空腹

 次の日、目が覚めると、とてつもない空腹に襲われた。


 よく考えれば、昨日は何も食べていなかった気がする(私が目覚める前のことは分からない)。それどころではなかったため失念していたようだ。今日の急務は食べ物を探すことだった。


 ふと、昨日出会った銀色毛並みの鷹や鋭利な足を持つ蜘蛛を思い浮かべる。すぐにかぶりを振ると、とりあえず小屋を出て探索に向かった。


 奴らに遭遇するのではと思ったのはもちろんだけど、奴らは食べられるのだろうかと思ってしまったのは、私が蛇になったからなのか、それともよほど空腹なのか。精神は肉体に引っ張られると聞く。


 幾ら人間を自認していても、その根源的な生物欲求からは逃れられないのかもしれない。


 とはいえ、蛇になれども私は美食家である。


 こうした過酷な状況でもなおこだわり抜く姿勢は見せなければならなかった。そして私は意気揚々と木々の間を邁進して、やがて巨大な牙を持った猪に出会った。私は直ぐに存在を察知して樹上に逃げた。


 木の枝にぶら下がりながら、巨大な牙を持った猪を眺めた。随分迫力のある姿ではあるけど、どうやら鈍感どんかんそうな個体だ。


 一瞬食べられるか考えたものの、まず殺せなさそうだ。殺せたところで捌くことが出来ない。血抜きも出来ない。そう考えると、やはり本来の蛇のように丸呑みすることしか出来ないのでは、と無念に駆られながら通り過ぎるのを見届けた。


 ふと思い出すと、小屋の隅には想像通りの大きさの蜘蛛がいた。


 動物を狩るにしても、ああいうよく分からない巨体の奴ではなく、小ぶりな普通の兎などを狩ればいいのだ。あんな奴らが徘徊している森に非力な兎が生態系を築けているのかは知らないけど、少なくとも、私でも狩れそうな奴を見つけるしかなかった。それか果物や植物とかでも良い。ただ、食べていいやつなのか見分けがつく知識は生憎有していなかった。


 私は少し開けたところを見つけ、そこで群生していた野苺を食べた。


 私は蛇に味覚があるかどうかを気にしたことがなかったけど、少なくとも私には備わっているようだ。


 美食家の舌を失ってしまったら、流石にそう自称することも出来なくなっていた。その時の私はもうお腹が空き過ぎていて、構うことなくその辺のそれっぽい葉や果実を食した。


 とはいえ、焼け石に水をかけるような感覚だ。私の空腹は癒えることなく、絶え間なく訴えかけてくる。


 頼むから肉を食わせてくれ。


 そんな事を言っても無理なものは無理だ。


 私は自問自答を繰り返した。


 悪魔の声が動物を襲おうと言ってくる。いいえ、死ぬかもしれないと天使は言った。


 意思決定権を持つ私は両者の言うことは一理ある、我々は運命共同体だと答えた。死にたくはないのは当然だから、まずは私に何が出来るかを探ってみよう。私よりも大きな猪や蜘蛛もいたけど、私だってそれなりに大きく、長さで言ったら誰にも負けない筈だ。


 巻き付いてしまえば猪くらいは殺せるかもしれない。だが実験が必要だ。そう熱弁すると、天使と悪魔の矛は収まった。それならそうしようと相成ったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る