宿営地にて
第8話
アルファルドから南へ続く長い街道。
遠い昔、この世界を平定すべく立ち上がったユーリー王が南からの凱旋のために整備されたと言い伝えられている。
かなりの年月が経っているだろう石畳はただのひとつとして割れること無く、今なおユーリー王の偉業を称えているのだとミーシャさんが言ってたわ。
わたし達フリーダム一座の馬車はその綺麗な街道をゆっくりと南へと進んでいる。
この街道の先には海辺の港街アタミーがあるのよ。
海産物の宝庫であり、王国中の魚市場に卸される魚介類を求める商会の馬車が忙しくひっきりなしに走り去るのを、のんびりと眺めている今日この頃なんだよね。
とはいえ、いつもポケーとしているわけじゃないのよ。
大きな宿営地ではしばらく滞在して芸の練習もするわ。
宿営地とは、街と街の間にある広い空き地のことで、旅人達がテントを張って野営する場所。
定期的に行商人が回って来て食べ物や薬、日用品なんかを販売するため、ここを休憩場所として利用する旅人は多い。
わたし達といえば、ここで練習もするのだけど、人が多い時は小さな公演を披露することもあるんだ。
「カーツ。お前の雪だるまを見たいってお客が多くてな。
ちょっと演ってやってくれ」
わたし達がアルファルドを出てからアルファルドに到着した商人達の中には、わたしの雪だるまに扮した玉乗りの噂を聞いた人も多いみたい。
偶然フリーダム一座の馬車を見て、話しの種にと芸を見たがる人が多いっていうのも、もう慣れちゃった。
「今からフリーダム一座のミニ公演が始まるよ!アルファルドで好評だった雪だるまも演るから観たい人はテントに集まって!」
ミーシャさんが、大声を張り上げるとわらわらと人々が集まって来る。
へイトさんとアームさんが大急ぎでテントを張っている間に、わたしは馬車に乗り込み、雪だるまの着ぐるみと真っ白な大玉をテントへと移動させる。
ピンと張られたテントでわたし達の護衛を担当している冒険者チーム「銀の鈴」のメンバーが椅子を並べてくれているのを手伝って、準備完了。
舞台袖へと引っ込み雪だるまへと変身した。
いつもなら最初はわたしのナイフ芸から始まるんだけど、今日はヘイトさんの奇術からスタート。
巨体に似合わない繊細な手品芸。
手のひらや指を器用に動かすと、小さなボールやカードが出たり消えたりと激しく入れ替わる。
巨体に不相応な指使い、そして奇妙キテレツなボールやカードの動きにお客さん達は大喜び。
「ただでさえ退屈な旅の空、こんな芸を観れたのは僥倖というものだ」なんて声が聞こえてきそう。
「オオッーー!」
ヘイトさんが空中に放り投げた白いボールがそのまま鳩になって飛び去ったところでヘイトさんの出番はおしまい。
次はわたしの番だ。
袖に戻って来たヘイトさんと控えめなタッチをして雪だるまの着ぐるみを被る。
「頑張って」
小さな声だけど、元気が出る。
上半身雪だるまのわたしを抱えたヘイトさんが大玉の上に乗せてくれた。
そろそろと舞台に出ていくと、大きな拍手と雪だるまコールがテント全体を包み込む。
だいぶ慣れたけど、それでも最高潮の興奮状態だわ。
舞台の真ん中まで来てジャンプする。
始めは小さくジャンプすると、大玉が少し浮き上がる。
それが頂点に達した時に一気に下に押し付けると反発して大きく大玉が浮き上がった。
それはちょうど上を飛び上がっているカーツと雪だるまの上半身着ぐるみと上手くタイミングが合い、観客席から見るとまるで雪だるまが全身でジャンプしたように見えた。
「おおーーー!」
「大したもんだ!」
アルファルドの街みたいに子供達がいないから、雪だるまのコールは無いけど、わたしの芸を観て驚いたり、感心したり、笑ったりしてくれているのが分かる。
1度ジャンプした後は自然に跳べるようになるから、どんどん勢いを付けて高く飛び上がるの。
テントの天井に着くんじゃないかって心配になるくらいにね。
これって結構技術が必要なのよね。
真っ直ぐ上がって真っ直ぐ下りる。
言うのは簡単だけど、狭い舞台の上だから難しいわ。
アルファルドを出てから一生懸命に練習したんだ。
バランスの取り方は綱渡りのラーツさんから教えてもらったし、ジャンプはデスタイガーのミイタの練習を見て覚えたの。
舞台の上に下りてから、ジャンプの勢いを変化させて高さを変えると、観客席から拍手が聞こえる。
とっても楽しいのよ。
もっともっと練習して、もっと拍手が欲しいって思っちゃった。
10回ほど跳んでわたしの出番はおしまい。
着ぐるみからぬっと右腕を出して観客席に振ると、割れんばかりの拍手が鳴る。
こんなの初めてよ。
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