第7話 初めての楽しさ
「明美さん……」
「……」
いまだに俯いた様子のまま、動かない明美さんへと近寄りつつ話しかけると、大きなため息をつく明美さん。
「あの」
「――悪かったわね。たしかに、宇都宮の言う通りだわ。くだらないケンカに巻き込んじゃった」
「あっ、ううん。そんなこと」
「ダメね。わかっていたはずなのに……結局、焦るとこうなるのよ」
と、まるで諦めるかのように、そう口にした明美さんは、空中を指で叩き出す。
あの動きからして、ログアウトするつもりなんだ。
私と一度引き分けただけでも、何度も勝負を挑んできた、あの明美さんが……。
「ちょっ、ちょっと待って! 明美さん!」
「何よ?」
「本当に――これでいいの?」
と、私が慌てて明美さんを止めると、不思議そうに首を傾げる明美さん。
「どういう意味?」
「明美さん。私に指示をくれたよね? それってつまりは、この状況からでも勝てる手がある。て、ことじゃないの?」
そうだよ。
明美さんは、この状況でも諦めていなかった。
私が、きちんと指示をきけていれば、きっと、巻き返せる方法があったはずなんだ。
なのに――。
私のせいで、明美さんは、この勝負を諦めようとしている。
しかも、この声のトーンと感じ。
これは……全てを諦めるときの人と、同じだ。
「明美さん。私に、もう一度チャンスをください!」
「なっ!? ちゃっ、チャンス?」
「うん。今度は、きちんと対応してみせるから!!」
今度は、絶対に聞き逃さない!
と、私の言葉に、狼狽えたような様子だった明美さんは、どうするか迷っているのか――視線を忙しく動かしている。
その為、もう一押しの意味を込めて、一歩前へと進み出る。
絶対に、ここで終わらせない!
「お願いします!!」
「ちょっ! 近いし、声が大きいわよ!」
「あっ! ごっ、ごめんなさい」
「たく。めんどくさい性格をしているわね、あんた。本当に……」
と、ため息をついた明美さんは、何やらオープンボイスを入れると――。
『宇都宮。どうせ、まだログアウトをしていないんでしょう? 最後までやるわよ』
と、私の意思を受け入れてくれたみたいで、向こうへと声をかけてくれた。
「明美さん! ありがとう!!」
『なっ!? かっ、勘違いしないでよね! 別に、あんたの意思を尊重したんじゃなくて、このまま勝敗がつかないで終わるのが、嫌だっただけよ!』
「あっ、そっか……うん。それでもいいよ! でも、ありがとう!!」
よかった!
このまま終わらないでくれて。
と、私があまりの嬉しさに、明美さんの手を取ると、慌てた様子で、振り払ってくる明美さん。
あっ、あれ?
触覚とか、反映されていないのに――嫌だったのかな?
「ごっ、ごめんなさい。嬉しくて、つい」
『えっ? あっ、いっ、いや。違うわよ! ただ、その――初めてだったから、つい』
「初めて?」
『あっ、あれよ! アバター同士で、手を握る行為がってことよ! べべべっ、別に誰とも握手したことがないとか、そんなんじゃないから!!』
『おい、明美。楽しんでいるところ悪いが――本当にするつもりか?』
あっ! 宇都宮さんの声だ!
よかった……まだ、居てくれていたんだ。
『だっ、誰が楽しんでいるのよ! て、オープンボイス入ったままじゃない!?』
「あっ、うん。明美さん、ずっと切っていなかったよ?」
『はあぁあ! あんた! 気づいていたなら、言いなさいよ!!』
「ごっ、ごめんなさい!」
てっきり、気づいているのかと思っていたけど――まさか、気づいていなかったなんて……。
と、明美さんから怒られた私が、何度も謝っていると、目の前にスタートのボタンが現れる。
『この状況から、勝つつもりか? 明美』
『ふん。当然でしょう? ただ――少しだけ時間をちょうだい。この子に、伝えたいことがあるわ』
『はぁ? いやいや。そんなこと言って、作戦時間にあてるつもりっすよね? そんな卑怯なこと』
『いいだろう。こちらは、いつでも構わない。準備ができしだい、スタートボタンを押せ』
『ちょっ、宇都宮先輩!?』
『オープンボイスを切るぞ、益子』
と、それだけ言うと、本当にオープンボイスが切断されてしまう。
というか――私に伝えたいこと?
