第4話 合戦遊戯
合戦遊戯は、フルダイブのゲームスポーツだけれど、国際試合までつくられている程有名で、プロとかもいるメジャーなゲームスポーツだ。
前の学校でも、もちろん遊んだりしたことは、あるけれど……私にできるかな~。
「よし。頑張れよ、楓」
「茜ちゃん。どうして、私なの?」
普通、茜ちゃんじゃない?
と、先生にバレないように、隣から顔を覗かせながら、小声で応援してきた茜ちゃんへと、私がきくと――。
「それは、あたしが、フルボッコにされたからよ」
と、当たり前だと言うかのように、真顔で言ってくる。
だっ、だからって――何で。
「頼むよ、楓。前の学校で、フルダイブ得意だったんだろ? なら、いけるって」
「得意なんて、一言もいってないよ。多くしていたって、だけで――」
「平気平気。特待生だか、なんだか知らないけどさ。あいつ、口だけだって」
本当かな……。
まるで、緊張感のない茜ちゃんの声に、一度息をついた私は、ログイン場所を、合戦遊戯へと変更する。
「じゃ、観戦しているからさ。ファイト~」
他人事だと思って。
なんて思ったけど、実際は、ここで私が敗けると茜ちゃんは、大変なことになるんだよね……。
「茜ちゃんの土下座……か」
できれば、見たくないな……。
だから、全力を尽くそう。
私にできる、全力を!
学園サーバーの時と同じく、一気に視界が開けると、今度は、見渡す限りの草原だった。
ここは――たしか、草原・森林ステージかな?
一番多いステージだけど、それだけに、頭を使ったような……。
「来たわね」
「あっ、はい」
「合戦遊戯は、やったことある?」
「一応、あります」
「そう。なら、詳しく教えなくていいわね」
と、そう言った明美さんは、私の目の前に、一枚の画像を見せてくる。
「ルールは、大将戦での一発勝負よ。本来は、お互い一万ずつの兵数を所持して、やる方法だけれどーー今回は、ハンデってことで、私は五千でいいわ」
「えっ? 半分ですか?」
大将戦は、一対一でやるルールで、特に重要なのが兵数――戦ってくれるAIの数だと思う。
実際、前の学校で遊んでいた時も、相手より大きく下回ったら、逆転が難しかった記憶がある。
「あの、本当に半分でいいんですか?」
「えぇ。初心者相手に、本気になるのもかわいそうだしね」
「わっ、わかりました」
「なら、早速始めるわよ」
と、明美さんが言うと、私の目の前にスタートボタンが現れる。
なので、それを押すと、すぐに目の前から明美さんが消え、変わりにラッコのような猫のような――そんな小さくて、不思議な可愛い生き物が、甲冑姿でたくさん現れる。
ふふっ。
合戦遊戯の兵隊さんって、可愛いんだよね。
だからかな……意外と、女子人気が高いの。
と、久しぶりに見る兵隊さんに、私が頬を緩めていると、耳にホラ貝の音が聴こえてくる。
とっ、いけないいけない。
合戦遊戯は、右下のミニマップに相手の様子が見えるから、すぐに確認しないと――。
「えっ?」
と、私がいつものように、右下のミニマップを確認すると――。
なんと、明美さんとその兵達を示す赤いマーカーが、森林の方へと迷いなく進んでいた。
森林に向かっている?
たしか、森林内に入っちゃうと、お互いの位置が、ミニマップで把握できなくなるはずだけど……。
「こっちの兵の動きが、見えなくなるのに――それとも、森林内でのゲリラ戦法狙いかな?」
もともと兵数では、こちらの方が上だから、意味がないと思うけど……。
と、私が、だんだん消えるマーカーを見つつ思っていると、突然兵の動きが止まる。
その数は――小さいマーカー一つで、千人だから……二千?
三千人だけ森林内に入って、二千人だけ残した?
「うーん。よくわからないけど、とりあえず動かないとかな?」
今回は、時間制限がないから、棒立ちしてても、勝敗がつかない。
そのため私は、とりあえず一万ある兵数から、三千人を二千人の部隊へと、一気に向かわせる。
兵隊であるAIの力に、優劣はない。
だからこそ、人数が全てを決めるのが、この合戦遊戯というゲームだ。
千人も上回っていれば、簡単に――。
と、私がミニマップを視つつ、考えていた瞬間、それはおきた。
二千人の部隊の左右から、千人ずつ突然マーカーが現れると、私の三千人を挟み撃ちしてきたのだ。
「うそっ!」
どっ、どうしょう!
