第12話 エピローグ
「あっぢ〜」
「まだ、そこまでじゃないでしょう? だらしないわよ、茜さん」
そんな風見さんの言葉に、手だけ振って答えた茜ちゃんは、近くの壁へと寄りかかると、そのまま地面へと座り込んでしまう。
「――ギャルモドキ。あんた、選手の自覚というのは、ないの?」
「いやいや。それなら、さっさと入口開ければよくない? あたしら選手でしょう?」
と、茜ちゃんが視線を向ける方向――。
茨城市民体育館の入口は、残念ながらまだ空いていない。
というのも、これにはわけがあり――。
「ほら。始まったわよ」
と、明美さんの言葉通り、駐車場へと引っ張り出されていたテレビに、活発そうなショートカットの女性と、クールそうなロングヘアーの女性が映像に現れる。
『合戦遊戯を愛する皆さん! そうでない皆さん! おはようございます! 合戦遊戯の
『映像をご覧の皆さん、こんにちは。
『はい! ということで――なんと! 昨年プロデビューをされた獅子堂さんが、この茨城県大会の解説役に、まさかの来てくださいました!』
はい、拍手〜!
と、香江アナウンサーが元気に言う中、無言で一礼する獅子堂プロ。
「獅子堂プロを呼ぶだなんて――ずいぶんと、奮発したのね」
「奮発?」
「大人の汚い話よ。萌木さんは、耳に蓋をしていた方がいいわ」
むうっ。
「私、そこまで子どもじゃないよ?」
「違うわよ。純粋のままで居てほしい。ていう意味よ」
?
どういう意味?
『さてさて。今年も、この季節がやってきましたよ〜! 今や、日本でもついに! 国民的スポーツといわれるくらいに広まりを見せている合戦遊戯! そのインターハイ県予選! どうですか? 懐かしいですかね? 獅子堂選手!』
『そうですね。三年間という短い期間――その中でも、青春といっても良いほど。とても良い思い出ばかりです』
『そうですよね〜! 私も、こうして話していますと、当時の獅子堂選手の姿が、
「ははっ。元気だな〜。アナウンサーの人」
「あなたは、もっとシャキッとしなさい」
「はいはい」
茜ちゃん……。
『それにしても、ようやくと言っていいほど、日本でも合戦遊戯が国民の皆さんに広まりましたね。プロ選手として。また。一個人としても、獅子堂選手は、やはり嬉しいですか?』
『もちろんです。私の時代では、全国大会のみが、映像として流されていましたが――まさか、県大会の映像も流れるようになるとわ。これは、やはり彼女の存在が大きいでしょうね』
『彼女――二年前に、世界大会でMVPプレイヤーとなった日本選手ですね? あれは、凄かったですかろね〜』
『えぇ。それまでは、外国としての競技として――』
ふーん。
そんな選手がいたんだ。
「やっぱり、明美さんも知っているの?」
「えぇ、もちろんよ。彼女の名前は――」
「すいませ〜ん! これから、入場の方を始めますので、呼ばれた高校は、此方に来てください!」
あっ!
やっと、始まるんだ。
と、テレビの人なのか――キャップを被った人が、いろいろな高校の名前を呼び始める。
「おっそ! マジ遅すぎっしょ!」
「向こうもいろいろと、必死なのよ。演出とか。ほら、赤字とか出すと――ね?」
「生徒会長が、直々に生々しい会話してんじゃないわよ。ほら、準備しなさい」
「あははっ」
『と! ついつい、話が逸れてしまいました! さて。先ほど獅子堂選手が言いました通り、今年も、県大会から多くの人達に見ていただこうと思っております! なお、首都圏のみ全国放送となっており、その他地方の大会のご様子は、民放の放送となりますこと、ご了承ください。ではでは! 早速選手の入場となります! まずはこの学校!』
「牛久高校の皆さん! お願いしま〜す!」
「牛久高校……明美さん。あの」
「大丈夫よ。ありがとう、萌木さん」
と、宇都宮さん達の事を思い出した私が、明美さんへと声をかけると、腕を組みつつ小さく頷く明美さん。
でも――その手は、強く握られている。
明美さん……。
『さぁ、牛久高校の選手達。今、入場してきました! 合戦遊戯が始まってからというものの、常に県代表の座を死守してきた名門高。今年も、その座へと腰をおろすことになるのか!? そして、次に来るのは、ひたち女子高校! 昨年度、あと一歩いう所まで、常勝牛久高校を追い詰めたダークホース! 今大会では、ついに県代表の座を掴み取ることができるのか!?』
ひたち女子?
牛久高校ばかりに、気を通られていたけれど――そんな強い高校もあるんだ。
「え〜。その他学校の皆さん、それでは、ゆっくりとお入りください」
「……はぁ? いや、ちょっと待てよ。なにそれ?」
「どこにキレているのよ、ギャルモドキ。向こうからしたら、無名高校の扱いなんてそんなもんよ。昨年度なんて、牛久高校だけが取り上げられていたんだもの」
と、眉間にシワを寄せている茜ちゃんへと、呆れた様子で説明する明美さん。
すると、手で招き入れているキャップ帽の人の隣にいたYシャツ姿の男性が、何やら明美さんの顔を見ると、何かに気がついた様子で、おそるおそるといった足取りのまま、此方へと近づいてくる。
「もしかして――明美さんですか? 明美志保さん」
「ちっ。いいえ、人ちが」
「えぇ。その通りよ。彼女は、明美志保さん。あの明美志保さんです」
と、絶対に聞こえていたであろうくらい、大きな舌打ちをした明美さんを押しのけると、何故かニコニコ笑顔で変わりに答え始める風見さん。
いっ、いいのかな? 風見さん、そんなことして。
明美さん。すごい、嫌そうな顔をしていたけど。
「やっぱり! おい! カメラ持ってこい!! 今すぐだ!! えっと〜!」
「崎森女学院です」
「あぁ! ありがとうございます!」
「ちなみに、私は生徒会長もしていまして」
「ちょっと! 何を勝手に話を進めているのよ!!」
「なになに!? ちょっ! カメラ映れる感じ!?
