ベース :島田栄治

第2話

坂本先輩に楽譜を渡し一週間が経ったある日。


先輩は俺達のいる防音室にちゃんと来てくれた。



「坂本先輩。本当に良いんですか?」



練習を進める坂本先輩に俺はもう一度確認する。



「俺ら、その……。


ギャラスタとは比較にならない程、下手くそだし……」


「練習すれば上手になるよ」



その無邪気な笑顔に、なぜか胸がキュンとなる。



この先輩はなぜか俺のキュンポイントをかなり押さえてくる。



「それにね、しまちょん」



……ん?なんだ、いまの。



「しまちょん……?」



俺が聞き返すと、え??と逆に不思議そうにする。



「しまちょん、やだ?」


いやいやいや。そうじゃなくって。


「あの……。それ、何ですか?あだ名ですか?」


俺の質問に先輩はまた、笑顔で頷く。


「だって一緒に演奏するのに、島田くんじゃ遠すぎだよ」



そして自分を指差して「私は鈴音先輩とかスズ先輩で良いよ!」と、立ち上がる。



「ねっ、しまちょん!」



ヤバい、鈴音先輩、超かわいい……!



「ちなみに皆のも考えました!」



するとタイミング良く他の奴らが入ってきた。



鈴音先輩は皆を見ると「こんにちは!!」と、挨拶する。


そして一人一人、指差す。


貴志はたかくん。


ヒロはヒロくん。


フミはふみくん。


いつきはいっちゃん。



なんかその単純さも、ちょっと可愛く感じる。


俺、バカだー……。



「じゃ、練習しよっか!」



先輩がそう言った時。



防音室の扉がバタン、と開いた。



「すず!何やってんだ!」



そこにいたのは紛れも無くギャラスタのボーカルの流星先輩。


ちなみに鈴音先輩の彼氏で去年の卒業生。



「あ、先輩。どーしたんですか?」


流星先輩鈴音先輩に近付き椅子から下ろした。


「どーしたもこーしたもねぇよ!

お前、何やってんだよ!」


その質問に鈴音先輩は平然とした様子で「シーフと演奏します」と、答えた。



「フクちゃんには許可もらいましたよ」



福本先輩は軽音の部長。


ギャラスタのギター。



「ギャラスタのリーダーは俺だぞ?!」


「そんなの決めたことないじゃないですか」



そして俺達を手で示す。



「この子達、キーボードがいないとやりたい曲ができないんです」



すると流星先輩は俺達のことをザーッと見渡す。



そして俺を見た瞬間、数秒間視線を止めた。


「お前、会ったことあるよな?」


「え、あ、はい。あのこの間……」



俺が話す前に鈴音先輩が「とにかく!!先輩は出てってください!!」と、背中を押した。



「ライブまであと一ヶ月切っちゃってるんです。


しかもそのライブはライブハウスのオープンライブだから、できるだけちゃんとやらないとシーフの今後に関わります」



……オープンライブって今後に関わるのか?



「先輩はハッキリ言って邪魔ですっ!」



目に見えて落ち込む流星先輩。

そして、クッと顔を上げ俺達に言った。



「俺達もそのライブに出るぞ」



ヒロが「えっ??」と、驚いた。



「ギャラスタも、そのライブ出演する」



ギャラスタはレコード会社に所属する超スゴいバンド。


ライブは常に超満員で夏休みは関東各地を回る。



「それなら良いよな、スズ」



鈴音先輩は俺達を見回す。


俺は必死で首を振ったが。



「それは良いですね!」



気持ち、届かず。



流星先輩は満足げに頷き「そうと決まれば明日からお前ら徹底的に指導する」と、力強く言った。



「徹底的指導……?」


「当たり前だろ」



フミの言葉に流星先輩は腕を組んだ。



「俺達と共演するのに半端な演奏させたらメンツ丸つぶれだからな」



その言葉には鈴音先輩も深く頷いていた。



その日から俺達の地獄の一ヶ月が始まる。

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