クマが出るとどうなるのか?
『速報です。本日早朝、心内市にて36歳の男性がツキノワグマによる被害を受けて死亡しました。このクマは心内市付近に位置する鞍葉津山の森林部から現れたと推測されています』
今日の早朝に起きたツキノワグマの襲撃により死亡した男性の加工された画像を背景に、淡々と
「この前に引き続きクマの被害がまた出たのかよ……ヤバすぎるだろ!」
そう。心内アパートのあるここ、心内市では最近熊害が発生している。皆も知っている通り、クマとは日本に生息している中では最恐といっても過言ではない猛獣なのだ。
「レイさん、クマがここで出たんですか?」
「ニュース見ればわかるだろ……ああそうだよ、クマが出たんだ。これまで6人もクマに食い殺されてるんだ……怖いだろ?」
「クマって人間さんを食べるんですか?」
「ああ、食べる」
その事実にメリヤは思わずびっくりしてしまう。メリヤの中でクマのイメージが塗り替えられる。
「人間さんってクマのぬいぐるみとか抱いて寝るのであまり怖くない生き物かと思ってました……」
メリヤはほうれん草のようにしょぼしょぼした顔になる。まさに青菜に塩、といった状態である。
「妖精の世界には獣害とかなかったのか?」
「いえ、獣害がないわけじゃないです。メリヤが学校に通っていた時、野外学習中にドラゴンが出没したので予定が変更になったことがありましたよ」
「クマみたいなノリでドラゴンが出てくる世界とかやばすぎるだろ」
思わず心の奥底で笑いが止まらなくなるが、メリヤは本当に怖かったのだろうから笑ってはいけないと思い必死に堪えた。
「ちなみに、クマは鞍葉津山ってとこから出たらしい。ここの近くにある標高1400メートルくらいの森林地帯になってる山だな」
「その山、ヤマグワは自生してますかね?」
「クマが出てるっていうのにヤマグワ食おうとするな!危機感無さすぎんだろ!いやカイコガだからクワ好きなのはわかるけどさぁ……」
「うぅん、どうすればいいですかねぇ……」
メリヤがしばらく考えているうちに、レイはクマ対策会議を開くという結論を出した。
そうしてもはやいつものようにみんなを集める。
「みんな知っていると思うが……このあたりでクマが出たらしい」
「えぇっ!クマが出たの?まさかそんなことが……」
「いやニュース見ようねユナ?」
「私は知ってましたよ……この前クマが出て怖かったんですから!」
「ちゃんとクマを怖がるのは正常な反応だ、安心しろ」
「そういえば、これでクマ被害が出たのは7人目らしいな?」
シュウヤが急に今回の熊害についての知識を語り始める。
「ああ、そうだが……」
レイが肯定した途端、シュウヤは急に噛んでいた爪を引っ込めて怒り出す。その突拍子のなさから他の人もシュウヤに目を向けた。
「だとしたら対処できてねぇ猟友会とかの方も問題があるだろ!大体クマが出たせいでオレの大学もパニックになって講義がまともに受けれなかったたんだぞ!来賀も知ってるよな?」
補足しておくと、シュウヤとナオカは1歳しか年齢差がなく、同じ大学に通っている。
「知ってるけど……私はクマなんて怖くない。アレくらい私のパンチ一発で倒せると思ってる」
「それはそうかもしれねぇが、全人類がパンチ一発でクマ倒せるくらいだったらここまで問題になってねぇって話してんだよ」
「こら、そこ喧嘩しなーい!」
ケーイチが仲裁しようとするが、2人は口論を続けて全然聞かない。そこで、メリヤはシュウヤに洗脳をかけて沈静化させた。
「そもそもの話、なんでクマって人里に降りてくるの?暇だから人間のところに遊びに来ようとしてるの?」
「冗談だとしたら笑えないぞ、ケーイチ。クマはな、食べ物があるから人里を襲うんだ。より正確にいえば、人間を食べ物だと思ってるから襲ってくる。もっといえば、クマ同士の争いに負けて山を降りざるを得なくなったクマが仕方なく人里に降りてくる。つまり、人里を襲うようなクマはクマのヒエラルキー的には底辺なんだよ。多分」
「なるほど?要するに底辺のクマがお腹を空かせて人を襲うってことでいいかな?人間で例えるなら、ご飯を買うお金がないから窃盗に手を出す人と同じ?」
レイは「ああ、そうだ」と肯定するが、メリヤはまた衝撃を受けていた。メリヤは人間の性善説を信じすぎていたため、人間がものを盗むことがあるという事実に一瞬脳が混乱してしまっていた。
