第51話 香帆と初めての口付け。

 それは一瞬のことだった。唇を奪われたのは。ソフトタッチに唇を唇で触れるこの感覚、ちょっと癖になりそうだった。背徳感に香帆という美女の大切なものを奪えたことに優越感に沼れることが気持ちよかった。


「いまちょっと感じていたでしょ」

「そ、そんなことないよ」

「もっとやってあげようか? 気持ちいいこと」

「おっ、お断りします‼」


 けらけらと笑う香帆。冗談冗談と言って志桜里の頭を再び撫でてくる。


「ねえ、香帆ちゃんも虐められているんでしょ。学校で」

「どうしたの? 急に?」

「前にさ、蛍さんに教えてもらったんだ。香帆ちゃんは学校でいじめられていた。それで鬱病と殺害願望が湧いたって。それがきっかけか私の殺人募集に乗ってくれた」

「……」

「ごめんね。言いたくない話題だったら別に構わないよ」


 そしたら香帆は、淡々と喋る。


「私が『死』というものを他人に矛先を向けた理由は、自分が弱いからだよ。自殺できるような『強さ』は持ってはいなかった。誰かを傷つけることでしか、自分を慰められなかったんだよ」


 ほんとにごめん。それでも私はあなたを殺せなかった。猶予なんて与えて、希望を持たせちゃって。

 そんな風に謝る彼女の瞳は、まるで志桜里を慈しむかのようだった。それを見てしまった志桜里は意を決して自分の思っていることを言葉にする。


「香帆ちゃんのおかげで生きる希望を見いだせた。それってなにもネガティブなことじゃないよ。香帆ちゃんは自分の力で私を救ってくれたんだから」

「ありがとう。そんな風に言ってもらえて」

 するとバスが来た。それに一緒に乗り込む二人。

 雨はもうやんでいた。

 


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