第7話

 僕はヒューマノイドたちの冒険の話を聞くのが好きだ。群れを成した多脚戦車に立ち向かう一騎打ちや、忘れ去られた人間の遺跡迷宮の探索、救世の勇者との絆など、その冒険話はいつも僕の心を奮わせる。


 しかし、自分が冒険を体験するとなると、それはまったく別の話だ。


「チューチュー!」


 僕の呼びかけで地面に倒れていたチューチューが我に返った。彼女は慌てて横に転がり、さっきまで彼女がいた石畳は、錆びた巨大な剣で粉々に砕かれた。


 チューチューは顔の横に飛び散る石の破片をかわした。


 転がる勢いを利用して、チューチューは立ち上がり、剣を構え前方を睨む。僕も視線をチューチューの見ている方向に向けた。


 そこには後ろの大扉を守る魔機が立ちはだかっていた。


 ヘルメットをかぶり、探知機のような二本の角がヘルメットの両側から突き出ている。魔機は黒紫の金属の外殻を持ち、同色の二枚の翼がマントのように角ばった背中を覆っていた。魔機は地面に突き刺さった重い剣をゆっくりと引き抜き、ヘルメットの正面の裂け目から赤い光を放つ機械の複眼が見えた。魔機の無機質な視線を感じ、背筋に冷たい感覚が走った。


 魔機は剣を握っていない右手を上げた。機構の駆動音が響く中、その右手は砲口に変形し、青い炎が砲口から吹き出した。瞬く間に燃え広がり、大きな火球となった。


「遺物反応!広範囲!来るわ!」


 エリアの警告を聞き、チューチューは僕を引っ掴んで猫耳の聖女の後ろへと走った。少し離れたところでは、ミカも滑り込むようにエリアの背後に入った。


 太陽のように巨大な青い火球は突然成長を止め、一瞬でビー玉大の光点に収縮した。


「【オーダー:リパルションフォース、コニカル、ガイド】!」


 エリアが機構杖を高く掲げて力強く叩きつけた瞬間、魔機の手の中の光点が爆発した。


 それは青い炎の奔流だった。


「……っ!」


 エリアの杖を支点にして、奔流の炎は左右に分かれた。青白い烈焰が塗りつぶす世界の中で、僕たちは身を低くして唯一の影に身を隠した。僕にはエリアの荒い息遣いと、チューチューが剣の柄を強く握り締める音が聞こえた。


 青い炎が止んだ瞬間、犬耳の騎士とエルフの剣士が地面に座り込んでいたエリアの背後から飛び出した。


 ミカは大剣の斬撃を真正面から迎え、チューチューの前に立ちはだかり、その重い剣を受け流した。


 風圧がエルフの剣士の髪を舞い上げた。回転の勢いに乗り、チューチューの剣が魔機の手首を切り裂く。


 魔機が右拳を振り下ろす。ミカの盾がその拳の側面を叩き、バランスを崩させた。


「今です!チューチューさん!」ミカが叫ぶ。


「はぁっ!」


 剣光が一閃した。


 魔機の角のついた頭が地面に転がり落ちた。


「はぁ……疲れた」


 強敵が倒れたことを確認した後、エリアは地面に大の字で倒れ込んだ。


 チューチューは剣を鞘に収め、地面に転がった残骸に一瞥。


「手強いでしたね」


「みんな無事でよかったですね」


 ミカは苦笑した。


「それじゃあ」エリアが「よいしょ」と声を上げながら立ち上がった。


「剥ぎ取りましょう。こんなに強い魔機だから、何かしら価値のあるパーツがあるはずよね」


 エリアは刀で「カチッ」と音を立てて魔機の胸部を開けた。そして、三人同時に動きを止め、一斉にため息をついた。


「何か珍しいパーツがあるかと期待したんだけどね。まあ、少なくともプラットフォームにはたどり着けたし」


 エリアは意気揚々と閉じられた扉に向かい、その脇のパネルに触れた。


 扉が軋む音を立てて開いた。その瞬間、僕は循環液と機油の馴染みのある匂いを感じた。


「待って。何かがおかしい」


 僕は警告を発した。チューチューは剣を構え僕の前に立ち、ミカとエリアも戦闘態勢に入った。


 扉の向こうの部屋が姿を現した。


 狭い坑道とは異なり、目の前に広がっていたのは広大な空間だった。


 ここはかつて人々が集まるためのホールだったのかもしれない。四方の壁には簡素な動物の彫刻や装飾用の柱があり、天井は非常に高く、ステンドグラスで飾られたドームには大きな穴が開いており、外の陽光が降り注いでいた。右手にはトンネルに沿って暗闇から伸びる鉄道の線路が見えた。


