第34話 王女サマからの忠告
「王女サマが俺に会いたがってる?」
ある日、町から戻ってきたアイバーンがそんなことを言ってきた。
「なんで?」
「さあ? 俺もさっきここの警備兵から聞かされただけだからな。その警備兵も詳しい話は知らないって言ってた」
「なんだそりゃ」
「で、どうする?」
どうするって言われてもな。
「お断りだ。会う理由が俺にはない」
俺がそう言うと、アイバーンはなぜか納得した顔をしていた。
「まあ、お前ならそう言うよな。分かった、警備兵にはそう言っとくわ」
アイバーンはそう言うと、今帰って来たばかりなのに森の入口へと戻っていき、王女サマとの会談の拒否を伝えに行った。
そして、それからまた数日後。
「なんか、どうしても会って話がしたいって言ってきてるんだけど……」
「……なんでそんな必死なんだ?」
「分からん。緊急で伝えたいことがあるから、どうしても会って話がしたいらしい。どうする?」
「あー……」
一回拒否したのに、それでも会談を望むってことは余程の緊急事態なんだろうか?
ワイマールに関わることには関知しないって、初手で言っているからそれではないと思うけど……。
「……はぁ、しょうがない。一回会ってやるか」
もしかしたら、俺に関するなにかの情報を掴んだのかもしれないしな。
最後に見たあの様子だと、それくらいはしてきそうな気がする。
なので、とりあえず一回会ってみることをアイバーンに伝え、また警備兵に伝えて貰った。
すると、その場で会談の日時を伝えられたらしく、それを持ち帰って来た。
「どんだけ用意周到なんだよ」
「それは俺も思った。余程の緊急事態かもしれんぞ?」
「かもなあ」
ああ、面倒臭い。
なんでこう、次から次へと問題が起こるんだ?
俺は、お前らとの関係を拒絶して生きていきたいのに。
そんな内面が出ていたのだろう、迎えた王女サマとの会談はアイバーンに案内してもらってウチの敷地内で行われたのだが、王女サマとその一行は初めから怯え気味だった。
ちなみに、家には入れていない。
メイリーンの姿を見せるわけにはいかないし、ましてや子供がいるなんて知られるわけにはいかない。
なので、家に防音の結界までかけている。
王女サマたちは、庭先に設置したテーブルに座らせた。
「あ、あの……お忙しいところ、お時間を取ってしまって申し訳御座いません」
「一日中この敷地内に引きこもってる俺にお忙しいって? なんかの嫌味か?」
王女サマの言葉の一つが気に入らない俺は、増々不機嫌になっていく。
どんどん空気が悪くなっていく中、アイバーンが俺の頭をパシンと叩いた。
王女サマや、その連れの人間たちが「ヒエッ」という声をあげて顔を青くしている。
「なんだよ?」
「その喧嘩腰やめろ。殿下はただ話をしにきただけだろ。まだ何にも話してないのに威嚇すんな」
「威嚇なんかしてねえわ」
「お前が不機嫌なだけで威嚇になるんだよ。すみません殿下。どうぞお話しください」
「あ、ありがとうございます。えっと……」
ああ、王女サマはアイバーンの名前を知らないのか。
「あ、私はアイバーンと申します」
「アイバーン……」
王女サマはそう言うと、ジッとアイバーンを見た。
なんだ?
「おい、王女サマ。そいつは平民の既婚者だぞ。変な考え持つなよ?」
俺がそう言うと、王女サマはバッとこっちを見た。
その顔は赤くなっている。
「ちっ、違います! ちょっと見たことがある気がしただけなのです!」
「あっそ。まあ、他人の空似だろ。それで、なんの用だよ?」
いつまで経っても本題に入らないので俺から話を促す。
すると、さっきまで赤くなっていた王女サマは、一つ咳払いをすると真面目な顔になった。
「実は、アドモスに不審な動きがあります」
「アドモスに? ワイマールへの復讐か?」
アドモスは、ワイマールが先日まで戦争していた相手。
ワイマールはその戦争に勝利し、アドモスの領土の一部と多額の賠償金を得たらしい。
絶対恨み買ってるよな。
だが、王女サマの見解は違った。
「いえ、どうやら我が国への報復というわけではなさそうなのです」
「どういうこと?」
じゃあ、アドモスの不振な動きって一体なによ?
