第9話

「カーツお疲れ。初めての本番にしては上出来な演技だったわ」


舞台袖に戻るとミーシャさんが着ぐるみ脱がしてくれて、ニコッと笑みを浮かべて、頭を撫でてくれる。


わたしお母さんの顔を知らないから、優しいミーシャさんが褒めてくれると本当に嬉しいの。


わたしの後は猛獣使いのアームさん。デスタイガーのミイタの他にもフォレストレオのサンド達が火の輪くぐりや逆立ちなんかの芸を披露していた。


やっぱり異国の珍しい動物芸は鉄板だね。


こうして今日のミニ公演は大盛況のうちに幕をとじたの。


そしてその晩、あの忌ましい事件が起きたのよ。




「カーツ、カーツってば、起きて」


宿営地で久しぶりのミニ公演が大盛況で気持ちよく寝ていたわたしは「銀の鈴」の治療師ハートさんに起こされた。


「ううーーん、あっ!ハートさん。おはようございます」


「カーツ、ごめんねこんなに遅くに起こしちゃって。何か外で音がするのよ。ちょっと見てくるわ」


わたしのベッドはミイタ達の獣舎の隣にある。


デスタイガーのミイタは、ここからずうっと西にある『永遠の森』ってところに生息する討伐ランクBの魔獣なんだけど、すっごく可愛くて大好きなの。


そのミイタがグゥーーーって、声を押し殺す様に唸っている。


その目は一点を見つめていた。


「そっちに何かあるの?」


唸り声が少し大きくなったような気がして、思わす聞いてしまう。


魔獣が話すわけ無いのに聞かざるを得ないほど、何かを必死に訴えようもしているふうに見えた。


グゥーー!


ひときわ唸り声が大きくなった時、ミイタが睨み付けていた馬車の扉が開かれた。


そしてそこには後ろ手に拘束されたハートさんの姿と、その腕を掴んでニヤニヤとこちらを舐め回すように見ている男がいたの。



「お嬢ちゃん、静かにしなよ。騒ぎ立てたら、このお姉ちゃんの生命はねぇからよ。


黙ってくれてればそれでいいんだ。俺達はそっちの魔獣に用があるだけだからよう」


わたし達の馬車は他の5台と少し離れて、森に近い場所に停めてある。


ミイタ達の匂いが気になるって苦情が来たからなんだけど、もしかしてそれもミイタを誘拐するために仕組まれたものだったのかしら。


「おっと、声を出しちゃ駄目だ。この可愛い娘の顔がどうなるか分かるだろ。


ちょっとその魔獣を渡してくれたら良いんだよ」


さあ、どうしたものかしらね。


このおじさん、結構ヤバそうな顔をしてるし。


もしかしたら、アルファルドで問題になってた麻薬をやってるかも。


もしそうだったら、無茶をするかもしれないわ。


だって理性なんか無いでしょうし。


そんなことを考えながら黙り込んでいると、ハートさんを押し出すように男は近付いて来た。


まずいわ。何か無いかしら。


ベッドに座ったまま後ろ手に辺りを探る。


硬くてひんやりする感触。舞台で使うナイフだ。


アルファルドで雪だるまがうけたから、最近舞台では使って無かったけど、これならいけるかも。


入団してすぐに教えてもらったのがこのナイフ投げ。


今も毎日の練習は欠かさない。


お陰でわたしのナイフ投げは公演の最初の芸として定着していた。


最近は雪だるまだけどね。


後ろ手にナイフを手に取り、精神を集中させる。


決して気付かれるわけにはいかないし、もし外したらハートさんに当ててしまうかもしれないから。


ジリジリ近付いて来るハートさんと男。


わたしが観念したと思っているのか、慎重ではあるものの、落ち着いてきたみたいだ。


早く投げなきゃ!


そう思った時、わたしの目の前に1本の赤い線が現れた。


それは少しぐねぐねしてるけど、ナイフを持つ男の腕の付け根に繋がっているのだ。


そして同時に、何となくだけど、今ナイフを投げたらこの赤い線を辿ってくれるような気がしたの。


「えいっ!」


後ろ手にナイフを持った姿勢から手を振りだしてナイフを投擲する。


とんでもない方向にナイフが飛んだ気がしたんだけど、次の瞬間ナイフは男の右腕付け根を正確に捉えていた。


「ぎゃあ!」


すっかり油断してたのかしら。男はナイフを落とし、ハートさんを拘束していたもう片方の手で右肩を押さえている。


戒めを解かれたハートさんは、左手で右肩を押さえた無防備な男を回し蹴り一発でダウンさせた。


治療師とはいえ、さすがは有名冒険者の一員だよね。


そのままハートさんが男を押さえ付けていると、さすがに騒ぎを聞き付けた団員達が来てくれた。

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