「これでよし。さて、えーと……萌木さん」
「あっ、うん」
「あんたの言った通り……ここから、勝つ手段が、私にはあるわ」
やっぱり!
「でも。それをするには、圧倒的な操作速度が必要なの」
「うん! まかせ」
「違う!」
えっ?
明美さんの言葉に、私が力強く頷くと、何故か首を振る明美さん。
「あなたに、それをする覚悟をきいているんじゃないわ。この先の結果を伝えているのよ。私と同じ思考速度で、兵を動かすこと――そんなの、誰にもできないわ。つまり、この勝負は敗ける」
「……」
「だから、一応指示は出すけど……好きなように動かして構わない。今さら何を言っているのかと思うかもしれないけれど――せめて楽しんでくれれば」
「……まだだよ」
と、明美さんの言葉を遮るように、私は、口にする。
明美さんは、精一杯私のことを考えて言ってくれている。
それは、十分伝わってきた。
でも……悪いことだとわかっているけれど、ここは、割り込ませてもらう。
「まだ……敗けてないよ」
そうだよ。
勝負の勝敗は、大将が倒れるまで――。
例え、総兵士数が、劣った状況だとしても、それが試合のルールだもん!
「私がやられるまで、敗けじゃない」
「なっ! あっ、あんた……何を言って」
「大丈夫。明美さんの気持ちは、きちんと伝わっているよ? この試合を楽しむ……その上で、勝つよ」
「……ばっ」
ばっ?
「バッッカじゃないの! 勝てるわけないでしょう!? こっちの兵数は、六千三百で、向こうは、七千! 始まれば、三百もとんで、下手したら三千の弓兵だってやられる! それなのに勝つって、何よその自信!」
はぅっ!
でっ、でも。明美さんが勝てる手があるって、言ったのに……。
「でっ、でも、明美さんは勝てるって」
「それは、私ならよ! あんたが勝てるわけないでしょう!」
ううっ……。
そんな、断言しなくてもいいのに……。
と、どうやら怒らせてしまったらしい明美さんが、プンプンしつつ、スタートボタンを押す。
「できるものなら、してみなさい。絶対に無理だけど」
「あっ、明美さんの指示があればできるもん!」
「ふん……とりあえず、正面の騎馬兵は」
「助けられないよね? だから、その他を動かす」
それでも、この犠牲をうまく利用しないと。
三百の兵が減っていく中、宇都宮さんの部隊が、別れた二千と合流する。
これで、右側の戦場は、三千同士の戦いになる。
でも――ここに、中央の二千が合流すれば、五千対三千になってしまう。
「右の兵を、時計回りに左に移動させてもいい?」
「えぇ、いいわよ。でも、左には、益子の二千の兵がいるわ。だから、まずは益子の二千を、こっちの二千の足軽で倒し――ううん。やっぱ、なんでもない」
やっ、やめるんだ。
そこまで口にしておいて……。
でも――うん。
明美さんの言いたいことは、わかる。
団体戦での合戦遊戯では、まず、プレイヤーを減らすのが一番大切なこと。
決められた行動しかできないAIと、意思を持って動くことのできるプレイヤー……。
どちらが厄介かと言えば、確実に後者。
だから――兵数の少ないプレイヤーである、益子さんを先に倒すべき!
でも――それには、厄介な問題がある。
「益子さん。止まらずに左に進んでいるね」
「まぁ、そうするでしょうね。だからこそ、読みやすい動きだけど」
宇都宮さんと、合流しようとしているんだ。
動きからして、宇都宮さんは、私達の三千を潰してから、こっちに攻めてくるつもりのばず。
となると、益子さんが合流する地点は、きっと私達を倒す為の退路塞ぎとしての意味もあるはず。
それなら!
「ごめん、明美さん。右の弓兵を、千だけ残すね」
「いいけど……その意図は?」
「たぶん、宇都宮さんの兵は、騎馬兵が基本だと思う。だから、千人だけ私達との進路上に置いて、少しでも削りつつ、進行阻止の壁にする」
「……なるほどね。で? それをしたら、私達の兵が大きく減って、向こうが微量に減るだけで終わりだけど?」
「うん。だから、私達も移動しよう」
と、私が千人の部隊に指示を出しつつ、走りだすと、明美さんが、嬉しそうに口角をあげる。
「移動するのは、いいとして――これから、どうするわけ? わかっていると思うけど、千人で益子とぶつかれば、倍の二千人ですぐに潰されるわよ?」
「うん。だから、左の足軽二千人を、こうするの」
と、明美さんに答えつつ私は、益子さんと平行移動を続けていた足軽二千を、斜め上への方へと進路を変更させる。
「二千同士でぶつかるつもり? 悪くないと思うけれど――プレイヤーが直接操作しているのと、大将が遠隔で指示を出しているのとでは、大きな差がでるわよ?」
「そうだよね。私も、足軽と騎馬兵は、操作したことあるからわかるよ。だから――この二千人は、圧迫するだけにする」
そう。
私の真の狙いは、二千人同士でぶつかることじゃない!
