第10話 楽しさの代償



「さて。向こう側は、どうやってくるかしら?」



 と、蝶マスクをした姿の風見さんが、木の椅子へと頬杖をつきつつ、口にする。


 あれから、約束の今月末――。

 猛練習を続けた私達は、ついにこの日を迎えることになった。


 けれど……。

 まさか、あの蝶マスクさんの正体が、風見さんだったなんて。

 てことは、私のことを知ってて、あんなやり取りしていたってことだよね?


 あははっ……。



「どうかしたの? 乾いた笑い声なんてだして」

「ううん。なんでもないよ」



 と、隣にいた明美さんへと、私が答えた時だった。

 私達の近くへと、光の柱が降りてくると、そこから一人の人物が歩み出てくる。


 スラリとした脚に、クルクルと回っているステッキ。

 そして、シルクハットの側面からとび出ている馬の耳――。



「あら? これはこれは――もしかして、部員全員で待っていてくださったのですか?」



 と、まるで紳士のような出で立ちをした人物は、私達に気がつくと、驚いたように口元を手で抑える。



「いいえ。約一名は、礼儀がなっていないから、外で待機をしてもらっているわ」

「まぁ、礼儀だなんて。わたくしも貴方も、まだ高校生でしてよ? 塔子」


「それでも、ちょっと高圧的な人物なのよ。それよりも――急な練習試合を受けてくれて、ありがとう。えっと」



 と、風見さんが何やら迷うように言葉に詰まると、シルクハットを外した彼女は、それを胸へと軽く押しあてると、ペコリと一礼してくる。



「イチゴ。と、そう呼んでいただけるかしら?」

「イチゴ……そう。本名は、他校のサーバーでは、名乗らない方がいいって、解釈で良いかしら?」


「えぇ。一応、個人情報ですので」



 クスリ。

 と、柔らかくそう微笑んだイチゴさんは、私達へと一度ずつ律儀に一礼すると、案の定というか――明美さんの前で、そのなめらかな動きが止まる。



「貴方――もしかして、明美さんではなくて? 明美志保さん」

「……ノーコメントよ」


「まぁ……ふふっ。その言葉だけで、貴方が明美志保であると言っているようなものだけれど――そう。ここ最近、すっかり表舞台から姿を消してしまっていたから、心配していましたわ。お元気そうで、なによりです」

「何を言っているのよ。個人戦には出ていたわ」


「個人戦……ね」



 と、明美さんの言葉に、一瞬目を細めたイチゴさんは、そこで私へと視線を向け、最後に風見さんの前へと歩み出る。



「見たところ、明美志保以外に経験者がいるようには、見えないけれど――本当にやる気なのね? 塔子」

「えぇ、もちろん」


「合戦遊戯は、お遊び感覚で勝てるほど甘くはなくてよ? それでもする。と、いうのかしら?」



 キリッ。

 そんな効果音がつくほど、先程までのゆったりした雰囲気を消したイチゴさんは、風見さんへとそう尋ねる。


 やっぱり……覚悟が違うんだ。

 本気で合戦遊戯をしている人は、こんなにも迫力が違う。


 っ!

 ダメだ。こんな所で、緊張していたら――。

 それこそ、公式戦なんて夢のまた夢になっちゃうよ!



「知っているでしょう? 私は、勝率の低い賭け事は、しない人間なの」

「……いいでしょう。インターミドルで、二年連続MVP参謀賞を受賞した天才、明美志保。彼女と一戦交えることができるのであるならば、こちらとしても、メリットがないわけでもないわ。それに、合戦遊戯を多くの人に広めるのもまた、強豪校の責務ですもの」



 と、そう言ったイチゴさんは、恭しく一礼をすると、その場から姿が消える。

 ログアウト――。

 てことは、合戦遊戯の方に向かったってことだよね?



「それじゃ、私達も行きましょうか」

「あっ、はい」










 「ふうぅ〜」



 現実に一度帰還した私は、そうして軽く息をつくと、隣で黙々と準備をしている明美さんへと、視線を向ける。


 二年連続MVP――て、言っていたよね?

 それって、やっぱりスゴイことなのかな?



「何か用?」

「へっ?」


「用がないのなら、支度を進めたほうがいいわよ?浪漫大付属高といえば、一糸乱れぬ行軍で有名な学校。しかも、その正確さと威圧感は、全国でもトップレベルだわ。心構えもなしで挑めば、確実に潰される」


「そっ、そうなんだ」

「風見さんは、どうやら向こうの部長と顔見知りだったようだから――それとなく会話前に伝えてみたら、知っていたみたい。ギャルもどきの場合は、言わない方が燃える性格タチな気がするから、あえて伝えなかったけど」



 えっ?