やばくね? 楓! あたしの化粧、とれてない!? ちょっ、早く確認して!!」
「えぇ!? えっと〜」
と、茜ちゃんの化粧を確認していると、慌てた様子でカメラを持ってきた男性が「合図をしたら、カメラを回すので!」と、早口で告げてくる。
えぇ!?
かっ、カメラに映るの!?
「どどどっ、どうしょう!?」
「いやっば!! あとで家に連絡しーとこ!」
「はぁ〜。最悪よ」
「ふふっ。いいじゃない。これで少しは、学校の宣伝にもなるわね」
「……あんた、何考えているのよ?」
『さぁ〜。続々と、各高校の選手達が、入場してきました……えぇ!? あっ、すいません! ここで、まさかの情報です! 皆さん、覚えておいででしょうか? 二年前。インターミドル大会で、二年連続MVP参謀賞という、歴史的快挙を成し遂げた天才少女――明美志保! 彼女が、まさかの一年の沈黙を破り、このインターハイ予選団体戦へと、姿を表しました!!』
「では、お願いします!」
「きたー!! ピースピース!! みてる〜!」
と、茜ちゃんが、思いっきりピースをしながらカメラマンさんへと近づく。
けれど――華麗に、明美さんの近くまで避けて寄ったカメラマンさんに、茜ちゃんが不思議そうに首を傾げる。
「……あん?」
「バカね。メディアが興味あるのは、彼女なのよ? 私達なんて、映すわけないでしょう?」
あっ……そうなんだ。
ちょっと、私も期待していたところがあったから――残念。
『ご覧ください! あの面影は、健在! 今大会では、崎森女学院の代表選手として、エントリーされておりまして――そうですね。今大会初出場の高校です。まさかの無名高校から、あの明美志保選手が現れるというビックニュース! どうですかね? やはり、一年のブランクというのは、相当なハンデになるでしょうか? いかがです? 獅子堂プロ』
『そうですね……彼女が合戦遊戯そのものから離れていた。というのであれば、かなりの痛手でしょう。合戦遊戯は、ゲーム数が優劣を作ることもある競技ですから。ですが、個人戦には、出場していることが確認されていましたので――そこは、問題ないでしょう』
『そこ? というと、何か他の要素があると?』
「では、崎森女学院の皆さん。入場してください」
「行くわよ、二人とも」
「……なんで、特待生だけ先に入ってんだよ」
「あっ、茜ちゃん? とりあえず、進もう?」
その気持ちは、すごくわかるけど――。
私達が入らないと、明美さんがずっと、カメラに映される状態が続くようだし。
それは、それでかわいそうだもん。
『先ほども言ったように、ゲーム数が優劣をつくることもあります。今回、彼女が率いるメンバーは、全員初の公式戦というメンバーらしいので……そこは、大きなハンデとなり得るでしょう』
『なるほど……しかし、個人戦のみの出場も、少しばかりきいてくるのでは?』
『いいえ。むしろ、彼女の場合は、逆です。個人戦は、一騎当千の猛者が有利なゲーム状況が多くありますから。例えば――昨年度インターハイに突如として現れた、
『なんと!? あの越後選手は、プロですら倒せると!?』
『それが、個人戦というものです。ですが……団体戦は、複数のプレイヤーが共に戦う競技。二年前のインターミドルは、当時私も観ていましたが――明美志保選手は、まさしく団体戦で真価を発揮するタイプでしょう』
『なるほど! つまり、今大会でこそ、明美志保選手の力が見れると?』
『えぇ』
『ふむふむ……では。獅子堂プロとしては、今大会の注目高校は、崎森女学院ということですか?』
『……いいえ。やはり、常勝高として名高い牛久高校の強さは、揺るがないでしょう。それに、昨年度の雪辱をハラさんとするひたち女子も、要注目ですね』
『おや? では、明美志保選手が率いる崎森女学院は、それほど驚異ではないと?』
『警戒するべきでは、あると思います。ですが、厳しい言い方をするならば、それも明美志保選手くらいのものでしょう。彼女の作戦には、熟練の合戦遊戯プレイヤーでないと、ついてこれないと思いますから』
『あちゃ〜。それは、初心者さんには、厳しいですね。やはり、今大会では、牛久高校とひたち女子の二強になってしまうのでしょうか?』
『どうでしょうか? 昨年度のひたち女子のように、今大会で番狂わせがあるかもしれません。それに――』
『それに?』
うわ〜。
すごい、人数……。
こんなに参加高校がいたなんて……。
うぅ〜。
緊張してきちゃったよ……。
『もし……明美志保選手と同等の力量――もしくは、彼女の速さについてこられるような指揮官がいるのであるのならば――今大会の台風の目となるのは、崎森女学院かもしれませんね』
『あははっ。それは、なかなかの選手ですね。そんな選手がいるのならば、ぜひこの目で見てみたいと思います。さてさて――選手も入場を終えたようです。それでは』
ゆっくりと、壇上にスーツ姿の人が登る。
その姿を見た瞬間、一気に緊張感が増してしまい、震えてしまった私の手を、そっと後ろから握りしめてくれる明美さん。
「大丈夫。必ず……勝つわ」
「……うん。絶対に、勝とうね?」
『インターハイ茨城県予選! 開始です!!』
と、ついに私達のインターハイを賭けた戦いが、始まりを告げるのだった。
合戦乙女! 高野康木 @kousuke7
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