12.マナーレッスン

 翌日。

 アルからプレゼントされたオレンジの花のネックレスを身に着けるマリナ。

(アルがくれたネックレス……)

 鏡の前で頬をほんのり赤く染めて、ふふっと微笑むマリナ。

(これを着けていたら、何だか力が湧いてくるわ)

 マリナは深呼吸をし、この日の授業の準備をして学園に向かうのであった。



ʚ♡ɞ ʚ♡ɞ ʚ♡ɞ ʚ♡ɞ



 女神アメジスト像の前にて。

「マリナ様!」

 エヴァンジェリンがワクワクした様子でマリナの元に駆け寄る。

 彼女の真紅の目はウキウキと輝いていた。

 ちなみに今日のエヴァンジェリンは艶やかな銀髪カールヘアを下ろしている。

「エヴァンジェリン様、どうしたのですか?」

 マリナはやや引き気味に後ずさりをする。

わたくし見たのよ! 昨日、アル様とデートをなさっているところを!」

「デートって……! たまたま同じ本屋に用があったから一緒に行っただけですよ」

 デートという言葉にドキリとするマリナ。

「いいえ、それをデートと言うのよ!」

 相変わらずワクワクとテンションが高めのエヴァンジェリンだった。そして彼女はマリナにそっと耳打ちをする。

「ねえ、マリナ様はアル様のことが異性として好きなのかしら?」

 小さいが、ボールが弾むような軽やかな声だ。

 マリナは頬を染めて無言で頷く。

「まあ! 素敵だわ!」

 これでもかというくらい嬉しそうなエヴァンジェリンに、マリナは少し引いてしまう。

「あの、エヴァンジェリン様、このことは内密に」

「ええ、もちろん! わたくしが協力するわ!」

 エヴァンジェリンはガシッとマリナの手を握っていた。

「ねえ、マリナ様。明日からしばらく放課後時間はあるかしら?」

 前のめりになっているエヴァンジェリン。

 そんな彼女に対し、苦笑するマリナ。

「ええ。放課後は基本的に暇ですから」

「分かったわ。では、明日の放課後、マリナ様を迎えに行くわね」

 ルンルンとした様子で校舎に入るエヴァンジェリン。

 マリナはすっかりエヴァンジェリンのペースに飲まれていた。

(エヴァンジェリン様、一体何をするつもりなのかしら?)

 マリナは軽やかな足取りのエヴァンジェリンの後ろ姿に妹を見守るかのような視線を送っていた。



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「おはよう、マリナ。今日は遅めだな」

 教室に入ると、アルがフッと笑っていた。

「おはよう、アル。エヴァンジェリン様と色々話をしていたのよ」

 先程のエヴァンジェリンとの賑やかなやり取りを思い出し、マリナはクスッと笑う。

「そっか。あ、そのネックレス……」

 アルは嬉しそうに眼鏡の奥のオレンジの目を細める。

「ええ。気に入ったから、毎日着けることにしたのよ」

 マリナは少しだけアルから目をそらし、頬をほんのり赤く染める。

「そうか。そんなに気に入ってもらえたら俺も嬉しい」

 アルもほんのり頬を赤く染めていた。



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 翌日の放課後。

「さあ、マリナ様、行きましょう」

 約束通りエヴァンジェリンがマリナのクラスまで迎えに来て、有無を言わさぬ様子でマリナは彼女に連れ去られた。

「あの、エヴァンジェリン様、どちらに行くのですか?」

わたくしの部屋よ」

 困惑するマリナをよそに、エヴァンジェリンはノリノリだ。


 魔法学園の寮はどの部屋も同じ家具が置いてあり、身分による扱いの差はなかった。エヴァンジェリンの寮の部屋の家具の配置はマリナの部屋とは左右が反対である。

 エヴァンジェリンの部屋には見知らぬ女性がいた。

「あの、エヴァンジェリン様、このお方はどなたでしょうか?」

 マリナは不思議そうに首を傾げた。

「こちらは上級貴族の家庭教師をなさっているカリスタ先生よ。わたくしもお世話になったの」

 ふふっと笑うエヴァンジェリン。

「貴女がマリナ様ですね。初めまして。カリスタと申します」

「初めまして。マリナ・ルベライトと申します」

 マリナは落ち着いて自己紹介をした。

「それで、エヴァンジェリン様、一体何をなさるつもりなのですか?」

 マリナは状況が読めず困惑していた。

「もちろん、マリナ様にはカリスタ先生から上級貴族の所作やマナーを学んでもらうのよ。ほら、その方がこの先有利になると思うわ」

 ウキウキとした様子のエヴァンジェリンだった。

(エヴァンジェリン様……私に上級貴族のマナーを学ばせて一体どうするつもりなのかしら?)

 疑問に思ったが、エヴァンジェリンがあまりにも楽しそうなので、何も聞かずに彼女の言う通りにしておこうと思うマリナであった。

 マリナの薄紫色の目は、まるで妹を見守るかのようにエヴァンジェリンを見ていた。


「マリナ様、カーテシーの時の腰の角度はこうした方が優雅に見えます」

「は、はい」


「マリナ様、歩き方はもっと滑らかに」

「えっと……こうでしょうか?」


「マリナ様、ナイフとフォークはもう少し角度はこうした方が上級貴族に引けを取らなくなります」

「これで合っていますか?」


 カリスタによるレッスンは二週間程続いた。

 ルベライト男爵家で習ったものよりは厳しく、マリナは四苦八苦しながら上級貴族レベルの所作を身につけた。

 公爵令嬢であるエヴァンジェリンは軽々とその動作をするので、改めてすごいなとマリナは感じていた。


「マリナ様、よく頑張りましたね」

「マリナ様、これで貴女も上級貴族から侮られてしまう所作ではないわ。胸を張ってちょうだい」

 カリスタとエヴァンジェリンに褒められたマリナ。特にエヴァンジェリンは満足そうな表情をしている。

「ありがとうございます」

 マリナは少し照れながら微笑んだ。

(エヴァンジェリン様の意図は分からないけれど、カリスタ先生から学んだことは確かに為になることばかりだったわ)

 厳しいレッスンではあったが、それなりに充実していたようだ。


「推しが尊い……! それにこのまま行けば……!」

 エヴァンジェリンが興奮気味に呟いたが、マリナはそれに気づかなかった。

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