「ご飯を買うお金がないから窃盗……?人間さんってそんなことするんですか……?まぁでも生きるためにやってることだったら百歩譲って何も仕方ないですね!」
「お前はその人間に夢を見すぎる癖をどうにかしてくれ。多分人間社会はお前が思うほど綺麗じゃないと思う。てか、お前この前のエピソードでアサヒと一緒にいた時に泥棒に遭ってるよな」
「エピソードとか言わないでくれ……メタいし僕の記憶が蘇るから……」
しかし、メリヤにこれを問いただしても、メリヤはその出来事をとっくに忘れてしまっていた。それに対してレイは呆れて何もいえなかった。
「えぇっ!?そんなことが起きてたの……。ちなみに、クマ対策には何をすればいいのかしら?やっぱり走って逃げるのが良かったり……」
「いや、走って逃げることはしてはいけない」
それに対しユナが明確な声をあげてビックリしていると、キョウカがそこに割り込んできた。
「あ、それならわかってます!たっ、……たたたたしかクマは確か時速60kmというスピードで走ることができて、動くものに反応して襲ってくるんです。ですからそんなことをしたらクマを刺激してしまうんです!」
「キョウカ、なぜ知っている?オレでも走って逃げてはいけないってことは知っているが……」
「あ、あの……もし万が一クマが出たりとか流砂に沈んだりとか地震が起きたりとか色々起きた時に対策できるようにそういうことを本やネットで調べるのが趣味になってたんです……」
「あはははっ!まるでキョウカちゃんってサバイバルの教科書だね〜!キョウカだけに!」
当然ながらこんなところでダジャレを言っても、誰も笑ってはくれない。いや、そんな中でレイだけはケーイチを冷笑していた。
「こんな切羽詰まった状況でダジャレをいえるお前のメンタル……尊敬できるな」
「えー尊敬できるの?ありがとう!」
(こいつ……皮肉を理解してねぇ)
「ち……ちちなみに死んだふりもダメです。死んだふりしたところでクマは死肉を食べることもあるので何も変わりません」
「キョウカさん、じゃあ何なら有効なんですか?」
「ク……クマに遭遇したら自分を大きく見せてゆっくり後退りして立ち去るのがいいらしいです!クマは自分より大きなものを恐れるらしいです……私も大きいものは怖いですし気持ちはわかりますよ!」
「え?さっき逃げてはいけないって言ってた気がするが……僕の聞き間違いかな?」
アサヒの発言に対し、キョウカは冷や汗をかきながら慌てて訂正する。
「あぁ、それは語弊がありますね……すみませんすみませんすみません!正確にいうと背中を向けて走って逃げてはいけない、ということです!前を向きながらゆっくり後退りするのはいいらしいです」
「なるほどな」
そうして喋っているうちに、アパートにクマが向かってきている。それがキョウカの恐怖センサーに引っかかる。
「まずいです!ク、クマが向かってきてます」
「この私に任せて」
ナオカはそう言って自信満々にアパートを出る。当然ながら周りは驚いていた。
いくらナオカの身体能力を知っている者たちといえど、ナオカが本当にクマより強いとは思っていない。
それに、これまで散々クマと戦ってはいけないことは聞いている。
まぁ、見たところ車並みの速さでアパートを出て走っていったので、メリヤは少なくともスピードはあることを確認した。
しかしそんなみんなの恐ろしい予想を裏切り、数分後、ナオカは戻ってきた。
「もう大丈夫。クマ、倒してきたよ」
「マジかよ。お前の超身体能力舐めてたわ」
「うん。クマは私に殴られると危険だと判断して逃げていった。実際骨が折れるようなやばい音がしてしばらく動かなくなったし」
「クマを殴って追い返したのはお前が人類初だと思う」
レイは流石にクマを追い返すほどの実力がナオカに備わっているとは思っていなかった。そして、これからはナオカを敵に回したくないと思った。
「大丈夫。私はこのアパートを守るつもりでいる」
そう言ってナオカは背伸びしてレイの頭を撫でた。こんな小さな女の子にクマを倒すほどの怪力があるとはと、驚かされた一同だった。
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