 なら、なんで私には、今?



「私には、どうして今教えてくれたの?」



 と、疑問に思った事をゴーグルなどの準備をしつつ、聞いてみると、明美さんがイヤホンをつけつつ――。



「変に緊張をさせないためよ。先に知らされていたら、萌木さんの場合、あの場でガチガチに緊張していたでしょう?」



 と、笑いつつ言ってくる。

 ムッ。

 そんなこと――ないと思うけどな。


 とは思いつつも、これも明美さんの気遣いなのかと考えた私は、明美さんに続いてフルダイブを行う。



 そうして、光がはれた先にあった景色は――河川・森林ステージ。

 明美さんと、初めて戦ったステージに似た場所だ。



「くじ運としては、まあまあね」

「あん? そうなの?」


「森林があるということは、姿を隠しながらのゲリラ戦がおこなえるということだものね。データ上では、運が良ければ初心者でもプロに競り勝つ事ができるとか?」




 と、私がステージの状況を理解している間に、三人とも、各々言葉を交わし始める。


 そう……森林ステージは、姿を隠すことができる場所だ。

 でも、それは相手も同じこと。



「それは、がやったらでしょう? 今回の浪漫大付属の戦法は、主に密集陣形での行軍よ。つまり、ゲリラ戦を仕掛けたとしても、崩すのに時間がかかる」



 密集陣形?

 えっと……たしか、兵士同士がくっつきながら戦う陣形のことだったけ?



「よくわかんね。つまり、どうすれば勝てるわけ?」

「手っ取り早く陣形を崩す。もしくは、大将を先に倒せばいいわ」


「河川……てことは、きっと側面を川で守ってくるわよね?」

「当然そうするでしょうね。だから、まずは、。私に策があるわ。それの通りに動いてちょうだい」



 と、風見さんと明美さんが、相手の動きについて考えられる予想を話している中、口を挟めない私と、いまだに首を傾げている茜ちゃんは、蚊帳の外になってしまう。



 二人ともスゴイな〜。


 相手チームがどんな事を得意としていて、そこからどんな動きをしてくるとか――。

 そんなこと、考えられるなんて。



「あのさ。たしか、コンタクト通信ができるのって、大将だけじゃね? どうやって、策通りに動けばいいの?」


「軍師の私は、唯一大将との相互通信ができるわ。だから、萌木さん経由で伝えるって! あんたね……そんな初歩的な事、今更聞くんじゃないわよ」



 さては、きちんと勉強していなかったわね!?

 と、早速言い合いを初めてしまう二人に、呆れたようなため息をついた風見さんが、仲裁に入る。


 そして、そのタイミングで、私達の視界に現れる軍略タイムの文字――。



「あっ! 明美さん」

「たく。貴重な時間を無駄にしたわ。いい? これから私が罠を仕掛けるから、まずは、そこに敵を誘導するわよ」


「罠? どこだよ」

「……」



 あっ、茜ちゃ〜ん!

 と、誰が見ても、苛ついているだろう明美さんの背中を見つつ私は、茜ちゃんへと近づき「軍略タイムが終わったら、黄色い点滅したやつがマップに出てくるから」と、小声で教えてあげる。


 だっ、大丈夫かな〜。

 こんな調子じゃ、協力なんて――。


 と、私が不安に思っていても、時間は待ってはくれず――。

 ついに、開戦を告げるホラ貝が鳴り響く。



「それじゃ、指示を貰おうかしら?」

「二人とも、敵に向かって進軍してちょうだい。ただし、風見さんは、宮崎さんの後方からよ。間違っても、前に出たり近すぎたりしないでちょうだい」


「あん? なんであたしが前?」

「……騎馬兵は、機動力に優れているわ。もし、敵に思わぬ攻撃をされたとしても、被害を最小限にできるはずよ」



 と、ミニマップから、一切視線を外さずに指示をした明美さんは、手で二人を急かすように、行け行け。と、ジェスチャーする。


 その様子に、クスリと笑いつつ動いた風見さんと、私へと「なんか、突然あたしのこと宮崎さん呼びになったな?」と、不思議そうに首を傾げつつ動き出す茜ちゃん。


 ――たしかに。



「萌木さん。わかっていると思うけれど、ミニマップ。見ているわよね?」


「ふぇい!? あっ、うん! ももっ、もちろん!」



 ひぇ~。

 見忘れてた!


