第四話 「第11秘書の殉教」
ルーカスは礼儀正しくナイフとフォークを優雅に使いながら、慎重にステーキを切り分けている。キャサリンは、控えめにサラダを口に運んでおり、そしてカールは真っ先に肉料理に手を出し、大きな一切れを一気にフォークに刺して口に運んで、時折
「これは美味しいな!」
と一人で感想を漏らしていた。
「そもそも、第1〜11秘書までの役割や仕事内容を話さないといけないわね」
エリナベルがそう言いながら目の前のテーブルに目を向け、話す内容を考えながら、彼女はワインを手に取り、いつの間にかなくなっていたエリナベルのグラスに注ぐ。そして一口だけ飲んでから話し始めた。
「ルクシエル教において秘書は重要な意味を持つじゃない?だから名誉職的な意味合いで第1から3秘書は貴族だったり、他国の王族が兼任しているのよ」
大教主の秘書は単なる秘書的な役割に留まらず、助言や儀式の代行、大教主の名代としての役割もある。しかし、長年にわたるルクシエル教の歴史とその複雑な形成過程が、この独特な役割を「秘書」という形に押し込めていた。秘書という称号は、ルクシエル教のヒエラルキーの中で彼らを特別な存在として際立たせていて、組織の秩序と伝統を守りつつ柔軟に進化してきた役職だったのだ。
「そうなんですか?全然聞いたこともなかったです」
テレジアがそう返したところでエリナベルに変わってキャサリンが会話を続けた。
「そうね、だから実務をするのは第4秘書からなのだけどーー
キャサリンが続けるには第4、5秘書のミレーネとは交代制で身の回りの雑務をして、第6秘書のキャサリンが書類や事務全般をしている。また第7秘書は聖国内での名代として、第8秘書は聖国外での名代として各地を転々としており、第9秘書は今ではテレジアの教育係、第10秘書カールはボディーガードだと説明していく。
「なるほど、第1〜3は貴族で、第4秘書は今大教主のお側にいる、第7、8秘書は外回りをしているから来られないと」
説明を聞いて納得したテレジアはそう返した。
「話が早くて助かるわ」
「あれ?じゃあ第11秘書はどうされたんですか?」
そうテレジアが言うと和んでいたはずの雰囲気が一気に固まり、皆の食事をしていた手が止まる。テレジアが何かいけないことを言ってしまったかと焦っていると、ルーカスが口を開いた。
「私たち秘書は退職しても番号は誰かに引き継がれるのだが……」
「ヴェリティは秘ーー
言葉に詰まったルーカスにカールが変わろうとするがエリナベルに口を塞がれる。
「いえ、私が言うわ。第11秘書はね……殉教したの」
とエリナベルが静かに言い、テレジアはその言葉を聞いて一瞬固まった。
「殉教……」
その言葉がテレジアの心に重く響き、これまでの和やかな食事の雰囲気とは一変し、空気がひんやりと冷たくなった。
「どうして、殉教なんてことに?」
テレジアは躊躇いながらも、静かな声で尋ね、エリナベルは一瞬目を伏せた後言葉を選びながら続けた。
「彼女の名はヴァレンティ・ウォーカー。彼女は大教主様の信頼が厚く、いつも神聖な儀式や儀礼を任されていたの。でも、数年前、異端者たちが、ヴァレンティがしていた儀式の方法に不満を唱え始めてね。ある日、いつも通り儀式を行っていたらその異端者が突如として現れて殺されたのよ」
エリナベルの口調は丁寧で真剣だったが、どこか芝居じみた悲壮さが漂っている。まるで、語り慣れた物語をもう一度繰り返しているような、そんな印象だった。
「その時、ヴァレンティは逃げることもできたのだけれど自分の命を差し出せば事が収まると考えてね。彼女は自らの信仰と忠誠のために命を捧げたのよ」
テレジアは内心で何かが引っかかるのを感じたが、敢えて口には出さなかった。
「だから、第11秘書の座は空席にはせず、今でもセリーナがその役職に就いていることになっているの」
とエリナベルは続け、テレジアはゆっくりと頷いた。結局、エリナベルの話を聞きながら、皆がそれぞれ黙々と食事を進め、時折会話が途切れがちになった。テレジアは何か釈然としない気持ちを抱きながらも、特に深く追求することはせず流れに身を任せることにした。カールは最後に残った肉を平らげ、ルーカスは静かにグラスを傾けていた。
「じゃ、今日はこんな感じで……歓迎会、お疲れさま?」
エリナベルが少し気まずそうに笑いながら言った。
「お疲れさまでした」
とテレジアも控えめに返し、場は静かに流れていった。誰からともなく席を立ち始め、さっきまでの賑やかな空気は、どこか曖昧なまま消えていく。
「また明日からよろしくね」
とエリナベルが軽く手を振りながら、なんとなく締まらない雰囲気の中、歓迎会は静かに終わっていった。
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エリナベル「因みに語源は違うけれど英語で秘書は『secretary(セクレタリー)』で神聖は『sacred(セイクリッド)』と少し似ているわ」
テレジア「わざわざ言うってことは伏線ですか?」
エリナベル「作者いわく回収できるかどうか分からない伏線だから本編には載せないとのことよ」
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