マニピュレーター 7



 安っぽいベルが人見の頭の上でカラカラと鳴ると、無愛想なマスターは即座に直立不動の姿勢をとる。



「うざいことすんな、権田。あいつ来てるか?」



 権田と呼ばれたマスターは、無言でカウンター内奥にあるカーテンを手で指した。



「よし。今日はもう閉店にしちゃいな。なんか食べる物あるかな?」



 人見はその独特な歩き方で、ずんずんとカーテンに向かいながら言う。



「は。しょうが焼き定食では?」


「よし。旨いの作ってね」



 振り向きざまに人見がウインクをすると、権田はまた一瞬体を硬直させた。


 カーテンをくぐり、暗い倉庫を抜けると木製の古いドアがある。それを開くと真新しいコンクリートが四方を囲む階段が現れ、その先に無骨な鉄の扉が嵌め込まれている。重いその扉を人見は敢えて左手一本でぐいと引っ張る。



「お、警部殿! いらっしゃい」



 コンクリート打ちっ放しの三十畳ほどの地下室の真ん中で、金堂はしょうが焼きをつついていた。箸で千切りキャベツをすくったままの姿勢でふざけた敬礼をしてみせる。



「美味しい? 鞍馬さん」


「昔の名前はもう捨てましたよ。権田が作ったにしては、まあまあですかね。キャベツはカット野菜です」



 バックを安っぽいソファーに投げ捨てコートを脱ぎかけた人見を見て、金堂はニヤニヤと笑う。



「なによ? なんかおかしい?」


「いや、人見さん気合はいってるなーと思って」


「どこが?」


「だって、やばいときにはいっつもその『死神』スタイルでしょ?」



 人見も、やっと表情を崩す。



「やめて。でもさー、このヤマなんかおかしいのよ。どいつもこいつも嘘ばっかり言うし、でもまるで本人たちには嘘ついてる意識も必然性も無いの。へんなサスペンスドラマでも見て、それがマジだと思い込んじゃってるみたいに」


「バケモノでも居るんじゃないっすか? オバケとか、宇宙人とか。記憶書き換えちゃう系の黒幕が」


「あー、それかも」


「人見さんが言うと洒落になんないっすよ? ――まあ、それでこっちが楽に動ける訳で。マスコミにネタ流して騒がす手間も省けましたし。春野と源一郎の線もこれなら要らんかったかな」



 どんぶりを高々と持ち上げ金堂は残りの飯をかき込む。人見は机に落ちた飯粒を拾い上げながら微笑んだ。



「男子はこれだからイヤよね。行儀良くしなさいよ」



 壁際のソファーに腰を下ろした人見は、足を組んで左の太ももにホルスターを巻きつけながら溜息をつく。



「でも、このゴタゴタで原田猛の予定変更なんてことになれば、めんどい」


「勘ですがね。奴は動きますよ。超タカ派の面子が潰れます」


「適当なことを言うな」


「すいません。さっき警察無線で移動準備かかってましたんで」


「まったく。まあ、この状況で懇親会なんか始めようっていう度胸は買ってやる。明署の面々には手間だけど」


「春野達はどうなりました?」


「泳がせてるよ。状況によっちゃ釣り針として使えるだろう」


「死んじゃったら可愛そうだな。俺、結構好みだったし」


「国崎?」


「いや春野」


「なーんだ」



 本当に残念そうな顔をする人見を、金堂はまあまあとなだめる。



「そもそも最初から潰す予定だったろ。今作戦においては二人目の尊い犠牲ってやつ――しかし、あんなケバいのがお好み? 趣味悪い」


「ありゃ。人見中尉とは比べ物にならないですが、とか付けたほうが良かったですか?」


「当たり前のことは言わなくてよろしい、金堂少尉」



 ウイッグをかき上げ、カラカラと笑う人見に金堂も乾いた笑い声で応じつつ、部屋の隅に積み上げられたアルミのハードケースを開ける。


 そこには、まるでライフルの銃床から銃口が飛びでたような不恰好なサブマシンガンが整然と詰め込まれていた。



「FNP―90が二十。勿論弾はパウダー増量の貫徹弾です。やわな防弾チョッキなんか役に立ちません。それと今回の主役、対物狙撃銃三丁」


「バレットか、お前と、権田、だな」


「はい。あとはファイブセブンハンドガンも二十丁ありますが」


「FNH社の新品銃ばっかだな。プロモかなんか?」



 金堂は苦笑いしながらさあ、と首を傾げる。



「装備の奴の趣味じゃないですかね? 他、スタングレネードと爆破用のC4。最後の保険にLAMが三本あります」


「ロケットって……ハリウッド映画じゃ無いんだから。趣味じゃないな。手りゅう弾ないの?」


「合流組が何ダースか持ってるはずですけど」



 人見はコートの背中側に造り付けられたホルスターからオートマチックを何度か抜き差しし、それを金堂に投げた。


「人見さんのグロッグはすげえですよね。スライドなんて特注なんでしょ?」


「美しいだろ? 中の部品も殆ど特注だよ。強化フレーム。トリガーのタッチは並のSIGなんかより良い。――あたしが死んだらお前にやるよ」


「冗談は止めましょうよ。中尉が死ぬ状況で俺が生きてられるとは思えないし」



 二人は真顔になって見つめ合う。



「少尉、原田猛殺害及び土居家勢力の壊滅。連続での作戦であり人員も少ない。怪我するなよ」


「は。全力を尽くします」



 そのやり取りを聞いていたかのようなタイミングで、権田が料理の乗ったトレイを持って入ってくる。



「中尉、この店最後の料理です。お召し上がりください」



 人見は料理の前に座ると丸い目を権田に向けて一度頷き、箸を取り上げた。



 ――最後の晩餐。



 不意に湧き上がる不吉な言葉を腹に押し返すと、人見は誰にともなく笑顔をつくる。そして情報を反すうする。



 栃姫伝説は土居家があの一帯に人を近づけないように古くから誇張に誇張を重ねた半創作であることは調べがついている。


 その筋では昔から有名な「クイーンライン」と呼ばれる銃器流通ルートの源流はあの首塚に他ならない。あそこには二つの大戦中から終戦の混乱期にかけて日本に溢れた武器・銃器が集められてる。


 いや、それより以前から、刀狩を逃れるために持ち込まれた刀剣や銃を大量に飲み込んだりしてきたはずだ。


 権力に反抗する勢力の武器庫として歴史に干渉し続けてきたに違いない首塚。


 その野望や怨念にまみれた魔窟、それに過去を捨てて接触しようとしている原田、双方に我々内務課は銃弾で対抗する。これ以上正しい選択、真っ当な歴史への関与があるか、と人見は肉を箸で摘まみながら再認識する。



「金堂、お前ちょっとびびってんじゃ?」



 銃をばらしてチェックをしていた金堂は、眉を寄せて人見を見た。



「何でです? もうちょっとで大尉達も来ます。全然大丈夫ですよ?」



 そう言いながら筋肉ではち切れそうな白Tシャツの文字を指差して笑う。



「『無敵』……やはりバカだな、金堂君」



 わざと大きな肉を口に押し込み、頬を膨らませて人見は呆れた顔をする。

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