龍野
ツーリングの朝は早い。朝風呂に入り朝食だ。ここは湯豆腐もあるのか。朝から湯豆腐なんて旅館じゃなければ食べられないよ。
「出汁巻き卵もなかなか」
「鯵の一夜干しも美味しい♪」
朝食が終わると出発なんだけど、バイクに乗る前に歩いて二分の伊和都比売神社に。恋愛の神様であるそうだけどボクらには関係ないな。
「美玖には旦那ラブがあります」
「流花が負けるものですか」
二人とも良い奥さんになるよ。ボクだって美玖とのラブが永遠になるように祈っといた。少し気になったのは祭神である伊和都比売なんだ。ロケーション的に海の神様ではあるのだけど、伊和神社の比売神ともされてるんだ。
「妾だったのではないでしょうか」
即断かよ。ボクは古代では揖保川流域が出雲系で、千種川流域が吉備系の仮説を持ってるのだけど、出雲系が赤穂まで進出征服したのかもしれないし、あるいは両勢力が婚姻で友好関係を結んだぐらいはあると思ってるぐらい。
そこから流花のリクエストのきらきら坂。海岸線にある遊歩道におりる坂道だけどインスタスポットでもあるらしい。おっ、こんなところに大石名残の松があるのか。ここに本当に大石内蔵助が来たかどうかはともかく、
「四十七士は赤穂城を明け渡してから故郷の空を見ていません」
それぞれに名残を惜しんだのだろうな。宿に戻りツーリングスタート。まずは昨日も走った赤穂城への道に入り、橋を渡った次の信号を右折。県道四五九号を北上する。この道は市街地を抜ける頃には千種川の東岸を走り、やがて国道二五〇号とクロスするからそれに入る。
「こちらが本物のはりまシーサイドロードにはなります」
山の中の道だけど途中で高取峠があり、この道を浅野内匠頭切腹を伝える早駕籠が通ったとなってるから、昔からの街道だったはずだ。浅野内匠頭もこの峠を越えて江戸に向かったのだろうけど、その時には切腹が待っているとは思いもしなかったのだろうな。
「見送った大石内蔵助もです」
はりまシーサイドロ―ドだから相生に着くのだけど、今日は相生大橋を越えたところで左折して相生駅に向かって走って行く。この道は相生駅の東側に出て線路を越えて国道二号に入れるんだ。
相生から龍野に入るのだけど県道四四〇号を左折する。龍野市街なんだけど国道二号や山陽本線が通っているところは南の端ぐらいだから、観光をしたいのならかなり北上する必要があるんだよな。
「中垣内の交差点ですから右折します」
なんも道路案内が無いな。この辺は生活道路だろうから仕方がないか。しばらく西に進むと、
「あそこを左です」
えっ、あそこか。案内標識が何本も立ってるからそうだろうけど、前に見える山が龍野城に続く山みたいだ。けっこう登るな。分かれ道に出たけど、
「左です」
大型車進入禁止って方か。モンキーだから関係ないな。
「左に見える駐車場に停めます」
無料駐車場なのがありがたいな。ここが龍野公園になっていて、文学の小径を歩いて聚遠亭に。ここは藩主の別荘みたいなところで御涼所ともなってるから避暑用だったのかな。それほど涼しかったとも思えないけど、
「龍野藩版キャンプデービットというところです」
そこから龍野城の方に歩いていく櫓と白塀が見えてきた。復元らしいけど、やっぱり建物があるとテンションが上がる。隅櫓の下からあるしころ坂を登っていくと西門から城内に入れるのか。あれが復元された本丸御殿みたいだ。そこから埋門を通り城外へ。
城門から出たところにあったのが赤とんぼで有名な三木露風の生家。けっこう立派な家だな。お城に近いから武家屋敷かと思ったら違うようで、明治初めに建てられたらしい。もっとも露風はこの家で生まれてはいるけど六歳の時に両親が離婚し、祖父の家に引き取れているのか。
三木露風の学歴も今となったらわかりにくいな。旧制龍野中学を一年で中退して早稲田や慶応で学んだとなってるけど、
「東京専門学校が早稲田大学になったのが明治三十五年ですから、露風が十三歳の時です」
この頃の早稲田は大学の名前は付いていたけど当時の学制なら専門学校だったのか。とはいえ入学対象は旧制中学卒業だったはずだけど、
「どさくさの部分もあったのかと」
そんな時代だものな。そこから醤油の郷大正ロマン館により、脇坂家の菩提寺である如来寺の横を通り抜けうすくち醤油龍野資料館を見て、まっすぐ歩いていくと龍野公園だ。
「龍野に来てこれを食べないのは許されざることです」
なんだと思ったら素麺か。ただ美玖がわざわざ選んだだけあって、揖保乃糸でも最高級の三神が食べれるらしい。素麺にそんなに違いがあるのかと思ったのだけど、
「揖保乃糸にもランクがあり、下から太づくり、上級、熟成麺、播州小麦、縒つむぎ、特級、そして三神です」
よく食べるは?
「上級です。三神はその五段階上になります」
食べてみたら美味かった。とにかく細くてのど越し以前に口の中で溶けそうだった。なるほど、龍野にわざわざ寄ったのは観光もあっただろうけどこの素麺を食べたかったのか。
「社長夫人の接待です」
はいはい。それはわかったけど、もう十一時半だぞ。龍野からどうやって帰るつもりだ。
「帰ろうとする強い意志があれば帰れます」
精神論かよ。いや、実際に精神論をやらされた。龍野橋を渡ってから県道五号を目指して入り込み、夢前川の西岸を北上。橋を渡り県道六十七号に。これではわかりにくいと思うけど、龍野から西に進んで書写山を目指したぐらいだ。
そこから夢前川を北上すると美玖と二人の初夜を過ごした塩田温泉があり、夢前に出て来る。夢前からは再び西に向かい、福崎、加西と抜けて滝野から国道一七五号バイパスだ。ここから小野、三木と通り抜け、神出から西神中央に行き、山麓バイパスを抜けたらやっと神戸だ。
龍野観光も三神の素麺も美味しかったけどきっちり代償は支払わされた。あのな美玖、このツーリングって社長夫人の接待なんだぞ。
「来た道を帰るなど接待として許されると言うのですか!」
それはそうだけど、だいぶ遠回りしたぞ。流花だって辛いじゃないか。
「流花、まさかこれしきで疲れたなんて言わせません」
「これぐらい平気です」
「こう仰られてますから心配ありません」
あのな、脅してどうするんだよ。美玖にそう聞かれてダメなんて言うのが星雷社にいるものか。流花を社長宅に送り届け、家に着いたらホッとした。ところで流花はいつ真実の愛を見れるのかな。
「今夜ではないでしょう」
どうして?
「疲れて寝るからです」
ボクもそうさせてもらった。
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