 あれほど、明美さんから、試合中は、絶対にミニマップから視線を逸らすなって、言われていたのに!


 と、慌てて私がミニマップへと視線を向けると、明美さんの言う通り――イチゴさんの部隊は、横一列にキレイに並びつつ、此方へと向かってきていた。



「すごいね……本当に、行軍が乱れていないよ。全員歩兵とかじゃないよね?」

「えぇ。そんなバカな戦略をするものですか。騎馬兵でも弓兵でも、歩兵と同じ速度で動く――これが、浪漫大付属の実力よ」



 同じ速度――。

 騎馬兵と歩兵には、速度に違いがある。

 それを、少し乱れがあるとは言え、ほとんど揃って動くなんて、言葉ほど簡単にできることじゃない。


 それ即ち。

 向こうは、完全にゲーム上の各兵種の速度を理解しているってことだもんね。



「どっ、どうしようか?」

「落ち着いて。まず、敵の動きをよく見てみなさい」


「よく?」


「浪漫大付属の特徴と言ってもいいわ……



 えっ?

 と、ミニマップを見つつ驚いていると――本当だ。


 千人程度の兵士を護衛につけて、大将が初期位置から動いていない!?



「イチゴ。彼女は、って言われているくらい、有名な高校生よ。自分は必要最低限の動きしかせず、後方から味方に指示を送り、敵を殲滅するだけ――こっちからしたら、あの分厚い軍隊をくぐり抜けて攻撃しなければならないから、厄介よね」

「そっ、そんな……」



 こんなに、キレイな横一列で近づいてくる部隊を突破しないと、近づけないなんて……。


 と、明美さんの言葉に、私が困惑していると「安心しなさい」と、明美さんが口にする。




「さっきも言ったけれど、誘い出せばいいのよ。動かないなら、動かすまで」

「うっ、うん。でも、どうやって?」


「簡単よ。無視できない攻撃を、続けてやればいい。宮崎さんに指示を出して。敵が見えたら、一気に左側に突撃を仕掛けるようにって」


「左側だね」



 と、明美さんの指示通り、茜ちゃんへと左側に突撃するように言うと、軽い返事が返ってくる。




「風見さんには、攻撃に加わらないように指示をしてちょうだい。そうね……敵との距離は、一キロって所かしら?」


「了解」


「それと、弓兵二千は、風見さんと同じ位置に置いておくように」

「えっ? でっ、でも。それだと、攻撃するのは、茜ちゃんだけになっちゃうけど?」




 私達の兵数は、騎馬兵の茜ちゃんが三千に、足軽兵の風見さんが四千。

 そして、私が操作している二千の弓兵と、今ここにいる千人の足軽兵だけだ。



 だから、二千の弓兵と風見さんの動きを止めてしまうと、茜ちゃん部隊のみで、九千の敵の部隊に突撃することになってしまう。


 と、私がそれでいいのか明美さんへと聞くと、当然とばかりに頷く明美さん。





「岩盤ステージと違って、ここは、平野が多い地形よ。川が多くあると言っても、騎馬兵の機動力が削がれることはないわ」

「でっ、でも。相手も騎馬兵を使ってくるんじゃ」


「仮にそうしてきても、あんなに横一列で並んでいる状態で、退いた騎馬兵に追撃なんてできっこないわ。それをするには、距離がありすぎるもの」




 そっ、そっか。

 たしかに、左端に攻撃をしたとして、相手の右端の部隊が助けに来るには、多少の時間ができちゃうもんね。


 それなら、茜ちゃんでも余裕で逃げることができる。




「風見さん。茜ちゃんから、一キロ後方に離れた場所で待機してくれる?」


『いいわ。でも……彼女一人で向かわさせていいのかしら?』


「うん。そこは、任せていいよ」

『楓〜。敵が見えたぞ〜』




 もう、そこまで近づいたんだ。

 と、風見さんと話していると、茜ちゃんから通信が入った為、明美さんへとその事を伝えると――。




「突撃よ。ただし、深追いをせずに、すぐに後退するように」

「茜ちゃん。突撃していいよ。でも、すぐに後退するようにね」


『了解! くぅ〜。あの圧迫感に突撃するとか、燃えるじゃん!!』




 なっ――なんか、テンションが上がってる?

