第4話 気分の変化

「最近はどうなのよ? 相変わらず小学生の頃のようにラノベばかり読み漁ってるの? 」


「そうだけど。何か悪い? 」


 剛志の怒りは未だに完全に収まらず、八つ当たりするように葵に対して冷たい態度を取る。


 剛志の機嫌の悪さを理解しているのか。葵は強気な口調と裏腹に剛志の顔色を窺いながら会話を展開する。


「別に悪くはないわよ。今はどんなラノベが流行ってるの? ジャンルでも良いから教えて欲しい」


 葵は会話を展開するために剛志の趣味に関する話題を振る。先ほどまでの怒りの口調は完全に消滅していた。


「う~~ん。俺もそこまでガチ勢じゃないから。どんなラノベが流行ってるのかは分からないからな。不思議と流行のジャンルはざまぁや転生なのは認識しているけど」


 剛志は脳内の記憶を整理してから正確な情報を葵に伝える。


「どうせ皆が好むような王道には興味が惹かれないんでしょ? 」


 葵は目を細める。


「確かにそうかも。王道のジャンルは押さえつつ少しマイナー寄りの作品に惹かれるかも」


 剛志は過去に読破したラノベの作品を思い返し、葵の言葉に合点がいく。


「小学生の頃から思考が全く嗜好が変わってないのね」


 葵は呆れた表情で大きく溜め息を吐く。


「ちょっと疑問に感じたんだけど。どうして富田が俺のラノベの嗜好について知ってるの? 前に教えたっけ? 」


 剛志は不思議そうに葵に疑問を呈する。先ほどまで胸中を支配した怒りの感情は消滅し、塗る潰すように好奇心が生じる。


「そ、そうだったんじゃない? 白井から聞いた記憶がある。…気がする」


 葵は居心地が悪そうに分かりやすく剛志から視線を逸らす。


「そうだっけ? それに確か富田はラノベやアニメに興味が無かったはず」


 剛志は小学生の頃の記憶を辿り、葵の趣味や嗜好を把握した上で不思議そうに首を傾げる。疑問が剛志の脳内を埋め尽くす。


「そ、それは! 確かにそうかもしれないけど。少しぐらい知ってるわよ」


 葵は見栄を張るように両腕を組んだ状態で堂々と剛志から視線を逸らし続ける。葵の顔には動揺の象徴のように数滴の汗が流れる。


「ふふっ。そうかそうか。知らなかったよ。ごめんね」


 剛志は余りにも分かりやすい葵の嘘に思わず失笑する。


「な、何がおかしいのよ!! 」


 葵は剛志の失笑に顔を赤くして取り乱した態度を露にする。


「だって。嘘が分かりやすく上、それを隠すように大きな態度を取る富田が何か面白くて」


 剛志の脳内や胸中は富田に対する好奇心と面白さによる幸福で支配される。先ほど胸中を嵐のように支配した怒りや憂鬱といった負の感情から打って変わり、正の感情に移行する。剛志の気分は少なからず明るい方向に傾く。少しの間のみ昨日の不幸な出来事を忘れる感覚を味わう。


「な、なによ!! 嘘なんか吐いてないんだから~~!! 」


 葵は恥ずかし気に不満そうに剛志から目を背ける。


 その仕草が幼い子供のように見え、葵に対して些か愛しさを覚える剛志であった。


 一方、教室の後方の戸の辺りに剛志と葵の会話を静観する人物が存在した。その人物は女子生徒であり、まさかの先日に浮気が発覚して剛志に別れを切り出し、雅也にラブホで寝取られた夕愛であった。


 夕愛は剛志と葵が会話を開始した直後に姿を見せた。


 剛志と葵の会話が開始した直後は心配そうに事の成行を観察していた。


 しかし、夕愛は剛志に笑顔が見えた瞬間に何処か安心したように口元を緩めた。


 そして、剛志と葵の会話が順調に弾みだしたタイミングで、夕愛は教室の戸の付近から姿を消した。

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