 空っぽのプラットフォームの上に、巨大な蜘蛛のような六本足を持つ魔機が姿を現した。純白の装甲が蠍型の胴体を覆い、大きな尾からは砲口が伸びていた。前脚の二つはガトリング砲と軍刀の形をしていた。


 魔機の六つの球状複眼が陽光に照らされて無機質な光を放っていた。


「多脚戦車!」


 緊張が一同に走ったが、すぐに疑念に変わった。


「……反応がありませんね。機能停止しているのでしょうか」とミカが呟いた。


 エリアは大きく息をつき、手に持っていた機構杖を下ろした。


「なんだ、残骸か。心配して損した」


 仲間たちの会話を無視して、僕は隊列から抜け出し、多脚戦車の上部に目を凝らした。


「ビージェー様?」


「チューチュー、あの戦車の上を見て」


 僕は先ほど気づいたものに向かって指をさした。仲間たちは僕の指の先を見て、目を見開いた。


「ペペル……」


 ミカが呻いた。


 多脚戦車の装甲は削り取られ、大きな穴が開いていた。その中には衣服を剥ぎ取られたハーフリンの遺体が仰向けに横たわり、周囲には銀色の花が散らばっていた。


「……記録。サンプルはハーフリン種ヒューマノイド、女性型。稼働時間は十七作業年ほどと推測。発見場所は獣の国境、地下鉄プラットフォーム遺跡」


 僕は遺体の空洞に向かって瞳を閉じ、まぶたを下ろした。眉をひそめて、遺体の首に何かで絞められた痕跡があることに気づいた。直感に従い、遺体の手首を確認した。右手の循環管近くには鋭利なものに刺されたような深い穴が二つあり、反対側の手首にも同じような痕があった。