このゲーム……AIによる力の優劣がないかわりに、挟み撃ちや高低差などの特殊効果は、きちんとあるのに!
しかも、今回の場合は、前方と左右からの三点攻撃だから――3倍のダメージになっちゃう!
急激な速度で減る自軍の兵数に、焦った私は、慌てて二千の兵を援軍に向かわせる。
これで、敗けたりしないはず――。
……えっ?
と、安堵の息をついていると、ミニマップ上でおきた敵の動きに、自然と、指が固まってしまう。
なぜなら――先ほどまで、三方向から攻めていた部隊が、まるで援軍が来ることがわかっていたかのように、急に退き始めたのだ。
しかも、森の中に入ってしまった為、一切場所がわからなくなってしまった。
そうして、援軍がついた頃には、私の兵数が八千を切ってしまい――。
明美さんの軍勢は、まだ四千も切っていないという、恐ろしい状況になってしまった。
そんな……。
たった一度の戦闘で、二千も削られたの?
茜ちゃんは、口だけだって、言っていたけれど……。
「違う……本当に、強いんだ」
特待生枠っていうのは、嘘じゃない。
それだけの実力が、明美さんにはある!
と、私が記されている兵数に震えていると、今度は、ミニマップ上に突然マーカーが五つ現れる。
「あっ!!」
やっちゃった!
送り出した部隊を、戻すのを忘れていた!
このままじゃ、五千人対約二千人の戦いになっちゃう!
と、その状況に、慌てて部隊を私が戻すと、今度は、マーカーが左右に大きく動き出す。
左右に一つずつと、逃がしている部隊の正面に三つ……。
逃げている部隊は、戦いながらだから、速度が落ちてしまっていて、すぐさま左右に別れた部隊が、私の撤退部隊に追いつき――。
「っ! まさか!?」
また、三方向による攻撃をするつもり!?
やっ、ヤバイよ!
本当にヤバイ!
このままじゃ――ハンデ分の兵数が、全部消されちゃう!!
と、明美さんの動きを察した私は、急いで残りの部隊を率いて、向かうけれど――。
交戦しているのが、森林付近だから、距離がありすぎる!
相手の位置が見えないからって、安全圏から部隊を送っていたのが、完全に裏目にでちゃった!
お願い、急いで!
と、心の中で願うけれど、ゲームの中では、進行速度が決められてしまっている。
だから、兵数で大きく劣っている私が、戦場付近についた頃には――。
「そっ……んな……」
私の二千の部隊が……全滅していた。
しかも、明美さんは、既に森林の近くへと後退していて、いつでもミニマップ上から、消えることができる状況だ。
兵数は、約四千対五千……。
一気に、優勢の状況をひっくり返えされてしまった。
どうしよう……。
まだ、千人程こちらが多いけど――。
「明美さんなら、簡単に倒せる差――」
仮に、ここから全軍で攻めたとしても、明美さんが森林内に入ってしまうと、お互いの位置がわからなくなってしまう。
そうなると、兵数が少ない分、向こうはゲリラ戦法ができるから、下手をすれば、すぐに包囲・殲滅されかねない。
グルグルと、まとまらない思考が私の頭の中で回り続けていると、ミニマップ上の明美さんの方に、動きがでる。
四千の部隊が、左右に千人ずつ別れると、まるで翼を広げるように展開したのだ。
あれは――包囲の陣形?
少ない兵数であんな陣形をすれば、正面にいる大将の明美さんを、全軍で攻撃できちゃうけど……。
大将戦は、言葉通り大将――プレイヤーが倒されたら、どんなに兵数差があったとしても、敗けになる。
その為、今の明美さんは、自ら危険なことをしているのだ。
でも……ここまでの戦いからみて、明美さんが、そんなミスをするはずがない。
となると――罠?
ミニマップ上で、ゆっくりとこちらに近づいてくる中――私の頭の中では、なかなか結論がでないまま、混乱し続けていた。
そうこうしていると、ミニマップ上でなくても、明美さんの部隊が、視認できるほどの距離まで、接近を許してしまっていた。
「……ここまできたら、迷っている場合じゃない」
賭けになるけれど――全軍で、明美さんに特効をかける!
と、すぐさま、五千人の兵と共に、明美さんへと攻撃を仕掛ける指示を出した私は、一番最後尾から向かう。
まだ、千人程度は、こちらが上回っている。
それなら、包囲されるより前に倒せるはず!
と、私が思った時だった。
左右に別れていた明美さんの部隊が、突然中央にいた明美さんの元へと、集まりだしたのだ。
このタイミングで、自分の防御を整えた?