 と、私が思っていると、ミニマップ上にいた茜ちゃんの部隊が、迷うことなく敵の部隊へと一列で突っ込んでいく。



「敵が、高い確率で行軍を停止するはずよ。そうなれば、右側の部隊が宮崎さんの方へと動き出してくるはず――だから、宮崎さんを左側の川に進軍させて」


「川に?」




 川の地形効果は、移動速度が半減するデメリットがあったはず。

 そんな所に、こっちから逃げ込んでしまったら、敵に攻撃されちゃうんじゃ――。


 と、私が少し迷っていると、ミニマップ上で明美さんが言ったような動きが起き始め、慌てて茜ちゃんへと指示を送る。



『川ぁ? うへ〜。濡れるエフェクトでるし、気分悪くなるんだよな〜。最悪じゃん』

「ごっ、ごめんね? でも、そうしないと」


『でもよ。川って、たしか動きが遅くならなかったか? あたしが今やり合っている奴らは、足軽兵だけど、近くに弓兵もいるんだよ。あたし、的にならね?』



 うっ。

 そっ、そっか。

 だったら、やっぱり後ろに下がった方がいいのかな?



「萌木さん? 何をしているの! 早く川に移動させて!!」


「ふぇ!? でっ、でも、近くに弓兵がいるって、茜ちゃんが」


「そんなのわかっているわよ! 私の狙いは、そこじゃない! 急がないと、右の部隊が来て、挟み撃ちボーナスが入るわ!」



 うっ!

 そうだ! 

 迷っている内に、茜ちゃんが危険な目に遭っちゃう!



「あっ、茜ちゃん急いで!」

『急いでって! あ〜もう! 行けばいいんだろ! 行けば!!』



 と、本当に嫌そうに口にした茜ちゃんだったけれど、動いてくれたのか……ミニマップ上で、茜ちゃんの部隊が、川へと侵入していく。


 でも、やはりというか予想通りで――敵の弓兵からの攻撃を受けてしまい、結局二千人まで減ってしまった。


 しかも、それをチャンスと捉えたのか、敵の部隊から、五千程が茜ちゃんを追いかけるように動きだす。



『まずいわね……助けに行くけれど、問題ないわね?』

「えっと――」



 風見さんの部隊は、四千。

 茜ちゃんへの救援をさせない為か、敵が川の前に残している部隊が三千八百。


 私が弓兵の二千を援護で出せば、十分に勝てる数だ。



「うん。敵の三千八百を倒しちゃおう」

「ダメよ!」


「えっ?」



 と、私が風見さんへと伝えた瞬間、明美さんが慌てて私に待ったをかけてくる。



「今攻撃したら、こっちが劣勢になるわ! 風見さんの部隊は、その場で待機させて!」

「でっ、でも相手よりこっちの方が兵数が多いんだよ? それに、敵の部隊は川に入っているから、すぐに手助けに来れないはず」

「まだ十分に引き返せる距離よ! いいから止めて!」



「っ!? かっ、風見さん止まって!」

『止まる? どうしてよ? このままだと、彼女が潰されるわよ?』



 うぅっ〜。

 そうなんだよ。

 このままだと、茜ちゃんが――。


 と私がミニマップ上を凝視していると、そこである事が起きる。


 茜ちゃんが通っていた道の少し上――そこに表示されていた黄色い点滅マーカーに、敵の右側の部隊が触れたのだ。



 キレイな横一列での行軍……それが、裏目に出た結果だ。

 茜ちゃんは、縦一列で移動していたから、罠に触れることがなかったけれど――明美さんの仕掛けた罠により、ジワジワと五千人の数が減り始めてくれる。


 これって――。



「宮崎さんに指示をして。反転して攻撃開始!」

「反転!?」


「敵と衝突したら、そのまま逆時計回りで移動して、そのまま風見さんの所まで後退!」


「あっ、茜ちゃん! 反撃して! それで、ゆっくり攻撃しつつ逆時計回りに動いて、風見さんの元に向かって!」


『ちょっ! 今度は攻撃っ!? あのさ、あたしは、おもちゃじゃねぇっての!!』



 と、文句を言いつつも、きちんと私の言った通りに動いてくれた茜ちゃんが、敵の部隊へとぶつかる。


 こっちからは、少なくともミニマップ上で動きが見えるからいいけれど――。


 戦地にいる二人からしたら、大変だろうな。




「……持ち直したわね」

「えっ?」


「さすがは、全国クラス。この程度じゃ、陣形を崩しきれないわね」



 ……本当だ。

 茜ちゃんの攻撃で、少し相手の列にへっこみができたけれど――すぐに、キレイな横一列に戻っちゃった。



「明美さんの指示がなかったら、茜ちゃん。きっと、やられていたかも。混乱してもおかしくないのに、こんなに動きに乱れがないなんて」


「…………」

「明美さん?」



 どうしたんだろう?

