第11話 温もり


 先ほどまでの熱が、嘘のように引いていく――。

 夕方とはいえ、暑さもそれなりにあるはずなのに。

 どこか、身体が涼しさを感じている気がする。



「ここにいたの」


「……明美さん」



 学校の中心――そこに生えている大きな木へと、寄りかかりつつ茜色の空を見上げていた私は、明美さんの声に反応するように、顔を向ける。

 明美さん。呆れたような顔をしているけれど――もしかして、探し回ってくれたのかな?



「ごめんね。ちょっと、一人になりたくて」

「……そう。ギャルモドキも、そんな事を言って、走り去って行ったわ。まぁ、あの子のことは、生徒会長に任せればいいでしょうけれど」



 茜ちゃんが――。

 て、そう言えば。



「ゲーム中は、宮崎さん。て、呼んでいたよね? どうせなら、そのまま呼んであげたらいいのに」

「言ったでしょう? 合戦遊戯は、チーム競技だって。私だって、時と場合くらい考えるわよ」



 あっ、そういう理由だったんだ。

 明美さんらしいと言えば、らしい――かな?


 と、私の隣に来ると、同じように背を預けた明美さんへ、一度苦笑いした私は、また、空を見上げる。


 …………。


「……残念だったわね」

「……うん」



 そう。

 結局あの後、私達は、負けてしまった。

 本当にあと少しという所で、イチゴさんの武器の方が、タッチの差で私に触れてしまったのだ。


 ――久しぶりに見た、敗北の二文字。

 しかも、総兵数も四千四百対百二十。

 圧倒的な……敗北だった。



「風見さん曰く、向こうの部長が褒めていたみたいよ。なんでも『久しぶりに、手に汗を握る戦いだった。明美志保以外にも、要注意人物がいたのね』だって」


「そう……ははっ。そんなことないのに……」



 と、いつもなら、もっとマシな言葉を返せているはずなのに……。

 どうしてだろう――なんか、全然頭に言葉が浮かんでこない。

 どうしちゃったんだろう……私。



「……悔しかったわね」

「そんなこと……」



 ない。

 そう言いたかったのに、言葉が喉に詰まってしまった。



「わっ、私……」




 ポロりと、雫が頬を流れる感触がする。

 耐えていたのに……。

 みんなに、こんな姿を見せたら、きっと気を使わせてしまう。

 だから、一人になって、誰にもバレないように泣こう――。

 そう、決めていたのに。



「私が。もっと……もっと、うまくできていたら」



 茜ちゃんが、傷つく必要なかった。

 風見さんが、気を使う必要なかった。

 明美さんが――。



「……十分よ。萌木さん。あなたは、本当によくやったわ。足りなかったのは――私の力よ」



 明美さんが、悔しそうな顔をする必要なかった!



 きっと、心の何処かで油断していたんだ。

 明美さんと協力してやった合戦遊戯――あの楽しさだけを考えて、勝敗がどういう結果に繋がるのか、まるで気にしていなかった。



 明美さんは、私が大将に向いているって言ったけれど――。



「ごめんなさい。ごめんね、明美さん……私――全然大将としての役割ができてなかった!」



 茜ちゃんが突撃しようとした時。

 風見さんが、援護に行こうとした時。

 止められる瞬間なんて、何度もあったし、明美さんからも、何度も注意をされていた。


 あんなの――。



「あんなの――最低だよ」



 まるで、地面に吸い取られるかのように、一気に脚から力が抜けた私は、その場にしゃがみ込み、顔を両手で覆う。



 自分の力不足のせいなのに、なんで悔し泣きなんてしているの! 私!

 こんな恥ずかしい姿――明美さんや茜ちゃん達になんて、見て欲しくない。



 声を抑えようとするけれど――そうすればするほど、喉の奥がひくついてしまう。


 もう……いや!!




「……萌木さん」

「ひっぐ……うぐっ………」

「……萌木さん」 


「……ひっぐ」

「萌木さん!!」



 そんな金切り声と共に、私の身体を温かい何かが包みこんでくる。

 何が起きたのか――。

 理解するのに、数秒かかった私が、伏せていた顔をあげてみると、そこには、瞳を潤ませつつ、頬を紅葉させていた明美さんがいた。




「あなただけのせいじゃないわ! 私だって、もっとしっかり指示をすればよかった。もっと、あなた達に教えればよかった!」


「そぐっ! そんなごと」


「あるわ! だから――約束する。もう二度と、どんな強敵にだって、負けてやらない! 私が、絶対に戦場を支配してみせる!! だから――」



 と、矢継ぎ早にそう言った明美さんは、私の身体を強く抱きしめてくると――。



「――だから。そんな顔をしないで」




 と、消え入りそうな声が、耳元へと届く。

 あぁ……。

 私、本当に何をしているんだろう。


 私がするのは、泣いて後悔することじゃない。

 明美さんが、試合中に教えてくれていたのに。



「――私も」

「えっ?」



 そっと、私の両肩を持ちつつ顔を離した明美さんへと、私も誓う。


 今まで――こんな、思い切った事なんて、言ったことないけれど。

 それでも、私も明美さんの気持ちにこたえたい。




「私も――もう負けない。全国大会で、絶対に優勝してみせる! それで――壇上の舞台から、明美さんに最高の景色を観させてみせるから!」


「っ〜! 本当に、あなたって人は」



 と、私の言葉に、何故か唇を噛み締めた明美さんは、その小さな小指を私へと突き出してくる。



「約束よ? 私は、あなたを必ず勝たせ続けてみせる。だから、萌木さんは――私に、忘れられない程の景色を観させてちょうだい」


「――うん!」



 と、そう答えた私は、明美さんの小指へと、自身の小指を巻きつける。

 そんな私達の繋がった影が、どこまでも遠く伸びていきそうな春の夕暮れ時――。


 この誓いを叶える日は、静かに――刻一刻と近づいてくるのだった。

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