志戸坂峠
佐用経由の因幡街道で最大の難所とされたのが志戸坂峠のようだ。標高にして五百九十メートルぐらいだから山崎経由の因幡街道の戸倉峠よりかなり低いけど、
「実質はさらに低くて智頭宿で標高百八十メートル、大原宿で二百二十メートルぐらいです」
美玖が智頭宿と大原宿を引き合いに出したのは、鳥取藩が参勤交代の時に鳥取城を出てまず智頭宿に泊まり、次が大原宿だからなんだ。だから標高差にしたら四百メートルぐらいにはなる。
「距離も鳥取城から智頭宿までナビ上で三十キロ、智頭宿から大原宿まで二十五キロです」
大名行列と言っても一日三十キロぐらい歩くから、鳥取城から智頭宿まではこんなものぐらいには言えるよな。智頭宿から大原宿だって難所の峠越えをしてるから、こんなものぐらいと言えなくはない。
じゃあ、たいした事が無い峠かと言えばそうじゃない。明治期に何度か改良工事を重ねたそうだけど、それでも三十三か所のヘアピンカーブがあり、道幅も三メートル弱だったとか。それぐらいの急坂だったので、
「当時のクルマでは無理で、せいぜい人力車が通れる程度だったとか」
放浪の詩人、尾崎放哉が人力車で志戸坂峠を越えた記録があるそう。これではあまりに不便となり、昭和八年に志戸坂隧道の工事が開始されている。当時にしたら日本で二番目の長さだったそうで、途中で大規模な山津波が起こったり、台風で大きな被害を受ける難工事になったそうだけど、昭和九年に開通している。
「昭和三十年に開通した戸倉隧道より早いです」
なるほど佐用経由の因幡街道が軽視されていた訳じゃないのか。志戸坂隧道が出来たことにより交通の便は良くなったのだが、今度は戦後のモータリゼーションの高まりもあり、新たなバイパスとして志戸坂峠トンネルが昭和五十六年に開通している。
「ここからが奇々怪々なのですが・・・」
志戸坂峠トンネルは志戸坂隧道のバイパスとして作られたのだが、トンネルが出来て隧道の方は閉鎖されている。まあ、二本もいらないのはわかるけど、
「トンネルはあくまでも一般道路として計画され完成しています」
ところが、どうもだがトンネルの工事中に鳥取道の計画が出来たで良さそうだ。高速だから新たな高速トンネルを掘れば良さそうなものなだけど、なんと鳥取道に志戸坂峠トンネルを組み込んでしまったんだ。
「ですから鳥取道で一番早く開通した区間は志戸坂峠トンネルになります」
そうなってた。
「無料ナビでは弾かれます」
そうだった。あれは驚いた。それこそ殴っても蹴っても通ってくれないんだよ。
「PCを殴ったり蹴ったりしたら壊れます」
だから、比喩だって。これ困ったんだよ。だって志戸坂峠のトンネルを通れないと、
「鳥取県道七号から二九六号を通って国道五十三号に入って智頭を目指す、かなり大回りのルートになってしまいます」
ちょっと待ってよって話じゃないか。そしたら、志戸坂峠トンネルは原付どころか自転車も人も通れるらしいの情報があったんだ。トンネルは隧道のバイパスとして出来てるし、さらに隧道も閉鎖されたから、今でも一般道になってるって言うんだよ。
「鳥取道として真っ先に開通したにも関わらず、今でも一般道として使える摩訶不思議なトンネルです」
ただし走るには注意が必要だ。一般道として走れるのはあくまでも志戸坂峠トンネル部分だけで、他のところを走れば捕まってしまう。どこから乗って、どこで下りたら良いかだけど、
「坂根交差点から乗り、駒帰交差点で下りれば良いようです」
交差点と言っても信号があるわけじゃなく、ある種のインターチェンジみたいなものだけど、一般道だから交差点と呼ばれているのかもしれない。ただトンネルの中は、
「五十キロ制限にはなっていますが、鳥取道とシームレスにつながっていますから、クルマなら八十キロぐらいは出すようです」
だから原チャリで走れば恐怖らしい。区分として一般道にはなっているものの、実態的に高速道路に原チャリで乗り込む様になるものな。新神戸トンネルと似てるところはあるけど、
「新神戸トンネルは原チャリでは通れませんし、片側二車線あります」
志戸坂峠トンネルは対抗二車線なんだよな。片側二車線なら走行車線で避ける手はあるけど、一車線しかないと逃げ場がなくなってしまう。これはモンキーでも厳しい条件だよ。
「百キロオーバーの世界はモンキーでは無理です」
そんなのに追いかけられたら耐え忍ぶしかなさそうだ。しっかし、まあ、無理やり感があり過ぎる道だ。
「通れるから感謝ではあります」
まあ、そうなんだけど、乗り降りも含めて注意しとかないといけないな。ちなみにだけど志戸坂峠は因幡の国境になり国司が赴任した時に境迎えの儀式を行ったとか。
「ですから坂根宿は美作、駒帰宿は因幡になります」
それでも智頭宿から大原宿まで歩いてしまうのだから昔の人の足は強かったと思うよ。
「志戸坂峠はモンキーでも越えられそうなのですが・・・」
それな。因幡街道のツーリングだから目的地は必然として鳥取市になる。だけど前回のツーリングの時に美玖の策略で白兎神社、鳥取砂丘、鳥取城、仁風閣、鳥取県立博物館、因幡万葉館と回りピンクカレーまで食べている。それだけで鳥取県のすべてを見たとは言う気はないけど、
「他にメジャーなところだと大山とか米子、境港もありますが、あれは伯耆で出雲観光に含まれる気がします」
というかそんなところまで回ってしまうと一泊二日じゃ収まるはずもなくなってしまう。泊まるところだって吉岡温泉に泊まったから、
「東郷温泉や羽合温泉、三朝温泉ぐらいがメジャーですが、そこまで行くと帰りが厳しくなります」
行くのだって厳しいぞ。鳥取温泉はなんとなく避けたいとしたら、
「岩井温泉も魅力的ですが、これもまた帰りがなかなかのものになります」
岩井温泉まで行ってしまうと、国道九号で和田山に行って福崎の方に南下する帰路ぐらいが思い浮かぶけど、これも半端ないよな。二回続けて鳥取に行くツケみたいなものだけど、
「今回はあくまでも一泊二日のツーリングと割り切って・・・」
そう言いながら策略を巡らせて塩田温泉の延長戦をやらかしたのが美玖だろうが。あれはあれで二人のメモリアルにはなったけど、
「専務と部長ですから示しが付かなくなります」
部長と主任だってそうだったろうが。あの時の話はさておき、美玖の提案はナイスだと思う。
「そうなると・・・」
こ、これは半端ない風情だな。美玖はそれで良いのか?
「営業の人間です。これぐらいは普通です」
あははは、ボクもそうだよ。じゃあ、今回はそれで行こう。
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