「損傷原因は、循環液の放出による演算ユニットのショックと器官の衰弱」


 僕は遺体の胸部に手を当てた。胸郭は切り開かれ、中には循環ポンプが見えた。


「ペースメーカーも破壊されている」


 僕は辺りを見回した。循環液の匂いはするものの、液体は見当たらない。


「液体なし。推測、遺体は循環液を抜き取られてからここに置かれた」


 僕は遺体の後頭部の髪をかき分け、プローブを差し込んだ。数回の放電刺激を行った後、プローブに接続されたオシロスコープを観察したが、反応はなかった。


「休眠保護モードは起動しておらず、搭載されていた回路も損壊。のプロセッサーはエネルギー供給の欠如により劣化し、意識の再起動は困難。遺体は修復不能と判定」


 エリアの目に涙が浮かび、彼女は地面にしゃがみこんで嘔吐しそうになった。エリアの背中を叩いているミカの顔も青ざめていた。


「この冒険者と顔見知りだった」ミカが呟いた。


「白銀級のペペルはレオナの仲間だったのに……」


「ビージェー様、多脚戦車の識別コードを見る限り、これは最近の型です」


「ふむ、確かに」


 僕は遺体の手首に付着した循環液の結晶を触れた。それは古くから放置されていた固体ではなく、流出してからおよそ一週間ほどの粘性を持った半固体だった。


「誰かが多脚戦車を倒し、さらに白銀級の冒険者を打ち破り、これらを装飾品のように組み合わせたか。なかなかの腕前だな」


 エリアが涙を拭い、震えながら立ち上がった。


「どうしてそんなに冷静でいられるの?死んでいるのよ?しかもこんな無惨な死に方で!」


「エリア……」


 ミカの手を振り払って、若い聖女は叫んだ。


「勇者を探す、栄光に満ちた旅路だったはずなのに、どうしてこんなことが起きるのよ!」


 チューチューはため息をついた。


「とにかく、この場でしばらく待つことにしましょう。列車は灰衣衆と冒険者ギルドが共同で運営しているので、そのうち車内の人に助けてもらえるかもしれません」


 僕は手を伸ばし、銀色の花の中から見覚えのある白い小さなカードを見つけた。その大きな空白部分には、流麗な書体で「あなたの誠実なる友」と書かれていた。


 その時、機構の駆動音が僕の注意を引いた。


 僕が音のする方に視線を向けると、静止していたはずの多脚戦車が震え出し、ポンプの動作音と金属の軋む音と共に、ガトリング砲の前足を持ち上げた。


「危ない!」


 チューチューが僕を押し倒した瞬間、多脚戦車が発砲した。弾丸がエリアに命中し、彼女の側腰を抉り取った。瞬間、循環液が噴き出した。


「……あ」


 エリアは信じられないという顔で膝をつき、ミカが反転して剣を多脚戦車の頭部に突き刺し、ひねった。多脚戦車は痙攣し、再び動かなくなった。


「エリア!まずい、出血が止まらない!」


 ミカは倒れた猫耳の聖女に駆け寄り、両手で傷口を塞ごうとしたが、循環液は止まることなく流れ続け、やがて小さな赤い池を作った。


 エリアの瞳が次第に曇っていく。


「……ビージェー様」


 チューチューが小さく僕を呼んだ。僕は思わずため息をついた。


「仕方ない、せっかく一緒に旅をした仲間だ。見捨てるのは忍びない。チューチュー、携行設備を展開して、組織修復移植の準備をしろ。今すぐ対処すれば、まだ間に合う」


「かしこまりました」


 チューチューは軽く礼をし、すぐに荷物を解いて道具を広げた。


「あなたたち、何をする気なの……」ミカが問うた。


「緊急修復だ」僕は答えながら作業服を身に着けた。


「今エリアが撃たれた部分は、循環液をろ過するフィルターで、旧人類の腎臓に相当する器官だ。組織の損傷が激しく、単純な止血では間に合わない。現場判断で失われた組織を移植し、循環液を補充するしかない。さもなければ、エネルギー供給が不足して各システムが停止してしまう」


「移植するというのは、失った部分を補うということですね?では、どこから材料を取るのですか?」


 僕は親指で背後を指し、ミカの問いに答えた。


「ほら、ここにちょうどいい材料があるじゃないか」


「まさか……ペペルの遺体から切り取るの?」


 ミカは難しい顔をしたが、僕は頷いた。


「緊急事態だ。君たちにとっては死者を尊ぶべきかもしれないが、生者を救うためにはやむを得ない手段だ。時間がない、早く決めてくれ。言っておくが、手術費は高いぞ」


 ミカの目が一瞬迷ったが、すぐに決心の色を浮かべた。


「……わかりました。そうしてください。後の説明と処理は私が引き受けます。報酬については、どんな額でも払う覚悟です」


「そう言ってくれるのを待っていたよ」


 僕はミカに微笑み、準備を進めた。


 僕は小さい頃から縫い物や模型の組み立てが好きだった。


 細かい作業に没頭するのが好きだった。バラバラのパーツを組み立てて形にすることも、動かなくなった小さな装置を再び動かせるようにすることも、精神的な満足感を与えてくれた。


 僕はかつて医者になりたかった。しかし、人類が完全無欠になった後、もはや病気は存在しなくなった。致命傷でなければ、時間が経てば自己修復が可能であり、医者の存在価値も自然と消えていった。


 気がついたら、僕はヒューマノイドの修復を始めていた。


 修復というのは等価交換の過程だ。


 何かを修復するためには、別の何かを分解しなければならない。かつての産業大量生産の時代ならば、部品を手に入れるのはそう難しいことではなかっただろう。しかし、今の世の中では、一つのものを得るために別のものを犠牲にすることが、変わらぬ真理となっているように思える。


 少なくとも、この仕事においては。


「記録。緊急修復手術」


 臨時に展開したエアバッグ手術室の中で、僕とチューチューは準備を整えた。地面に敷かれたビニールシートの上には、多脚戦車やハーフリンの遺体から取り外した部品が並んでいる。


「対象はエルフ種ヒューマノイド。右側腰部を砲撃され、循環液フィルター、大量の循環液、および周辺組織を失った。処置としてフィルターを移植し、組織を修復。そして循環液を再注入し、各システムがエネルギー不足で停止しないようにする」


 僕はミカに視線を向けると、ミカは頷いた。


「私の循環液を使ってください。どれだけでも構いません」


「……遺体からは循環液がすでに抜き取られているため、寄贈者の循環液を使用する。」


 まず循環フィルターに繋がる上部と下部の循環管を止血鉗で留め、レーザーカッターで損傷したフィルターを取り外した。


「新しいフィルターを」


 チューチューから手渡された部品を受け取り、新しいフィルターを取り付け、両端を縫い合わせた後、止血鉗を外した。循環液が詰まることなくフィルターを正しく通っていることを確認し、周辺の損傷した組織の修復と縫合を始めた。最後にすべての傷口を縫合し終えた。


「チューチュー、各数値は?」


「現在、全て正常範囲内です」


 僕はほっと息をつき、ミカとエリアを繋いでいたチューブを取り外した。


「作業終了」


 メスを置いた瞬間、汽笛の音と共に列車がプラットフォームに到着した。

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