ということは、やっぱり、単純なミスだったってこと……かな?
と、そんなことを考えていると、ついに左右に別れていた明美さん部隊と、先頭の私の部隊が、ぶつかり合う。
単純な兵士数なら、私の方が上だ。
つまり――このまま削り切れるはず!
と、そんな確信を持ったのが、いけなかったのか――。
左右の部隊が戻ってきたことにより、縦長の陣形だった部隊の後方から、またも左右へと展開させ初めた明美さんの部隊。
そして、その部隊を、またも私の部隊の左右へと展開させてくる。
また、三点攻撃!?
でっ、でも!
今度の私の部隊は、明美さんを素早く倒す為に、縦長になっているから――先の戦闘のように、簡単にはやられない!
と、コントローラーを強く握りつつ、明美さんの兵数が減っていくのを、凝視していると――。
そっと、私の耳からイヤホンが抜き取られてしまう。
「えっ!?」
「あははっ……突然ごめん、楓。でも――もういいよ。よくやってくれた」
「茜ちゃん?」
どういうこと?
と、私が首を傾げると、ゴーグルを指で差す。
「今の楓の状況ってさ……実は、あたしと同じ展開なんだよね。今は、まだ兵数が勝っているけれど――あと少ししたら、下回る。それでも、あたしより粘った方だよ」
「下回るって……まだ、千人もこっちが上だよ?」
いくらなんでも、そんなことないよ。
と、茜ちゃんに言いつつ、ゴーグルを再びかけると――。
「……えっ?」
兵数が――三千対三千五百!?
そんな!
どっ、どうしてこんなに、差が縮まっているの!?
と、想像していた数字よりも、大きく下回っている結果に、私が慌てて戦況を観察すると……そうか。
明美さんは、左右に展開した部隊を、私の先頭にだけ、ぶつけているんだ!
――えんぴつ削りと、同じ方法だ。
先頭にだけ、三方向攻撃のバフが入っているせいで、私の兵が急激に減らされている。
このままじゃ、いずれ……。
「なっ? だから、もういいよ」
「でも、茜ちゃん。それだと……」
茜ちゃんが、土下座をすることになっちゃう。
と、ゲーム内のボイスで会話をしていると、茜ちゃんが小さく笑い――。
「まぁ、ムカつくけど……いいさ。これだけやって、勝てないってことは、マジモンの特待生だったってことでしょう? それに――楓も頑張ってくれたしさ」
と、落ち込んだような声で、言ってくる茜ちゃん。
茜ちゃん……。
まだ、そこまで親しくはないけれど――風紀委員の人の注意にも、謝っている様子がなかった茜ちゃんが、土下座という行為を、軽く思っているはずがない。
それに……。
初めて見た時は、とても、仲良くなれそうにない雰囲気の人だって、決めつけていたけれど――実際の茜ちゃんは、雰囲気とは、真逆の人だった。
生徒会長さんから頼まれたとしても、私を気にかけてくれて、話しかけてくれて――。
そんな茜ちゃんが、望んでいないことをさせるなんて――。
そんなの、できない!
だから……敗けられない。
この戦いは、何があっても敗けられない!!
「まだだよ、茜ちゃん」
「はぁ? いや、楓。もう、いいって」
「まだ、敗けてない!!」
そうだよ。
一万あった兵が、三千近くまで削られちゃったけれど……。
それでも、まだ!
私の方が数では、有利だ!
と、すぐに、明美さんへの攻撃を中断する指示をした私は、百人だけその場に残し、すぐさま離れにかかる。
でも、明美さんも私が離れることを予想していたのか、すぐに左右の部隊を私の方へと向かわせてくる。
挟み撃ちによる攻撃でも、二倍のダメージ判定が入ってしまう――。
そうなれば、きっと兵数は同じかーーもしくは、最悪の場合、明美さんの方が多くなっちゃう。
それなら――挟み撃ちさえ、させなければいい!
明美さんとの距離を、少しだけ取れた私は、すぐに五百ずつ、明美さんの左右の部隊へと向かわせる。
いつもと、変わらないことだ。
もっと、視野を広げて。
戦場を見渡すくらいまで、広げて――。
危険だと……困っていると思う
明美さんが、残しておいた百人の部隊を倒す。
そのタイミングで、千人の部隊を送りこむ。
左の部隊が、三百人を下回る。
すぐに、追加の三百人を送り込む。
右の部隊が、押されつつある。
すぐに、五百人送る。
正面に百……左に四百……右に百……。
コントローラーを握る指が、つりそうになってくる。
それでも、危険だと――困っていると思う場所へ、すぐに兵を送り続ける。
バフのない戦闘なら、ダメージは同じだし、減る速度も同じ。
加えて、明美さんは、私を包囲するためにと、大きく部隊を展開しているから、私よりも兵への援軍が、どうしても遅れてしまう。
これなら――。
これなら、勝てる!!