 と、私が不思議に思っていると、一点――たぶん、ミニマップが表示されているであろう場所を見続けていた明美さんが、ボソリ――と。



「……釣られない」



 そう、呟く。

 釣られない?



「やっぱり、簡単にはいかないわね。でも、半数は釣れたから、良しとするしかない。そのまま宮崎さんは、風見さんと合流。弓兵を前面にだして、相手が接近するまで攻撃をしてちょうだい」


「わっ、わかったよ」



 と、風見さんへと合流する茜ちゃんと変わるように、二千の弓兵を前面へと動かした私は、まだ川の中へといる相手へ、攻撃を開始する。



 すると、相手も今の状況で戦うのは、危険と判断したのか――こちらの攻撃が届かない距離まで、後退する。


 そうして、一度戦闘が終わってみれば――向こう六千七百人に対して、こっちは、七千二百。



 私達の方が、勝っている!




「すっ、スゴイよ明美さん! 全国クラスの高校に、私達勝っているよ!」

「えぇ……そうね」



 あっ、あれ?

 明美さん――嬉しそうじゃない?



『おぉい! あたしらやばくね!? 勝っているんだけど!』

『ふふっ。まさか、全国クラスにここまで通用するとはね』


「うん! 二人ともスゴイよ!」



 そうだよ。

 こんなに強いなら――本当に、全国優勝だってできちゃうかも。


 と、そんなウキウキ気分で私がミニマップを見ていると――。

 陸地にいた三千八百の兵が、風見さん達の方へと動き始める。



『おおっ? ちょいちょい。あたしらの方が強いのに、向かってくるぞ』

『弓兵を下がらせた方がいいわよ。楓さん』


「うん。そうだね」

『へへっ。飛んで火になんたらってやつしょ! 行くぜ〜!』


「えっ? あっ、茜ちゃん!?」



 行くって?

 と、私が聴こえてきた声に驚いていると、ミニマップ上の味方軍から、千人規模のマーカーが敵へと向かっていく。



「っ!? 何しているの萌木さん!」

「あっ、茜ちゃん。戻って!」


『平気平気! また攻撃して戻って来るからさ』

「えっ? でも、まだ敵が」

『援護しにいくわ。あの子、なんだか周りが見えていなかった感じがしたもの』



 えぇ!?

 と、私が茜ちゃんを止めている間に、何故か風見さんまでも、動き始めてしまう。


 どっ、どうしょう!?

 茜ちゃんだけでなく、風見さんまで動き始めちゃった!


 でも――兵数では、こっちが勝っているから。

 ここで三千人以上倒すことができれば、私達の方がもっと有利になれるはず。


 そう考えると、悪くもない? 



「萌木さん、二人が動き始めているわ! すぐにさがらせて!」


「でも、明美さん。今の状況なら、私達の方が有利だよ? ほら。茜ちゃんの攻撃で、敵も後ろにさがっているし」



 と、ミニマップを指しつつ、私がそう言うと――。

 明美さんが、まるでズカズカと音を響かせるかのように近づいくると、私の両肩を掴んでくる。



「違うの、萌木さん。合戦遊戯は、最後の最後まで油断したらダメなのよ。どんな状況でも、一手で不利になり得る――それが、戦よ」

「明美……さん」

「合戦遊戯の手練れであるほど、前半戦は、様子見をしてくるわ。だから――」



 と、そう言った明美さんは、言いにくそうに口を開いたり閉じたりする。

 すると、ミニマップ上で不思議な動きがおこる。


 茜ちゃんの攻撃によって、さがっていたはずの敵の部隊が、ゆっくりと三時の方向へとを厚みを作り始めたのだ。


 一体、どういうつもりだろう?

 これじゃ、茜ちゃんが薄い壁を突破して、大将まで行っちゃうけど……。



『まず、さすが。とだけ、言っておくわ』



 この声!?



