第15話 お姉ちゃんとの仲直りデート


 ひかりさんから衝撃的な秘密を話された日の夜。わたしは意を決して、お姉ちゃんともう一度話してみることにした。メッセで謝ることも一瞬考えたけれど、それは逃げているような気がして、怖いけれど電話をすることにした。


 お姉ちゃんが電話に出るまでの時間は永遠のようにも感じられた。今ここで電話を切って逃げてしまおうかな、なんて考えが何度も頭を過った。けれどなんとか逃げずに待つこと6コールほど。ようやくお姉ちゃんが出た。


「えっと、お姉ちゃ……いや、琴音ちゃん、だよね」


「え、ええ。双葉ちゃん、よね?」


「う、うん」


 電話越しのお姉ちゃんの声は緊張のためか、どこか上ずっているように聞こえた。わたしもお姉ちゃんのことを言えないけれど。


「……えっと、この前は……というより、これまでずっとごめんね。お姉ちゃんの、琴音ちゃんの気持ちに双葉、全然気づけてなかった」


「そ、そういえばひかりちゃんからわたしのことを聞いたのよね。その……わたしのこと、双葉ちゃんだって気持ち悪いと思ったんじゃないの? 親の離婚で離れ離れになれて済々したと思ったんじゃない?」


 自嘲気味に漏らすお姉ちゃんに、わたしはなんだか寂しい気持ちになった。


「……気持ち悪いとか、自分でそんなことを言わないでよ。確かに驚いたよ? そしてそれが、世間一般的には珍しくて、何だったらイケナイことなのかもしれない。でも」


 そこでわたしは一旦言葉を切って、深く息を吸い込む。


「双葉は、そういう意味で人を『好き』になったことがないから、女の子が女の子を好きになる気持ちも、姉妹で付き合っちゃいけないとか言うこともよくわからない。わからないけれど、お姉ちゃんが双葉のことを誰よりも特別に感じてくれるならば、今の双葉はそんなお姉ちゃんの気持ちに答えたい。だから――今週末、今度は双葉から琴音ちゃんのことをデートに誘わせてくれない?」


 わたしの提案にお姉ちゃんが唾を飲みこんだことが電話越しにも伝わってきた。


「上手くできるかわからないけれど双葉も、琴音ちゃんに相応しい彼女さんになりたい。うまくできるかわからないけれど……双葉に、もう一度チャンスをくれないかな?」


「……チャンスを貰うのは、わたしの方よ。こちらこそ、不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」


 いつの間にか涙交じりになってそう言うお姉ちゃん。こうして、わたしとお姉ちゃんはなんとか仲直りデートの約束を取り付けることに成功したのでした。


◇◇◇


 週末。その日、普段はファッションに無頓着なわたしにしては珍しく気合いの入った格好でお姉ちゃんを待っていた。今日のわたしのコーデは紺のブラウスに白のプリーツスカート。前日にひかりさんと長電話しながら選んだ、無難ながらもお姉ちゃんが好きそうなコーデ。


 20分前に待ち合わせのターミナル駅に着いてそわそわとしながら待っていると。


「ごめんなさい、待たせちゃったかしら」


 そう言いながらお姉ちゃんが登場する。今日のお姉ちゃんは落ち着いたベージュのワンピースで、あまり冒険した格好ではなかった。むしろ懐かしいくらい。


「琴音ちゃん、今日はあんまり派手な格好じゃないんだね」


「ええ。こういったコーデの方が双葉ちゃんは好きかと思って。デートだって、わたしの好きなことを一方的に押し付けるのではダメだものね。ーーあんまり好みじゃなかった?」


 お姉ちゃんの言葉にわたしは首をぶるんぶるんと横に振る。


「うんうん、そんなことない。これまでの琴音ちゃんのデートコーデも可愛かったけれど、今日の琴音ちゃんもかわいいよ。なんだか懐かしくて、安心感がある」


 わたしの言葉にお姉ちゃんはぽっと頬を赤らめた。


「それで、双葉ちゃんは今日はどこに連れて行ってくれるの?」


「恋愛映画でも観に行こうかと思って。琴音ちゃん、お姉ちゃんだった頃には双葉の好みに合わせてばっかりだったけれど、本当はこういうの好きだよね?」


 チラシをひらひらさせながらわたしは言う。


 映画館を選んだ理由は少なくとも2時間は話さずに、でも恋人っぽいことができる定番のデートスポットが映画館だったからだ。仲直りしたばかりで気まずくなって、途中で会話が途切れたら嫌だったから。そしてデートが終わった後はその感想でなんとか話をつなげるだろうから。


 で、観る作品についてだけど、これはひかりさんに相談して決めた。ひかりさんがお姉ちゃんが密かに買い揃えてる少女漫画の存在と、その漫画が今まさに実写映画化されてると言う話を教えてくれた。そんな少女漫画をお姉ちゃんが読んでるなんて、言われるまで一切知らなかったことは軽くショックだけど、まあ仕方ない。わたしの前ではお姉ちゃんは、いつもわたしの好みに合わせてくれたから。


 わたしの返答にお姉ちゃんは口元に手を当てて驚いてみせる。


「その映画って……」


「琴音ちゃん、こういうの好きなんでしょ。ひかりさんが言ってた」


「えっ、でも双葉ちゃん、普段恋愛映画や恋愛ドラマなんて見ないでしょ。今上映されてて双葉ちゃんが好きそうなものって言ったら、例えば……」


 そう言いながらお姉ちゃんは少しスマホを操作したかと思うと、画面をわたしに見せてくる。それは、昨日から公開されている怪獣映画だった。お姉ちゃんが見せてきた画面に、わたしは一瞬言葉に詰まる。


 お姉ちゃんが言う通り、わたしは恋愛モノなんてあんまり見ない。恋心が解らないわたしは、恋愛モノを見てもイマイチピンと来なかったから。それに対してわたしが好き好んで見たのは派手なアクションシーンのある、わかりやすい怪獣映画だった。そして昨日から公開されている新作は、正直めちゃくちゃ興味ある。


 けれど。


「それはダメだよ。今日はこれまでわたしのせいで我慢ばっかりさせちゃった琴音ちゃんに対する謝罪の意味を込めたデートなんだから、双葉が楽しんじゃ」


「わたし、好きなことに一直線で、好きなことに夢中になっている双葉ちゃんを見るのが好きなんだけどなぁ。好きなことに夢中になってる双葉ちゃんは、特に可愛いから」


 不意にずるいことを言ってくるお姉ちゃんに、わたしの頬はかぁっと熱を帯びる。そして。


「もしデートなら、彼女には一番かわいいところを見せてくれた方がわたしは嬉しいな」


 耳元で囁かれて、わたしはくすぐったい気持ちになる。


「……やっぱお姉ちゃんはずるいよ。そうやってすぐ双葉のことを惑わしてくる。悪い女の子だ」


「別に今のわたしは双葉ちゃんのお姉さんじゃなくて彼女なんだから、いい子のお姉ちゃんじゃなくたっていいでしょう?」


 わたしの必死の抗議にお姉ちゃんは開き直る。


 全くこれだからお姉ちゃんは。そう思いながらも、またお姉ちゃんとこんな会話ができるのが、わたしには何よりも嬉しかった。

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