キーンコーン、カーンコーン……。
と、私が思った瞬間、授業を終えるチャイムが、耳へと響いてくる。
それと同時に、強制的に終了させられてしまうゲーム。
あっ……。
「はい、お疲れ様。これで、本日の情報化社会の授業は、終わりよ」
と、そんな先生の声と共に、背伸びをしたり、席を立ち始めたりするクラスメイト達。
いつの間に――そんな、時間がたっていたんだ……。
集中していたから、気がつかなかったけれど――よくよく考えてみれば、学園サーバーで迷っていた時間もあるし、当然といえば、当然か。
……あれ?
でも、この場合って……茜ちゃんの土下座は、どうなるんだろう?
「やっっば!! 楓!」
「ふぇっ!?」
「あんた、やるじゃん!!」
と、私の集中が解けたタイミングで、急に茜ちゃんが、両肩を掴みつつ大声で話しかけてくる。
ひうっ!?
あっ、茜ちゃん?
「マジヤバイって! あの状況から、特待生をぶっ飛ばすとかさ!! ちょーカッケェ!!」
「あっ、茜ちゃん! そんなに、揺らさないでぇ~。あっ、あと、勝ったわけじゃないよ~」
「いやいや! タイムアップだったけど、間違いなく、楓の勝ちだよ! あたしは、きちんと、画面が消えるまで兵数を見てたから、間違いない!! 大人しい顔して、やるじゃ~ん!!」
あうぅ~。
くっ、首がとれちゃう~。
何故か、試合をしていた私よりも、興奮した様子の茜ちゃんが、私を前後に揺すりつつ、そう褒めてくれている――と。
扉を開ける音が、突然教室中に、響きわたる。
これには、さすがの茜ちゃんも驚いたのか、ようやく振り続けるのを中断してくれた。
たっ、助かっ――た?
「明美さん。入室は静かに」
「ウサギアバターの人!」
ひっ!?
あっ、明美さんって……あれ?
あの子――職員室から出てきた、三つ編みの子だ。
まさか――彼女が明美志保さんだったの?
と、先生の言葉を遮りつつ、教室内を鋭い目つきで見渡していた明美さんは、茜ちゃんと視線が合うと、一直線に此方へと向かってくる。
その歩き方がまるで――怒っているように見えるのは、私の考えすぎかな?
「よぉ、特待生。隣のクラスから、わざわざご苦労さ」
「あなたには、用はないわよ。それよりも――あなた!」
「えっ!? わっ、私?」
あっ、茜ちゃんじゃないの?
てっきり、土下座の件を言いに来たのかと、思っていたけど……。
「ウサギアバターは、あなたよね? てか、あなた以外あり得ないわ。そっくりだもの」
「えっと……うん。わっ、私ですけ」
「名前は!?」
「ひっ!? なっ、なな、名前、ですか?」
「そうよ!」
「えっ、えっと。もっ、萌木……楓……です」
すっ、すごい怒っているよ~!
へっ、変なことしちゃったのかな?
もしかして、知らない内にやっちゃいけないようなことをしたとか!?
と、怒りでなのか――顔を真っ赤にしつつ、食らいつくかのように、私の名前をきいてきた明美さんへと、私が名乗ると、そのタイミングで、茜ちゃんが間に割って入ってくる。
「どうしたよ、特待生。らしくないじゃん。もしかして、敗けて悔しくなっちゃった感じ? だからって、ウチの転校生に噛みつかないでくれる?」
「はぁ? あなた、どこを見ていたわけ? 敗けてないわよ。あれは、タイムアップ――つまりは、引き分けよ」
「て、思いたいだけだろ? あのままやっていたら、敗けてたもんな~」
「……好きなだけ言えば? それより、邪魔よ。用があるのは、後ろの萌木楓さん――彼女なんだから」
えっ? わっ、私?
なんで?
と、茜ちゃんの後ろに隠れつつ、私が不思議に思っていると、茜ちゃんを強引に押し退けた明美さんは――。
「もう一度、私と勝負しなさい。萌木さん!」
と、力強い目付きで、そう言ってくるのだった……。
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