「オープンボイスっ!」

『明美志保。貴方が、強豪校に進学していたのならば、きっと楽しいゲームができていたでしょうね』



 ……なんだろう。

 今、戦況は、確実に私達の方が有利なのに――。


 どうして、イチゴさんの声は、




『……どういう意味よ』

『あら? おかしなことを聞くのね。とっくにご存知でしょう? このゲーム……


『どっ、どういうことですか!?』



 と、イチゴさんの言葉に、堪らず私がオープンボイスで話しかけると、クスクスと笑い声が響きわたる。



『いいでしょう。お答えしますわ。今の状況から推察するに、このままわたくしの元まで来るつもりでしょう? でも、それは不可能』


『なっ、なんでですか?』


『簡単な事よ。一つ、。二つ、



 うっ。

 指揮力――。



『そして、三つ。




 速さ?

 と、私が首を傾げるとほぼ同時に、ミニマップ上の川にいた敵が、一気に茜ちゃん達の方へと向かう。



「っ!? どうして!」



 川は、移動速度が遅くなるはず!

 なのに、なんでこんな!



「言ったでしょう、萌木さん。浪漫大付属の強みは、移動速度。歩兵と同じ速度で動けるように訓練を重ねている彼女達なら、こともできる」

「まさか……」



 気づかれないように、常に動きながら、陸地に近づいていたってこと?

 ミニマップ上で、茜ちゃんのいる左方面の川を、敵が横一列で埋め尽くす。


 そして、右側の森には、敵が厚みを作って抜かせないようにしている。

 どうしょう。


 これじゃ、茜ちゃんの逃げ道が――ない。



「そっ、そうだ! 風見さん!」

「無駄よ。離れた地点からの援軍なら、有効だけれど……二人の距離が近すぎるわ。逃げようとする宮崎さんと、攻撃しようとする風見さん。私達のように通信コンタクトができれば、可能でしょうけど――戦場だと、お互いの意思疎通は困難」



 それこそ、兵が多いほどね。

 と、私に悔しそうに言った明美さんは、一度私の肩を優しく叩くと、すぐに微笑む。 



「まぁ、でも。素人集団が、一時的にとはいえ、強豪校より兵数が上回ったのよ? これは、とてもスゴイ事よ。だから、次に生かせばいいの」


「でも――」


「今回は、練習試合。敗北することも、立派な経験よ」



 明美さん……。

 違う。

 私が、もっとしっかりしていれば……。

 もしかしたら、勝てたかもしれない。


 徐々に減っていく兵数に、私がそんな事を思っていると――。



『ちょっ! 楓!? これどうしたらいいわけ!?』



 そんな、混乱した茜ちゃんの声が聞こえてくる。

 


『まずいわね。これ、完全に包囲されているわ。彼女だけでなく、私も潰されるかも』

『ヤバいって! ちょっ! マジでどうしたらいいの!?』



 どうしたらいい……。

 このままだと、負ける。

 それは、明美さんとイチゴさんが言ってることから、間違いないのかもしれない。


 それでも――まだ、茜ちゃんと風見さんは、戦っている。



「困っている……」

「うん?」

「二人が、困っている……」



 まだ……。

 まだ、できることがあるかもしれない!

 そう考えた私は、明美さんから一歩距離を取ると、すぐにミニマップを凝視する。


 ここからでも、被害を最小限にする。

 もしくは、逆転の一手があるかもしれない。

 二人がまだ戦っているのなら、私が諦めていいはずがない!



「萌木さん?」

「兵力差を覆すのは、不可能かも。それなら、大将の所まで――」



 そうだ!

 たしか、浪漫大付属の特徴――。



 



 それは、本当にそのままの意味で、イチゴさんと思われる千人のマーカーは、開始場所から一切動いていない。

 てことは、あそこに大将がいる!



「明美さん! なるべく時間を稼ぐ作戦を考えて!!」


「はあっ!? いや、ちょっとどういう意味よ?」



 と、私は、すぐに考えついた作戦をするため、千人の部隊に指示を出すと、走り始める。

 明美さんを、その場に残して――。



『ちょっ! 萌木さん!?』

『明美さん。どうせ負けるなら、最後に一撃を与えてもいいと思うの』

『一撃て――』


『戦場は、中心からやや上の方――つまり、相手の大将に近い所だよね』

『そうだけど……そこから、どうやって一撃を? ハッキリ言って、突破力が足らないわよ?』


『突破するんじゃないよ。三時の方向にある森――そこから戦場を迂回して、イチゴさんに私がぶつかる!』



 私の率いている部隊は、千人。

 イチゴさんの部隊も、千人。

 それなら、十分に勝てる確率がある!



