量を感じるほどにアンナが俺のパンを凝視している。強い気持ちで視線を振りほどこうとするが、俺の胆力はそれほど持たなかった。
「…食べたいですか?」
「あら、悪いわね。催促したみたいで」
「したみたいとちゃうで。あからさまに催促しとったやんか自分」
悪びれもせずに俺のパンを受け取ると、「こういうのも案外悪くないわね」と言いながらペロリと食べ、ポトフもおかわりをした。
「教会じゃ孤児院の子供たちもいるから、お腹いっぱいなんて食べられないのよ。その分は働くんだから、前払いと思いなさい」
満腹のお腹をさすりながらアンナは立ち上がると、俺たちに浄化の魔法をかけて汚れを落としたあと、結界と魔除けをとなえた。やわらかい気配が俺たちを包み、確かにここは安全だと感じる。
「これで今夜はゆっくり寝られるわ。アンタたちも不寝番はしなくていいわよ。魔導車はあたしが使うから、アンタたちは適当にテントでも立てて寝なさいな」
アンナは言い放ってさっさと魔導車に乗り込んだ。
俺たちは顔を見合わせながら、言われるままにテントを立てて眠りにつくのだった。
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