三話
窓から差し込んでいた夕暮れの光はすでに消えており、夜になっていた。
天牙が家に帰る旨を伝えると、イルドは懐から魔法杖を取り出す。
「だったら、私に任せてくださーい!」
「え、それってどういうこ――」
天牙の視界が光に包まれる。気づいたときには、自宅である一軒家の玄関で立っていた。靴が散乱しており、出し忘れたゴミ袋が三つほど積まれている。
天牙の動揺した荒い呼吸が響き渡る。
天牙はひとまず電気を点けようとして、ポケットから折りたたまれた紙が落ちてきた。天牙は拾って中身を確認する。
手紙には可愛らしい文字で、以下の文言が書かれていた。
『夜も遅いので、天牙くんの家に転移させました。校長先生から住所を聞きだしたので、間違いないと思います』
魔法ってマジで何でもありだな……あと、校長を懐柔するんじゃない。
天牙は読み終えると、ポケットの中に紙を戻し、寝室へと向かう。
月明りに照らされた、ほんのり明るい一室。中央にあるベッド以外には、机や棚などの家具がある。
天牙はベッドに飛び込むと、疲労が溜まっていたこともあり、いつの間にか眠ってしまっていた。
×××
「天牙く~ん、起きないと緊縛結びするからね~」
耳元で囁かれた言葉に、天牙の意識が少しずつ覚醒していく。
窓から差し込む日の光を浴びながら、重い瞼をゆっくりと開くと、添い寝をしているイルドと目が合った。
イルドは制服を着ており、胸元のリボンが可愛らしい。お尻が見えそうなほどスカートは短い。
数秒の間を空けて、天牙は起き上がり、尋ねた。
「何でいるの?」
イルドは艶やかな笑みを浮かべながら、天牙の手をすぅ~と撫でてくる。
「あれ? 目覚めたらベッドで美少女と朝チュンしてても、興奮しないの?」
「ただの美少女だったら、興奮してたかもな」
「きゃー、襲われちゃうよ~」
イルドは上体を起こし、己を抱きしめるようなポーズをとる。
天牙はため息をつくと、自身の腕を軽く抓った。痛覚は正常に働いている。
「夢じゃねぇのかよ……」
「まあ、童貞には刺激が強かったみたいだね」
イルドが小悪魔っぽく笑う。
天牙の心臓の鼓動が速くなる。天牙は表情を変えずに問う。
「俺のアレを奪ったやつのセリフとは思えねぇ。あと、童貞って呼ぶな。まだ真偽は分からないだろ?」
「アレって何かな? もっと具体的に言いなよ」
「チ○コだよ、チ○コ!」
「私、セクハラはちょっと……」
「イルドが言わせたんだろ⁉」
天牙は深呼吸をして、感情を落ち着かせる。
「それで朝から何の用だ? 近くのコンビニに怪人でも出たのか?」
「一緒に登校しようよ!」
イルドがベッドの上で、ぴょんぴょんと跳ねながら、機嫌良さそうに言ってくる。
天牙は拍子抜けした顔を浮かべた。
一緒に登校するのは嫌ではない。学校についての情報を聞けるし、他の生徒達と仲良くなれる可能性もある。
だが、問題がある。
「あのさ、前にイルドを崇拝する教師や生徒がいるとか言ってなかったっけ?」
もしも、俺とイルドが一緒にいる所を見られたら、何をされるか明らかだ。翌日には、海の底でカニやクラゲとダンスをしていることだろう。
「日頃から一緒にいないと、怪人退治が出来ない。あと、私達の学校は中高一貫のエスカレーター校だから、私と一緒にいれば色々と便利だよ。断る理由はないよね?」
イルドの有無を言わせぬ圧に、天牙は断れなかった。
もし断り続けたら、男の象徴が物理的に破壊される。そう察した。
「……分かった。とりあえず一緒に登校するから、部屋から出てくれ」
「どうして?」
「服を着替えるからだよ。制服は予備がないから仕方ないけど、シャツとか下着くらいは変えたいんだ」
「大丈夫、ちゃんと目は閉じてるからさっ」
イルドは顔を手で覆った。指の隙間からハッキリと瞳が見えている。
天牙は腹に力を込めながら、昨日着ていた服を脱ぐ。フルチン(チンなし)になった天牙。彼がチラリと視線を向けると、イルドは照れた様子もなく、凝視してくる。
天牙はイルドに背を向け、軽く汗を拭き、制服を着た。
「さて、学校に行きますか……」
「朝ご飯は食べないの? 金欠なら私をオカズに白米を食べてもいいよ?」
「せめて奢ってくれ。なんなら、飯を作ってくれ」
冗談と期待を込めて言うと、イルドの胸からイヴが出てきた。
イブは顔を真っ青にしながら、全力で首を横に振っている。
イルドは興奮した様子で、
「ほ、ほんとうにいいんだね?」
イルドの手には精力剤やら滋養強壮剤が握られていた。
天牙は強張った笑顔を浮かべる。
「……また今度の機会に頼むわ。今日はコンビニで済ますから、台所には行くなよ?」
「今日もコンビニ飯なんだね。健康に悪いぞ~」
「情報が筒抜けすぎじゃね?」
天牙は頭を抱えながら「ほら、行くぞ」と声をかける。イルドはベッドから降りると、どこか満足そうな笑みを浮かべ、天牙の背後をテクテクとついていった。
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