8月28日10時23分:実行犯③

想定外の列車の遅延。それもかなり大幅な遅延。

アジトで吉永がどんな表情をしているのかを想像するだけで恐ろしい。何ならアジトの方角から怒りの波動がこの駅のホームまで伝わってきているような気さえする。それも仕方あるまい、吉永はこの列車の運行状況に文字通り命がかかっているのだから。それなのにただ椅子に座って待つことしかできないというのは常軌を逸したもどかしさであろう。

なぜか状況を俯瞰で見ている自分がいる。組織が解体されれば自分も路頭に迷う。言うまでもなく利害関係者であり、言うまでもなく当事者だというのに。

当事者性を取り戻したところで何かが変わるわけではないんですけどね。むしろ一歩引いてこの危機的状況を見ていた方が精神衛生上よろしいかもしれない。

塩野と自分は今日ここで死ぬ。それは決定事項だった。電車の遅延がなければ、今頃は二人とも冷たくなっていただろう。

しかし今、その決定事項が揺らいでいる。列車の遅延とかいう間抜けすぎる理由によって、「計画」が頓挫する可能性が突如として現れた。考えないようにしていたことが、頭の中を否応なしに駆け巡ってくる。

もっと彼のことを知りたい。もっと彼と話したい。

世間からずれている私を彼は笑いながら肯定してくれた。その優しさは高校生ゆえの旺盛な性欲に由来するものなのかもしれない。それでも嬉しかった。組織の外にも、私の居場所があるような気がしてしまった。組織の差し金で私は彼と引き合わされたのに。

オズワルドを電車に乗せることさえできれば、デートの行き先はどこでもよかった。どこでもよかったからこそ、考える隙間が生まれてしまった。彼とならどこに行くのが一番楽しいだろうか、と。ダメだ。蓋をしていた感情があふれ出そうになる。植物園デートで、少しかがんで私に目線を合わせながら草花の名前を教えてくれる彼の姿を想像して、思わず頬が緩む。

「なんで」

え。

「なんで、わらってた?」

いつの間にか目の前に支部長が、吉永が立っていた。しまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る