第5話 昼食

「お昼を誰かと食べる予定ある? 無いよね? 」


 午前の授業が終了し昼休みの時間に突入した。


 隣の席に座る葵が圧力を掛けるように剛志に尋ねる。午前の授業で席替えが実施され、偶然にも剛志と葵が窓側後方で隣の席となった。


「その予定は無いけど。どうしたの? 」


 剛志は葵の物言いに違和感を感じ、疑問を呈する。


「いや~~。一緒にご飯とか食べないかなって思って。どうせ食べる相手いなさそうだし」


 葵は故意らしく剛志から視線を逸らしながら僅かに恥ずかし気に頬を赤く染める。


 剛志は素直に昼食に誘えない葵が可愛らしく思える。


「一緒にご飯食べるんだね。いいよ」


 剛志は葵の心境を汲み取り、昼食の誘いを受け入れる。


「ふ、ふん。別に嫌だったら無理に一緒に食べる必要は無いんだから」


 葵は余り乗り気が無さそうに昼食の弁当を食べる準備を始める。言葉とは裏腹に弁当の袋を開くスピードは速い。


 そんな葵を横目で流し見ながら、剛志も昼食の弁当を食す準備に取り掛かる。


 剛志と葵も慣れた手付きで2段弁当を開封する。


 剛志の弁当には白米を中心に他にもウインナーや卵焼き、生姜焼き、ブロッコリー、ひじきなどの定番を押さえたおかずが並ぶ。


 一方、葵の弁当はオムライスを中心に、タコさんウインナーやちくわ以外にもトマトやキュウリなどヘルシーな食材が並ぶ。


「いただきます」


 剛志は真面目に両手を合わせて料理の挨拶を行い、弁当箸を手に取る。


「あ! 白井のお弁当の中に生姜焼き入ってる。白井のお母さんの作った生姜焼き美味しいんだよね」


 葵は好奇な眼差しで剛志の弁当内の生姜焼きを凝視する。何処か欲する視線が生姜焼きに向く。


「もしかして欲しいの? 」


 剛志は葵の表情から感情に当たりを付け、葵の気持ちを確認するように尋ねる。


「バ、バカね。そんなわけないじゃない。幼稚園の頃に食べた白井の家の生姜焼きの味が忘れられないとか有り得ないから」


 葵は剛志と目を合わせずに両腕を組んだ状態で言い訳するように自身の胸中の本音らしき言葉を紡ぐ。


(いやいや。本音ダダ漏れじゃん)


 剛志は葵の無意識の失態に呆れながらも指摘は決してしない。葵の言動を尊重する。


「いいよ。あげるよ」


 剛志は親切心で箸を用いて自身の弁当箱から葵の物の中に半分の生姜焼きを移動させる。


「…本当に」


 葵は興味を惹かれたように横目で生姜焼きに視線を向ける。葵の視線は完全に生姜焼きを欲する目を形成する。


 そんな単純な仕草を行う葵を可愛らしく思う剛志。


「本当だよ。どうぞ」


 剛志は葵が受け取りやすい空気を作るために軽く微笑む。


「ほ、本当に!! …じゃなくて仕方ないから貰ってあげるわよ」


 葵は素っ気ない態度で箸を手に取って生姜焼きを口まで運ぶ。平静を装って生姜焼きを咀嚼する。しかし、生姜焼きが美味しかったのか。生姜焼きを箸で取る手は止まらない。


「はいはい。分かりましたよ」


 剛志は特に反論せず再び弁当に手を付け始める。


 剛志は弁当の味を堪能しながら必死に本当の気持ちを表情に出さないように努力する葵を楽しみながら観察した。


 葵は受け取った生姜焼きを全て完食し、何処か恥ずかしそうに無言で弁当のタコさんウインナーを剛志の下に置く。


「あたしだけ貰っても良くないから。あげるわよ」


 葵は冷たい態度を装うように他所を向きながら理由を説明する。そして、用が済んだとばかりに自身の弁当に口を付け始める。


「…ありがとう。美味しく頂くよ」


 剛志は葵の不器用な優しさを理解した上で素直に感謝を伝える。


「うん。これ美味しい! 」


 剛志は即座にタコさんウインナーを口に運んで咀嚼した上で感想を口にする。


「そんなに。大袈裟なんだから」

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