「実は……アドモスが最近になってリンドアと連絡を取り合っているようなのです」
「……ふーん」
リンドアねえ、また胸糞悪い名前が出てきたな。
「マヤ殿も御存じの通り、リンドアはその……マヤ殿の件で立て直しを図っている最中の国です。しかも、その所業が各王家には伝わっていますので、周囲の国からの信用も失っております。そんなリンドアとアドモスがなぜ連絡を取り合っているのか……」
王女サマはそう言うと、俺の顔をジッと見た。
その顔は、どうやら答えに行きついているけど話しにくいといった感じ。
「いいよ、言えよ」
なので俺が許可を出すと、王女サマは一度深呼吸をしてから話し出した。
「……アドモスは、リンドアに対して支援をすることを決めたそうです。戦争の賠償も終わっていないのに、です」
「それで?」
「アドモスはリンドアに恩を売ろうとしている。そして、その見返りは……」
王女サマがまた言いにくそうにしたので、俺がその続きを話してやった。
「リンドアに再度召喚の義を行うように依頼するかもしれない……ってことか?」
俺がそう言うと、王女サマは黙って頷いた。
俺を召喚した魔法陣は、リンドアにある遺跡で発見され動かすことができない。
なので、異世界人を召喚したい場合リンドアに頼むしかない。
「そうでなければ、今この時期にリンドアを支援する理由がありません」
「なるほどなあ。それにしても、困ったら召喚って、この世界の人間は本当にクズばっかりだな」
「も、申し開きも御座いません」
王女サマがペコペコしているけど、無視だ無視。
「それにしても、リンドアを支援してまで召喚者を手に入れようとしてるってことは、狙いはなんだ?」
「人族同士の戦争に召喚者を駆り出すとは思えません」
「まあ、反発するわな」
恐らく、俺と同じ世界から召喚されると思う。
そしたら、人族は見た目が同じ。
正直、召喚されてすぐの人間だったら拒否するだろう。
「となると、戦争で失った領土と金を取り戻しに魔族国に攻め入るか、もしくは……」
そこまで言って、王女サマは俺をジッと見た。
「先代召喚者で、世界の敵に回った俺の討伐か」
俺がそう言うと、王女サマは沈痛な表情で俯いた。
「元々、この戦争の発端はアドモスがマヤ殿を非道な手段で確保しようとしたことです。それを発端としているので、マヤ殿に逆恨みをしていても不思議ではありません」
「本当に逆恨みだわ」
俺がなにしたっていうんだ。
世界の敵認定も、俺は自分の命を守っただけだ。
勝手に敵認定しやがったくせに、本当にイライラする。
「で? なんでそれを俺に伝えようと思った? 御機嫌取りか?」
俺がそう言うと、王女サマたちの顔が引き攣った。
「おい。言い過ぎ」
「事実だろ?」
アイバーンが窘めてくるけど、そうとしか思えないんだが。
俺とアイバーンが言い合っていると、王女サマは少し迷ったあと、意を決した顔をした。
「……もし、召喚者の狙いがマヤ殿であった場合、ここが戦場になる可能性があります」
「そうだな」
「えっと、その……ここは、一応ワイマールの国内なので……ここで召喚者同士が戦われると、国が崩壊しそうといいますか……」
……。
あー、そういうことね。
「戦うなら、どっか別のとこ行って戦えってか?」
「で、できれば……」
なるほどね。
それにしても、随分と正直に言うようになったな。
けど。
「お断りだ」
「!?」
俺が王女サマの提案を断ると、王女サマや使者たちがメッチャ驚いた顔になった。
「な、なぜ……」
「なぜ? じゃあ言わせてもらうけど、なんでそれを俺に言う? 俺に戦いを吹っ掛けてくる奴に言えよ」
俺はなにもしていない。
ここから動いてもいない。
それなのに、勝手に戦いを挑んできておいて、なんで俺が気を遣わなくちゃいけないんだ。
っていうか、そもそも戦いに来させんなよ。
俺の答えを聞いた王女サマは、苦笑して頷いた。
「……それもそうですね。分かりました。ですが、一応そういう疑いがあるので、注意はしておいて下さいませ」
「ああ、分かった」
「それでは、失礼いたします」
王女サマはそう言うと立ち上がり、礼をして帰って行った。
結界は、入ろうとすれば迷うけど、出ようとすれば出られるのでアイバーンの送りは必要なく、王女サマたちだけで帰って行った。
「おいおい。せっかく殿下がお前のことを心配して下さっているのに、あの態度はねえだろ」
王女サマが敷地から出て見えなくなると、アイバーンが呆れ顔で話しかけてきた。
「はあ? だから、なんで俺が気を遣わなきゃいけないんだよ。ここを戦場にしたくなかったら、そもそもここに来させんなって話だろうが」
「まったくもってその通りなんだけどな。言い方ってもんがあるだろ」
「この世界の人間に頭を下げたくないし、礼も言いたくない」
俺がそう言うと、アイバーンは深々と溜め息を吐いた。
「ベネットさんは?」
「あの人はメイリーンにとってなくてはならない人だから特別」
俺がそう言うと、アイバーンは苦笑しながら言った。
「本当にメイリーンさんが基準なんだな」
「当たり前だろ」
だから、メイリーンが嫌っている魔族国の上層部は俺も嫌い。
なので、できれば新しい召喚者は魔族国とやり合って欲しい。
「そういえば、お前、召喚は阻止しに行かないのか?」
「なんで俺が見ず知らずの人間のために動かなきゃいけないんだよ?」
「見ず知らずって……お前と同じ世界の人間がまた拉致されるかもしれないんだぞ? 阻止しようと思わねえの?」
「思わねえな。もし俺の元の世界の知り合いが召喚されそうだって言うなら話は別だけど、完全ランダムだから。召喚されたら運が悪かったと諦めてもらうしかねえな。まあ、中には召喚を喜ぶ奴もいるかもしれないけど」
「……無理矢理拉致されんのに?」
「ああ。向こうの世界の現実に嫌気が差していて、召喚されたら『異世界召喚キター!』とか言ってテンション上がる奴までいそうだ」
向こうの世界について話してやると、アイバーンは呆れた顔をした。
「お前の元いた世界って……ちょっとおかしいのか?」
そうかもしれない。
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