益子さんの進路先――その少し上にある黄色いマーク。
明美さんが設置してくれた、もう一つのトラップ!
どんな効果のトラップかは、わからないけれど――明美さんのことだ。
きっと、有利に働くトラップのはず!
「ふふっ……右の宇都宮が、こっちの動きに合わせてきたわよ? 追いつかれちゃうかもね」
「ううん。宇都宮さんの騎馬兵は、進行速度が落ちているし、千人の弓兵を相手していたから――確実に間に合わないよ。それに、仮に間に合ったとしても、止まらずに動き続けていた二千人の弓兵の方が、私達の所に早く合流できる!」
そうなれば、私達は、三千の兵数を持つことになる。
例え、宇都宮さんが五千人率いていたとしても、私達も三千人を持ちつつ、なおかつ遠距離攻撃ができる兵士なら――十分戦えるはず!
「なるほどね。たしかに、その通りだわ」
「うん……て。明美さんの方が詳しいから、言わなくてもわかっていたよね?」
「さぁ、どうかしら。サルも木から落ちちゃうことがあるし、盲点だったかも」
と、そんなことを言いつつ、クスクス笑う明美さん。
むぅ~。
絶対、嘘だ。
「あとは、益子さんがトラップに引っ掛かってくれれば、うまく行くと思うんだけど――」
そこは、もう運に任せるしかないかな?
「二千から、千人だけ奴にぶつけなさい。そうすれば、益子は、必ず討ち取れるわ」
えっ?
「どっ、どういうこと?」
「人間の心理よ。同数の部隊がいて、なおかつ、自身の大将から『お前のところに、敵の全軍が向かっているから、気をつけろ』なんて、言われてみなさい。まず、生き残る為に、どうすればいいか考えるでしょう?」
あっ、そうか!
生き残ろうとするからこそ、真横への動きから、安全圏であると思っている、斜め後方への動きになるってことか!
「それなら!」
「ただ、トラップを食らわせても、そこまでダメージがないと思うわ。しかも今回は、移動阻害じゃない」
「えぇ!?」
「……これは、提案よ。あくまで、提案」
うん?
と、まさかの明美さんのネタバラシに、私がどうしようかと考えていると、何やら、言いにくそうに、明美さんの口が動く。
「ここから先――私の指示に従って、動いてみない? あの、でも、その――さっきみたいに、あんたを置いて、勝手に暴走するかもしれないけれど……それでもいいなら」
「わかった。お願い」
なんだ。
すごく、言いにくそうだったから――もしかして、変な動きをしちゃったのかと思っちゃった。
そんな提案なら、むしろありがたい。
私よりも、明美さんの方が絶対に上手だし。
と、私がすぐに答え、早速指示がくるのを待ってみる――と。
あれ 指示がこない?
「明美さん?」
「……なんで」
「うん?」
「なんで、即答なのよ……嫌じゃないの? 私の指示なんて、聞きたくないって思うのが普通でしょう? あんな、自分本意の指示をしていたんだから……」
「自分本意……よくわからないけど。明美さんは、強いから。明美さんの考えなら、勝てるって信じているよ」
これで、答えになったかな?
