第5話 成功の裏で
その日の夜、すでに子供たちが寝静まった頃にシドたちは拠点へと帰って来る。バックパックや台車には医療品や食料などが積まれ、多くの物資を持ち帰っていた。シドとその仲間たちは一人も負傷しておらず、最小の労力から最大の功績を得ることに成功する。拠点にまでたどり着いたことで緊張が解かれ、また多くの物資を持ち帰ってこれた安心で、かつてない喜びに満たされていた。
シド達は拠点の仲間に笑顔で迎え入られ手に入れた物品たちを倉庫へと運ぶ。ただシドだけはトンプソンに呼ばれたため別室へと移動する。シドが移動した先にはヘンリーとバングの姿があった。
そして部屋の中で流れる奇妙な重苦しい空気を感じとったシドがバングへと視線を向け、その次にトンプソンを見た。
「またか?」
部屋の中央に置かれたテーブルに手を置いてレイが呟く。昨日に引き続きまた犠牲が出たのか、と。だがトンプソンは否定した。
「いえ。死傷者は出ていません」
「死傷者は、か」
「はい。マタイさんが右足を失いました」
足を失ったのならばもう遺跡探索には行けない。義足があるならばまだしも、ここに義足は無い。事実上、マタイは探索メンバーから外れ、この拠点で休養することになる。
「……マタイさんはなんて」
トンプソンの表情が険しいものへと変わる。
「それは……もうこ―――」
「うるせぇよ。てめえがそれ聞いてどうすんだ」
トンプソンが言おうとしたところでバングが口を挟む。そしてテーブルに拳を打ち付け、鬱憤を吐き出す。
「クソがッ! これで二日連続だぞ!俺のミスだ!クソ!」
今日、マタイはバングと共に行動していた。
些細なミス。バングが不用意に少し進んだけ。それにより怪獣に居場所が露呈してマタイが犠牲になった。自分のミスによって仲間が再起不能な怪我を負ったその事実。バングは自分自身を許すことなど到底できなかった。
怒りのままにテーブルに拳を叩きつけ、怒りで身を震わせる。
何度も何度も繰り返す。
5分か、それとも10分か、少なくとも体感では長い時間が経ってバングの荒げた声はやっともとに戻る。
そして俯いたままシドに問う。
「シド。もう時間がねえんだ。道の開拓はどうなった」
レイは一度目を伏せて、ゆっくりと首を横に振る。
「今日、地下鉄内で怪獣に会った」
その一言で部屋の中に暗い空気が流れる。
地下鉄内に怪獣がいるということはどこかで出入りできる穴があるということであり、まだ他にも怪獣がいる可能性があるということ。この問題が解決するまで地下鉄内を通るプランは使えなくなったということを示していた。
「ッチ。糞が」
このことについてバングはシドを攻めることができない。シドが真面目に毎日のように探索を行っているのは周知の事実であり、これまでに助けられてきた場面も数多くあった。単純な戦力としてだけでなく、作戦を組み立てられる頭もある。まだ若いものの信頼に足る人物であるのは疑いようがない。
だがしかし、それ故に期待してしまう。現状、怪獣を相手できるのはシド一人しかいない。バングでは逆立ちしたって勝つことができず、もし出来たとしても多数の犠牲と引き換えになる。
まだ若いシドに頼るのは情けなく、自身へほ憤りを感じるが感情と現実は切り離して考えるべきだ。どう考えてもシドにしか状況を打開できない。今日だってバングは医療品を探すとともに新しい地下通路を探していた。
しかしやはり、場所によって怪獣の住処になっていたり多く存在したりと侵入できない場所がある。そしてもし地下道のような狭い通路で怪獣と出会ってしまったらなすすべなく殺される。特殊な体質であるシドでしか探索が不可能。
シドはバングの気持ちを察しながらも敢えて口には出さず、完全に終わったわけではないと伝える。
「明日、もう一度探索してみる予定だ。その時に安全が確認できたらまた報告する」
怪獣が一体見つかったところであの地下鉄が使えなくなるわけがない。シドが何回も探索を行い、安全を確かめれば良いだけだ。かなり苦しい状況だが完全に詰んでいるわけでもない。
バングもそれを理解しているため、ゆっくりと返答する。
「分かった。そっちは任せた。トンプソン。俺らはいつも通りでいいんだな」
「はい。すでにお伝えしたことをしていただければ大丈夫です」
トンプソンが答える。そしてついでにと、トンプソンがレイの方を向く。
「レイさん。今日は一応、ヘンリーさんのところで検査を受けてください」
「別にいい。医療品の無駄」
「いえ。してください。ただでさえ特殊な体質。何かがあってからでは遅いのです」
シドは特殊な体質だ。
生態的強化手術の際に使われる強化物質の中にナノマシンが存在する。ナノマシンを体に投与することで身体能力が引き上げられ、持久力や膂力だけでなく心肺機能も上昇する。
しかしナノマシンによる強化は恒常的なものでは無く、汗や尿、流れ出る血などから体外へと排出されることでその効力は落ちていく。体に残るナノマシンの量が少なくなれば体は通常の状態に戻り、人間離れした能力は無くなる。故に定期的に投与しなければならず、また体内にナノマシンが残り続けると不純物が溜まり重大な病床を引き起こす可能性がある。
しかし、シドにはそれが無い。ナノマシンが汗や尿といったものから体外へと排出されることが無く、体に残り続ける。それでいて不純物も溜まらず病気にもならない。
そういう特殊な体質なのだ。長いこと医者をやっていたヘンリーでさえ一度も聞いたことが無く、どういった原理なのかが皆目検討がつかない。
分かっているのはナノマシンなどの強化物質に対しての高い親和性。それが特殊体質の正体であると言うことだけ。根本的な原因や原理は解明されていない。
通常の肉体とは異なり自然に排出がされないためナノマシンを打ち込めば打ち込むだけ身体にナノマシンが蓄積し、能力が強化される。バングや仲間たちが探索する際、稀に持ち帰って来るナノマシン。バングや仲間に投与しても一時的な力しか得られないため、持ち帰って来たナノマシンはすべてシドへと投与される。
何十回と、何百回と少量ずつではあるものの打ち込まれシドの体には多くのナノマシンが体積した状態だ。シドが地下鉄で見せた人間離れした力。戦鎚を振り回し、俊敏に動き回り飛び上がる。あれらはすべて何十回にも及ぶ、ナノマシンの投与によるもの。
すでに人間の許容量を遥かに超えたナノマシンが打ち込まれている。本来ならば死んでいてもおかしくはない。しかしシドはそのおかげで怪獣と戦えるだけの力を手に入れた。
現状、シドの体に異常は発生していない。しかしすでに基準値を遥かに超える量が打ち込まれ、いつ何が起きてもおかしくはない状態だ。当然、定期的な検査が必要になる。
「そうですよ、レイさん。いくら大丈夫だからっていつ何が起こるか分かりません」
検査を受けるように、トンプソンに続いてヘンリーも言う。この後に予定があるのだが、少しぐらいならば遅れても許してくれるだろうと、シドはそう考えて返答を返す。
「分かりました。今すぐでいいですか?」
「はい。今すぐ行いましょう」
ヘンリーと共にシドが退出する。そして部屋に残ったトンプソンとバングが目を合わせる。
「じゃあ残りは私達で済ませましょう。私達は私達でできることを」
「ああ」
そうして二人はテーブルの上に広げられた地図を中心に、話し始めた。
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