第46話 幸時VSβ

 虎一頭は何とか倒したが、あともう一頭残っている。幸時は守晴と巧の状況をちらちら見ながら、二頭の画獣と共にβと戦っていた。


「ほらほらほらぁっ! まだ行くぜ!」

「くっ……。しーちゃん、お願い!」


 しーくんが体当たりで吹き飛ばされ、幸時はしーちゃんに援護を頼む。心得たとばかりにしーちゃんは前に躍り出て、黒虎に氷のビームを浴びせた。

 黒虎の左前足が凍り付き、イヤイヤをするように前足を振る。その隙に、しーくんが立ち上がって駆け出した。


(画獣は本来、疲れを知らない。だけど、わたしの心理状況がどうしても反映されるから……気をしっかり持たないと)


 画獣以外にも戦う力を持つことは可能だが、今は絵を描く時間などない。黒虎の片割れを倒せたのだから、必ずいける。そう信じ、進むしかなかった。


(葛城くん、鈴原くん)


 幸時からは見えない位置だが、二人の少年たちの声や音が耳に届く。彼らと日常生活でかかわることは、本来なかったはずだ。絵を描くことが好きなだけの他校の異性など、なかなか見かけても話すことはない。


(それでも、わたしたちは出会えた。……二人とこれからも友だちでいたいから、いるためにはこの世界が必要だから)


 幸時の心を読んだのか、しーちゃんとしーくんが同時に氷と炎を黒虎に向かって吐きかける。

 ようやく氷の溶けた黒虎がジャンプで躱し、大口を開けて牙を剥き出しにした。そのまましーちゃんに襲いかかる虎を、しーくんが横から体当りして吹っ飛ばす。

 βが巻き込まれそうになったが、わずかに体をずらして黒虎を避ける。そして、ニッと歯を見せて笑った。


「はっ! なかなかやるな」

「まだまだなんだから!」


 息を切らせながら、幸時は更に指示を出す。

 幸時自身が激しく動いているわけではない。しかし思念で戦う彼女の戦い方の場合、精神的疲労が顕著に表れる。心の消耗は体に表れ、補おうと体力も削られるのだ。

 冷汗が背中を伝うのを自覚しつつ、幸時は獅子たちを動かす。そちらに集中していたため、背後に気付かず反応が遅れた。


「がうっ!」

「えっ!? ……くっ」

「おや、残念」


 βが肩を竦め、手にしていた棍棒こんぼうをくるっと回す。

 しーちゃんが鳴いたのは、幸時の背後で彼女を殴りつけようとするβの姿を見たからだった。しーちゃんの鳴き声のお蔭で、幸時は間一髪で身を退き難を逃れた。

 胸を押さえ、幸時は傍に寄って来たしーちゃんのふわふわの毛並みを撫でる。ありがとうと呟けば、獅子は嬉しそうに「がう」と鳴いた。

 しーくんはどうしたかと見れば、幸時に黒虎が近付かないようけん制している。空中戦を続ける獅子と虎を見上げ、幸時は深く息を吸い込んだ。


「……しーちゃん、もう少し力を貸してくれる?」

「がう」

「ありがとう」

「話は終わったか? 今度こそ、諦めさせてやるよ!」


 βの棍棒が鼻先をかすめ、幸時は数歩下がって胸ポケットからキャップを付けた鉛筆を取り出す。それはいつもスケッチブックに絵を描く時に使うものだが、彼女の手にスケッチブックはない。


「おいおい、鉛筆だけあっても仕方ないんじゃないか?」

「……そうかな? よ」

「どういう……」


 どういうことだ。βが問うよりも早く、幸時は回答を行動で示した。

 頭の上へと手を伸ばし、鉛筆で宙に線を引く。現実世界ではまずあり得ないが、ここは夢世界だ。想像力が力になる。

 横一文字の線が幸時の前に出現し、淡い白色に発光する。更に線を繋げ、図形を描いて行く。幸時の行動を驚きを持って見ていたβは、ふと我に返って棍棒で彼女を指す。


「そのまま描かせるわけにはいかないなぁ?」


 煽るように嗤い、黒虎を呼んで幸時への攻撃を支持する。指示を受け、虎がその鋭く太い爪で幸時に襲い掛かろうとした直後、それは完成した。


 ――パキンッ


 黒虎の爪で、幸時の華奢な体は簡単に引き裂かれるはずだった。しかし現実は、彼女に届くことなく手前で弾かれている。何故弾かれるのかわからない黒虎が何度も何度も爪を立てるが、半透明の線によって描かれた五芒星が防御壁の役割を果たし、その爪は届かない。


「グルルッ」

「虎、どけ。オレがやる!」


 黒虎が身を退いた直後、鋭い軌道を描く棍棒が五芒星に襲い掛かる。ドスッという重い音と涼やかなパンッという抵抗音が交錯し、βはおっとっととバランスを崩しかけた。


「何だ、これは!」

「シールド、みたいなもの。わたしが想像出来る最強の盾にした。だから……絶対に破られない」

「なるほど、矛盾ってことか。オレの棍棒とお前の盾、どちらが強いか見ものだな」


 そう言って哄笑すると、βは黒虎に獅子たちの相手を任せた。自分は幸時のシールドを壊そうと、鼻歌を歌いながら激しく棍棒を振り回す。

 ガキンガキンッ、バキッ。およそ無事では済まなそうな音が繰り返し聞こえるが、幸時の五芒星は耐え続ける。幸時は獅子たちと黒虎との戦闘に意識を半分割きながら、βの猛攻を耐え続ける。


「……っ」

「……さあ、そろそろじゃないか!?」


 βの言う通り、五芒星には幾つものヒビが入り始める。それに気付き限界だろうと嗤うβに対し、幸時はただ黙って成り行きを見守っていた。

 そして、五芒星が棍棒に耐え切れなくなったその時、パンッと破裂するように星の欠片と言うべき破片が飛散する。――全ての破片が、黒虎とβに向かって飛んで行く。


「何!?」

「これが、わたしの戦い方。欠片、意外と鋭利でしょう?」

「これは……くっ。キリがない!」


 幾つもの欠片を棍棒で破壊するβだが、全てを壊せるわけではない。幾つもの破片が彼の身を襲い、頼りになるはずの黒虎はしーくんとしーちゃんの猛攻もあって消えてしまっていた。


「――チェックメイト」

「クッ……見事だな」


 破片が刃となり、βの体を八つ裂きにする。自分が壊した五芒星と同様にヒビが入ったβは、そのままパキンッと弾けて消えてしまった。

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