第6話 罪悪感
ナノマシンに関しての身体検査が終わったあと、シドは地下空間の中でも比較的広い場所に来ていた。いつもは子供が走り回っていたり怪我人がリハビリを行っている場所で、朝方から夜にかけて常に人がいる。
だがすでに深夜ということもありほぼ人はいない。当然、全員が寝静まったというわけではなくトンプソンやバング、その他の大人たちは話し合っていたり、体を休めたりしていた。
夜のこの時間帯はいつもならば人はいない。しかし今日は人影があった。
「ヒナ、子供たちは」
大部屋に着いたシドが部屋の中心で立っていたヒナに訊く。
「もう全員寝たわよ。最近はジンシが手伝ってくれるから」
「ジンシか」
ジンシは子供達の中でも一番の年長者。ヒナやシドから見れば子供であることに変わりないが、それでも彼は責任をもって子供達を制御している。他の子供とは違い、ジンシは探索の際にバングが見つけてこの地下施設にやってきた。
深く事情を聞くことは憚られたが、恐らくすでに親はおらず。壮絶な体験をしてきたことは想像に難くない。数々の苦難を乗り越えたこともあって見た目以上に精神的に成熟している。
最近はヒナに代わって子供達の世話をすることが多々あり、そのおかげで今日も早く来ることができた。
「時間もないからな。もう始めるか」
シドは部屋の脇に防護服を置いて、その他の荷物を置くとヒナの近くまで移動した。
「先に言っておくが、こんなことしても意味ないぞ」
「分かってる、でも……」
「言わなくてもいい。ちょうど検査が終わって
「ごめんね。疲れてるのに」
「構わない」
シドとヒナが向き合う。そして合図も無く始まった。
ヒナが一歩シドに歩み寄り、一瞬にしてシドの視界から消えた。いなくなったわけではない。背を低くしただけだ。だがあまりにも俊敏な動き。常人では目で追い切ることができないほどに。
そしてしゃがみ込んだヒナは地面に両手をついたまま体を捻って回し蹴りを食らわせる。しかしシドは軽く手で触れてあしらうとそのままヒナの足をつかみ取った。だがヒナは逆に、掴み取られた足を支点に体を持ち上げ、片方の足でシドの首に蹴りを食らわせる。
しかしそれも寸前のところで躱され、逆にまた足を掴まれる。両足を奪われたヒナはそのまま宙ぶらりんになって、両手を小さく上げてため息をついた。
「もう何もできないわ」
ヒナの言葉と共にシドが両手を足から離す。するとヒナは両手を地面についたまま体を捻って飛んで、両足で着地する。そして再度、シドとヒナとが向き合った。シドは手首を回しながら、少しステップを踏みながら口を開く。
「すぐにもう一回行くか?」
「当然」
ヒナはこうして毎日のようにシドと訓練を積んでいる。当然、今までに一度足りともヒナがシドに勝てたことは無い。それにはナノマシンによる身体能力の差というのもあるが、それ以上に技術の差があった。
シドは何百回と探索へと出向き、その度に然したる負傷も無く帰って来る。それにはナノマシンによる強化というのもあるが、索敵能力、隠密行動能力、状況判断能力などが優れていたところが大きい。
いくらナノマシンによって強化されたとは言え、所詮は人間。40階のビルほどの巨体を持った怪獣には敵わない。できるだけ怪獣のいない場所、すぐ逃げれる場所、それらの判断をして最適な答えを導き出す。
単純な身体能力でも大きな差があるというのに技術でも大きく差が開いているのだ。今のところヒナがシドに勝てる要素は無かった。
「――っくう」
ヒナが地面に軽く叩きつけられる。ビタンという音ともにヒナが苦痛をあげる。そしてシドは腰の辺りを
「その身長じゃ足でいくらやったところで意味が無いぞ」
ヒナは小柄だ。いくら身体能力が良くて機転に優れていたとしても足でいくら攻撃しようがシドにはいなされる。では腕で攻撃するか、ともならない。足と同様にリーチが短すぎる。
「少し休憩してから再開するか」
「いや。もう一度お願い」
痛みに耐えながらヒナが立ち上がる。どれだけ苦しもうとこの訓練に意味はないのに。
いくらシドとこうして訓練を積んだところで怪獣の相手になるはずがない。バングでさえ敵わないのだ、ちょっとやそっと訓練を積んだヒナでどう頑張っても太刀打ちできない。
故にこの訓練に意味は無い。ただの憂さ晴らし。気分転換といったものだ。
ただ気分転換をするのならば別の方法がある。憂さ晴らしをしたいだけならば誰かに話を聞いてもらえば良い。しかしヒナはそうしない。そしてそれには一重に、ヒナの気持ちの問題がある。
アランが死に、パウロが死に、マタイが片足を失った。大人たちはそれほどの危険を
これだけ大人たちが頑張っているというのに自分だけが子供の世話。当然大事なこと、そしてこの役割を任されているのはヒナがまだ子供だから。庇護する対象であるから。
それ故にもどかしさを感じてしまう。もっと力になりたいというのに自分には危険な仕事が任されない。子供の世話以上の仕事はさせてもらない。ヒナは少し前にトンプソンにもっと仕事をさせてもらおうかと頼もうとしたことがある、だが結局は直前で止めた。
それはヒナが分かっているから。この子供の世話という役割が最も自分に向いていて、求められていることだと理解していたから。頭が良いから。物分かりが良すぎるから。自身に求められている役割を知って、最善だと分かってしまっているから言い出すことができない。
そうした鬱憤と戦力になりたい、信頼して欲しいという願い、欲求からこうしてシドともに訓練をする道を選んだ。たとえそれが意味が無いものだとしても、こうしなければ気持ちに折り合いがつかなかった。
シドとて子供達の世話が大変なのは分かっていて、ヒナそれを任せている罪悪感がある。故にどれだけ疲れていようと引き受ける。シドもまた頭が良く、物分かりが良すぎるためにヒナの気持ちを推測できてしまったためだ。
二人が互いに向き合い、先に攻撃を仕掛けたのはヒナだ。
シドの視界から一瞬で姿を消し、前と同じように地面に両手をついて体を捻ってシドの顔面に向かって横一線に蹴りを出す。シドは顔の横に手を置いて防御する。だがヒナの本命は顔面を蹴り上げることでは無く残ったもう一方の足をシドの
だがシドはそれすらも容易に対応する。顔面横の蹴りを弾き飛ばし、鳩尾へと飛んできた足を体を捻って避ける。しかしヒナは止まらず、弾き飛ばされた足が地面に着くと同時に、地面についていた両手に力を入れて体を起こす。
そして地面についた片足を軸にシドの懐まで瞬時に入り込むと拳を突き刺す。しかしシドによってそれは止められた。力の差はある。それが分かっていたヒナは断続的に、続けて動く。
シドの腕を掴みとり、床を蹴ってシドの首に両足を巻き付かせる。しかし寸前で逃げられ、そのまま軽くだが背中を叩かれる。
「――あっっつ!」
シドによっては軽く叩いたつもりでもヒナは違う。たとえ皮膚が赤くなる程度であったとしても熱湯をかけられたような痛みと熱さが背中に走る。すぐには立ち上がれないヒナにシドがしゃがみ込んで言う。
「すまん……やりすぎた」
「全然。こんなの痛くない」
ヒナが喋りながらしゃがみ込んだシドの首を掴みかかる。だがそれすらも躱された。
「続けるか」
シドの言葉にヒナは立ち上がりながら答える。
「何度でも」
その後、一時間ほどヒナとシドとの訓練は続いた。
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