第9話 陽炎⑤(完)

 えっ?

 もう終わった人・・これから終わるのではなく、既に終わった人・・そういう意味なのか?

 私が彼女に問い質そうとすると、

「誰か来るわ」

 彼女はプールの入り口を見て言った。

 彼女との夢のような会話はその言葉で打ち切られた。同時に彼女の姿は陽炎が立ち上るように消えた。


 向こうから来たのは、私の知人だった。どうやら、清掃を始めるみたいだ。

「小原さん。もういいか、そろそろ清掃の時間だ」

 知人はそう言って、「物思いに耽ることはできたかい?」と訊いた。

 それよりも、

「なあ、さっき、女の子を見なかったか?」

 プールサイドを出て行ったのなら、知人は彼女を見ているはずだ。

 だが、

「誰もいなかったよ」知人はそう言った。

 幽霊でも見たんじゃないのか? 知人の顔はそんな顔だった。

 知人はそう言った後、

「あんたの人生はまだ終わってないんじゃないのか?」と冗談ぽく言って微笑んだ。

 だが、私の人生は終わらなくとも、夏が終わった気がした。


 陽炎・・

それは光の屈折が起こす現象だと言うが、ある人曰く、光の屈折と同時に時間にも歪みが生じ、同時に存在しない世界が交わることがあると言う。


 その言葉を思い出し、私は青空の中の太陽を見上げた。

 ・・そうか、やはりさっきの少女は君だったんだな。

 私は心の中で初恋の彼女に声をかけながら、

 なぜか、彼女は、もうこの世にいないような気がした。



(了)


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飛び込み台の少女 ~ プールサイドの光景(短編) 小原ききょう @oharakikyo

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