『むっ、無茶よ! 迂回するなんて、かなりの距離があるのよ!? たどり着く前に、前線が押し負け』

『だけど!』 


 と、焦った声の明美さんを遮るように、私がそう声をあげると、息の飲む音が耳に届く。




『明美さんなら! 明美さんなら――きっと保たせてくれるよね?』



 明美さんは、スゴイ人だ。

 それは、この数日で嫌と言うほど再確認してきた。

 きっと、明美さんなら――この状況でも、茜ちゃん達を、ギリギリで生かす策を出してくれるはずだ。


 そんな勝手な思いを持ちつつ、森の中を走り始めた私は、ミニマップ上から、全ての位置情報が消えた事に、生唾をのむ。


 これでもう、向こうからも、私からも位置がわからなくなった。

 それでも――。



『……大将同士で、ぶつかり合うなんて。軍師としては、最低の策よ』

『っ! ごっ、ごめんなさ』

『でも――悪くないわね』



 っ!?

 明美さん!



『まったく、萌木さんくらいよ? 私に、こんな無謀な策をさせようとするなんて』

『ごっ、ごめんね?』


『いいわ。任せてちょうだい。ふんぞり返っている強豪校に、教えてあげるわよ。余裕ぶっていると、足元を掬われるってね!』

『うん――うん!』


『いい? まずは、二千人の弓兵を九時の方角に動かして』



 九時の方角。

 私からは、既に戦場が見えていない。

 だから、明美さんの声だけが頼りだ。



『ストップ! 次に、風見さんに指示をだして。二千人を川側に移動』

「風見さん! 二千人を川側に移動させて!」


『二千人を!? 正気なの? そんなことをしたら、私の部隊が三百しか』



 三百!?

 もう、そんなに削られていたの!?


『次、宮崎さんの二百の部隊を、川側に移動。その後、百を率いて風見さんと合流』

「茜ちゃん! 二百を川側に移動させて、すぐに残りの部隊と一緒に、後ろにいる風見さんと合流して!」


『マジ!? それじゃ、あたしら少数の部隊になっちゃうけど!? 見た感じ、人数少ないぞ!?』


『私の指示の後、弓兵を攻撃させて。行くわよ…………今!』



 攻撃!

 と、真っ暗なミニマップを見つつ、二千人の弓兵に攻撃指示をした私は、とりあえず戦場にいる二人へと、急いで声を繋げる。



『お願い! 指示通りに動いて茜ちゃん! 風見さん!!』


『……いいわ。何をするつもりか知らないけれど、やってあげる』

『っ……わかった。元は、あたしのせいでもあるしな』



 よかった。

 二人とも、お願いをきいてくれた!

 ホッと、一息をついた私は、歩きにくいであろう道をひたすら走り続け、北上していく。


 あの位置から動いていないのなら――きっと、もうちょっとだ。



『合流したわ。楓さん』

『二人を5時の方面に移動させて。あと、弓兵は、ゆっくりと七時の方角に移動』


『二人は、そのまま5時の方角に撤退して。敵は、私の弓兵が引きつけるから』

 


 ゆっくりと、七時の方角に移動……。



『わかったわ』

『ごめんな――楓』



 茜ちゃん……。



『気にしないで、茜ちゃん。見ててよ。きっと、勝ってみせるから』

『弓兵二百をその場に残し、残りの部隊を大回りで4時の方角に移動』



 二百を残し、残りを4時へ。



『……かかったわ』

「えっ?」



 その言葉と同時に、変動がなかった相手の兵が、ゆっくりと減りだす。



『弓兵を指示するまで北上させて。来たわね、二人とも。すぐに、10時の方角の敵に攻撃してきて』

『ちょいちょい。やっと、合流したってのに』

『行くわよ、茜さん』



 二人とも――頑張って!

 と、そう心の中で応援した私は、森から抜ける為にと、九時の方角へと進路を変える。



 ミニマップが見えないから、ドンピシャ! って訳には、いかないと思う。

 でも――きっと戦場よりも上に居るはず!



 そうして、開けた視界の先には――。

 私の率いている部隊とは、違う色の服を着た足軽兵達が、ちょうど十一時の方角にいた。




「いた!」

『真横ではなかったわね。でも、その位置なら、確実に行けるわ!』


「突撃ー!!」



 明美さんからの声に背中を押されつつ、私がそう声をあげると、可愛らしく兵士達が槍を突き上げてついてくる。


 これで、敵とぶつかった後は、大将のイチゴさんへと、先にこっちが攻撃を当てる!

