第7話 懺悔と急転
トンプソンとの話し合いが終わり、バングが部屋から出て来た。朝からの探索もありかなり疲労が溜まっている様子で、壁に背中を預けながら目を閉じて天井を見て10秒ほど息をつく。
そしてすぐにバングは歩き出し、向かったのは自室―――では無く別の部屋だ。
作戦会議の途中もずっと気がかりであった不安要素。足を失ってしまったマタイがいる部屋だ。バングはマタイを連れて帰って来た後、すぐにトンプソンと共に作戦会議をするために場を離れた。
その間、マタイは治療を受け生還したことは知っている。
今は医療室にいるはずだ。もう夜遅く。普通ならば寝ている時間。バングは謝りたいから向かうのではない。いや、謝りはしたいもののそれで問題が解決するわけがない。
謝ってマタイの足が戻るのならばいくらでも謝る。土下座をしても、地面を這いつくばってでも、何をしてでも全力を尽くすだろう。しかし現実問題。マタイの足は戻らず、原因はバングにある。
「…………」
ゆっくりと何かを怖がるような思い足取りでマタイのいる部屋へと向かう。誰もいない薄暗い通路をただ歩く。歩く。歩くたびに不安は
「…………」
医療室はすぐそこ。徐々に遅くなっていく足取り。
長い通路に見える扉。少し汚れて灰色になった扉。
聞こえてくる。声、いや
「…………くそ」
扉の前に立ったバングが小さく呟く。目の前からは扉越しにでも聞こえる。啼泣。嗚咽。迷惑をかけたくないというマタイの声。死にたいという苦悶。ベットの上で無くなった足を両手で握り締め、何度も叩く音。
ベットを叩き、やるせない怒りを向けている。そいてその矛先はバング――――ではない。ではないのだ。もしバングに向けられていたとしたら、バングは今ここで扉を開き「殴ってくれ」と気が済むまでやってくれと、そう言っていたはず。
しかしマタイの苦悶はもう戦闘員として復帰できない現状とやるせなさに向けられていた。もしここでバングが謝れば、それはマタイの『バングを許さない』という選択すら奪ってしまうことになる。
かける言葉など見つからない。どれだけ考えようにも薄っぺらい言葉ばかりが脳裏に浮かび上がるだけだ。
だから。バングは静かに扉の前で立ち尽くすことしかできなかった。血が出るほどに拳を握り締め、歯が折れるほどに噛みしめて、ただ立ちすくむことしかできなかった。
◆
次の日。シドが昨日と同じく地下鉄内を歩いていた。目的は未探索領域の確認、そして怪獣を討伐し、また侵入してくる出入口を塞ぐことだ。すでに昨日通ったばかりの駅の構内へと差し掛かり、今日はこの奥に探索することになる。
線路には昨日殺したばかりの怪獣の死体は無い。感染症や伝染病を防ぐためすでに処理してしまったからだ。シドが怪獣を切り分け、駅の構内から外へと出した。まだ少し残っていて異臭を放っているものの、昨日の時点で燃やしていたため燃えカスに虫が湧いてでてくることが無い。
一応、駅構内の様子を確認してからシドは再度進む。
いつものように使いこなれた防護服で身を包み、戦鎚を背負っている。足取りは昨日と変わらず、一定の間隔で緊張感を持ちながら歩いている。地下鉄は暗く、ほぼ何も見えない状態だ。
幸い、シドは夜目が利くためどれだけの暗闇であろうが取り合えずは見ることができる。
昨日、怪獣がいたということもあり注意深く進んでいく。地下鉄は静けさが漂ってはいるものの時々、地上から足音や振動が聞こえる。やがて、線路の上を進み続けるとそれまで暗闇に包まれていた地下鉄内に光が差し込む部分が出て来た。
シドは背負っていた戦鎚を両手に持ち直し光が漏れ出している場所へと近づく。光の正体は近距離にまで近づくともすぐに分かった。
(陥没してたのか)
線路の半分ほどが陥没し、外と繋がっていた。大穴のようになっていて地上とはかなりの距離が離れている。昨日、シドが討伐した怪獣は恐らくこの大穴に落ちて、そして地下鉄内に入って来てしまったのだろう。
地下鉄を安全に通るためにはここを塞ぐ必要がある。大穴を塞ぐのは時間がかかるため、大穴と地下鉄とを繋いでいる出入口を塞げばよい。それでもかなり広いためそれなりの時間を要すだろう。
(どうしようか)
瓦礫を積み上げるにしても耐久性に関して懸念が残る。怪獣が大穴から落下してきた衝撃で崩れてもおかしくはなく、また地下鉄へと繋がる道が繋がってしまう可能性がある。
ではどうするべきか。シドが思考を巡らせていると、真横から空気が抜ける音が聞こえた。
「なん……」
シドが横を見てみると空間を裂いて現れたかのような楕円形の穴があった。奥行は無く、穴はシドの方向に向いている。横幅は1メートルほど縦幅は1.5メートルほど。突如としてシドの隣に現れた。
(これは――――)
直感、本能。分からないがとにかくマズイ予感がした。シドはすぐに逃げる体勢を整え、ナノマシンの出力を最大に振り返る。だがシドが振り向こうとした瞬間に、その穴がぐにゃりと歪み、機械がオーバーヒートした時のような、甲高い音が響いた。
そしてその直後、シドの視界は
◆
僅かに意識がある。
聴覚が捕らえる情報は金属の音と建物が崩れる音。触角が背中を刺す物体を訴えている。味覚は鉄の味を伝えている。嗅覚は灰の匂いと強烈な異臭を感じている。そして瞼を開けてると、曇天の空と、その奥で鳴る雷が見えた。先ほどまで地下鉄内にいたはず。そう思いながらシドが痛む体を動かして立ち上がる。
「…………」
絶句。
崩れ去った建物と燃える住宅。駆動する機械型怪獣。咆哮する生物系怪獣。見えている光景は今まで見て来た地下鉄の光景とは大きく異なっていた。まるですでに滅びた、かつて人類が活動していた生存圏に転移したかのような、そんな光景をシドは崖の上から見下ろしていた。
ここはシドが元いた場所ではない。崖の上になどいなかった。そして周りにこんな建物は一つも無かった。いたのは地下鉄の中。薄暗く狭い一本道が続く空間。こんなにも開けた場所では無かった。
「…………あの時の」
シドの頭の中で過去の光景がフラッシュバックする。自分が住んでいた場所が怪獣によって破壊され、蹂躙され、逃げ惑った。そしてその後に残った燃え盛る建物、崩れたビル。ここはシドがいた場所ではない。だが同じような運命を辿った場所だ。
「はは……うそだろ…なんだよこれ」
シドはただ歪に口の端を釣り上げて、苦笑することしかできなかった。
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