といっても、明美さんの望んでいる答えが、わからなかったけれど。
と、明美さんへとそう返した私は、再度前を向く。
「……罠にかかったら、すぐにぶつけた千人を、反時計回りに移動させて、二時の方角から攻めて」
二時の方角……。
「そうすると、益子は、その千人を倒して突破すると思うから、今度は、余りの千人を時計回りに移動させて、十時の方角から攻撃」
千人を狙ってくるから、十時の方角から攻撃。
「それで、益子は討ち取れるわ。その後は、余りの部隊と合流して、その場で待機する……できる?」
と、最後に、ちょっと不安そうな声で、そう言ってきた明美さんに対し、私は――。
「もちろん!」
そう、言い切るのだった。
……結果は、私達の勝利に終わった。
結局あの後、明美さんのいう通りの状況になり、益子さんを倒した私達は、三千五百の兵で、追っかけてきた宇都宮さんの五千人を迎え打った。
普通に考えれば、兵力差二千五百という、圧倒的な劣勢状況だった――けれど。
そこは、明美さん。
トラップを進行方向に設置し、弓兵を全面に出しての誘導。
そして、トラップにかかった宇都宮さんに対して、得意の二方向からの挟み撃ちボーナス。
そうして、終わってみれば――劣勢だった私達が、千人も兵数を残しての勝利で終わった。
「ふぅ~」
と、部屋から出た私は、とりあえず、肺に溜まっていたモノを、外へとはきだす。
いつも以上に疲れた……。
でも――とっっても、楽しかった!
こんなに楽しい気持ちになったのなんて――いつぶりだろう?
「はぁ~」
「あっ! 明美さん!!」
と、ちょうど、隣の部屋から出てきた明美さんが、一息ついた様子だった為、駆け寄った私は、今の気持ちを伝えたい一心で、明美さんの両手を握りしめる。
「へっ!?」
「明美さん! すっっごく、楽しかった!!」
「なっ、ななななっ!」
ふふっ。
こんな、逆転劇……今まで、したことがなかった。
まさか、あんな劣勢状態から、こんなすごい逆転ができるだなんて。
「やっぱり、明美さんは強いね!」
「あっ……その。わっ、わかったから。離してちょうだい」
「うん!」
えへへっ。
お昼休みの時は、怖くて、とてもじゃないけど、こんな風に話せるとは、思えなかった。
でも……今は違う。
「まさか、あの状況から逆転されるとはな」
「あっ、宇都宮さん」
「そういえば、まだ名乗っていなかったな。宇都宮サヤだ。で、こっちが後輩の東益子」
と、そう言って、名乗ってくれたサヤさんが、隣で悔しそうに俯いていている益子さんの頭を軽く叩く。
そういえば、私も、名乗っていなかった!
「もっ、萌木楓といいます! すいません、今さら」
「いや。こちらこそ、初めに名乗っておくべきだった。それにしても……萌木さんか。まさか、お前についていける大将がいるとはな――明美」
「ハッ! 言いたいことは、それだけ? それなら、さっさと地元に帰りなさい」
「なっ! なんすか、その言いぐさ!」
「よせ、益子。元は、お前がケンカを売ったのが原因だろ。まぁ――私も、少し冷静差を欠いていたが」
あっ。
そうだ。元々、この試合が始まったのって……。
と、あまりにも、濃い試合だったこともあって、試合をおこなった原因を忘れていた私は、明美さんと益子さんの間へと移動し――。
「あの、二人とも……お互い、謝るとかどうです?」
と、提案してみる。
元々この二人が、お互いを傷つけるようなことを言ったから、こうなった訳だし……。
それなら、お互いに謝れば、仲直りできるんじゃないかな?
そんな考えでの提案だったけれど、私の言葉を聞いた瞬間、二人ともあり得ないといった顔つきになってしまう。
「冗談っすよね? ウチ、悪いことしてないんっすけど?」
「……」
「えっ? でっ、でも」
「だって、事実しか言ってないっすもん。それに、明美先輩だって、謝るわけ」
「……かったわよ」
と、益子さんが言っていると、小さな声で、明美さんが何かを言う。
それは、小さすぎて聞き取れなかったけれど――何かを言ったということは、この場にいる全員がわかる声量だった為、全員の視線が明美さんへと集中する。
「っ! だから、その――言い過ぎたわ。悪かったわね」
「……マジ?」
「……明美。お前」
「っ!? 萌木さん、帰るわよ」
「えっ!? あっ、でもまだ」
明美さんが、せっかく謝ったのに――。
と、私が益子さんの方を見ると、二人して、何故か目を見開きつつ、微動だにしない。
「あの。益子さんも」
「いいっての。ほら、行くわよ」
あわわっ!
「明美さん、引っ張らないでよ~」
「あんたが、ノロノロしているからでしょう? さっさとしなさいよ」
「はっ、はい。でも――本当によかったの?」
あれじゃ、明美さんだけ謝ったことになっちゃう……。
明美さんだって、酷いことを言われていたのに。
と、私が確認すると、少し頬を紅くしていた明美さんは――。
「いいのよ。これで」
と、何故か清々しそうな顔で、言うのだった……。
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