 そうすれば……勝てる!


 そんな思いを持ちつつ、相手の兵と大きくぶつかったというのに――。



「……まぁ」

「おっ、お茶飲んでいる場合ですか!!」



 なんで、戦場で優雅にお茶飲んでいるの!? この人!


 甲冑姿の兵士達とは、不釣り合いなヨーロッパ風の椅子の上で、ティーカップを傾けていたイチゴさんは、私の言葉にクスリと一度微笑むと、カップをその場へと無造作に捨てる。




「まさか、森の中を走ってくるだなんてね。てっきり、こちらの部隊の横腹を狙ってくるのかとばかり思っていましたのに――予想外でしたわ」

「それじゃ、状況は変わりませんから。私――勝ちにきたんです!」



 と、その言葉と共に、槍の矛を向けると、腰からフェンシングに使うような剣を引き抜いたイチゴさんは、そのまま垂直に剣を構える。



「よろしい。その心意気に免じて――を受けて差し上げましょう」

「……行きます!」



 合戦遊戯では、混戦状態でプレイヤー同士が向き合った場合、一騎討ちというシステムが働く。


 そのルールは、いたってシンプルで……。

 自身の持つ武器が、先に相手へと当たった方が勝ちとなる。


 周りで、私達の兵士達が争っている中、私とイチゴさんは、お互いに武器を持ったまま、無言で向き合う。

 長さで言えば、私の方が有利だけれど――おそらく、攻撃速度は、きっと向こうの方が上だ。



「どうしましたの? 勝ちに来たのではなくて?」

「――っ! やぁあ!!」



 素人同然の突きだけれど、当たれば、即勝ち。

 そんなこともあり、私が一直線に槍を突き刺すと、その突きをひらりっ。と、躱したイチゴさんが――。



「そこ!」


 と、私と同じように突きを放ってくる。

 っ!!

 頭を狙った攻撃に、私がギリギリで避けると、すぐに次の突きが繰り出される。

 思った通りだ!

 速度が早い!


 今は、何とか避けられているけれど――このままだと、私が負ける。

 そんな予感を勝手にしてしまうと、じんわりとコントローラーを握る手に、汗があふれてくる。


 負けられない!

 茜ちゃんが――風見さんが――。

 何より、明美さんが無茶してでも稼いでくれた時間なんだ!



 考えろ私!

 一騎討ちで勝てないなら、どうするか――。



「よく頑張ったわね。無名高校でここまでできるなんて、想像していなかったわ。だけれど――これで終わりよ!」



 と、そう言いつつ、突きを繰り出そうとしたイチゴさんに向けて、私は――。



「やぁあ!」



 と、その顔へと向けて、至近距離で槍を投げる。



「っ!?」


 

 武器を投げられると思っていなかったのか、ギリギリで避けたイチゴは、一度息をはく。

 その一瞬の隙が、私の最後のチャンスだ!



「ふっ。おしかったですわ」

「いけー!!」



 ただ、イチゴさんの腰へと向けて飛び込む。

 そんな、攻撃にもならない行動に、一瞬身構えたイチゴさんだったけれど、すぐに不思議そうな声をだす。



「何をしていますの? 攻撃判定は、武器に当たった時のみでしてよ?」

「まだ……まだ!」



 まだ!

 あと、少しだ!

 イチゴさんが、――早く押し込まないと!!


 

 と、私の狙いがまだわからないらしいイチゴさんは、呆れたようなため息をつく。

 けれど――私だって、意味がなくこんな行動なんてしない。


 

 狙いは、さっき投げた槍――イチゴさんの後方の地面へと突き刺さっている、あの槍だ。


 イチゴさんの言う通り、一騎討ちは、武器が当たることで勝利判定になる。

 つまり、必ず、をあてなければならないという訳ではない!

 

 いけ!

 あと、少しだ!



「諦めないその心は、認めてあげる。でも、あなたの負けは、既に決まっているわ」

「まだ――負けてない!!」



 と、イチゴさんの言葉に、私がそう返しつつなおも動き続けていると――。

 ついに、イチゴさんが背後の槍の存在に、気がついてしまった。



「なっ!? まさか、あなた!?」



 やっちゃった。

 でも……あと一歩だ!!



「こっの!!」

「いけー!!」



 勝利を望んでいるみんなの為にも!

 イチゴさんの振るってきた武器より先に、当たれ!!



  

 

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