クラウンオブザワンダーランド②


偽物でも青空は気持ちがいい。


「ウォフっ!」

「無事ですか。パキ……ラさん……!?」


気付く。パキラさんは僕に抱きついていた。

思いっきり真正面から僕も抱きしめていた。


あんな状態だったから無理もないけどローブ越しでも淡い胸でも感触がしっかり。


「ん……少年……大胆……」

「えっ、なんっスか? えっパキラさんの男? ガキっス?」

「ハレンチな! だ、男女で抱きついて! というか誰ですの?」


三者三様に驚き、パキラさんは凄まじい勢いで僕から離れた。


「ここ、これは、これは違う! 違うのじゃ!」

「尻尾、腰に絡まってったスよ」

「にぃあ!? そ、それは、だから」

「……少年……おっす」

「ど、どうも」


気楽なリヴさんの挨拶に僕は頭を下げた。

鋭い視線を感じる。ルピナスさんだ。怖い。


高貴な感じのエルフ美女だ。鎧姿が様になっている。

なんか僕を睨んでいるんだけど。


「ちょっと、なんなんですの。あなた。子供」

「えっ? えと、あの……」

「ん……ルピナス……敵……来ている……」

「あーもう、また来てるっス」


パペットたちが集まってきている。

わらわら、わらわら、これは大元を叩かないとダメだな。


「無粋ですわ」

「こほん。わらわが相手しよう」


そうパキラさんが前に出た。

杖を軽く振ってから掲げる。


パキラさんは見た目から魔法使いだ。

もっともこの世界では属性使いと呼ばれる。


八つの属性。


火に当たれば燃える。

水に包まれれば窒息。

風に吹き飛ばされ切れる。

土に流され埋められる。

緑に絡まれて拘束される。

雷に直撃すれば感電。

光に照らされて浄化し消却される。

闇に沈めば黒く染まり呪われる。


すなわち火・水・風・土・緑・雷・光・闇の八属性のことだ。

なお八属性全てのレリックを持っている者は居ない。


掲げたパキラさんの杖周辺に無数の小さな火球がつくられる。

レリック【火】か。それにしても細かく多い。


「ファイアストライクっ!」


パキラさんは半回転し杖を振った。

火球群が凄まじい勢いでパペット数体にぶつかり、燃え上がった。


「すごい」


木製みたいなものだからよく燃える。

小さく多い火球をぶつける様はショットガンみたいだった。

散弾ならぬ散火球か。


「まっ、こんなもんじゃ」

「すごい」

「ところでここは? 何故ウォフがおるんじゃ?」


その質問はむしろ僕がするところだけど。


「ここはダンジョンの最深部です」

「なんですって!?」

「落ち着け。ルピナス。ハイドランジアの底のことではない。そうじゃろう」

「はい。ここは僕が雷撃の牙と一緒に調査をしていたダンジョンの最深部です」

「最下層じゃないようじゃな」


パキラさんは苦笑した。


「にしても、なんかすっごいところっスね。あっどもっス。『ザン・ブレイブ』のビッド。第Ⅲ級で16歳。独身っス」

「ウォフ。13歳です」

「13って、あっ雇い仔っスか」

「まぁそんなところです」

「よろしくっス」


ビッドさんが手を差し出したので握手する。


「さて、これからどうするかのう」

「どこに行けばいいっスか……?」

「ん……ない」

「そうですわね」

「あの、野営地があります」


おずおずと僕は手を上げて言った。


「子供。野営地ですって?」

「とりあえずそこに移動しませんか。皆が居るはずです」

「……どうするっスか」

「今は手掛かりがないから行くしかなかろう。パペットはまた増えるぞ。ほれ」


燃え上がったパペットを踏んでまた新しく出てくる。

これは出しているパペットボックスを倒さないと意味がないかも。


「しょうがありませんわね。子供。案内しなさいな」

「はい。こっちです」


皆の無事を祈りながら僕は彼女たちを案内した。

道中で襲い掛かるパペットやミミックを蹴散らしていく。


さすが実力派。

そういえばアガロさん達はどこに居るんだろうか。









大神殿。東礼拝堂。運命の間。


真っ白くかつては荘厳であった、ってね。

だが今は見る影も何もない。なんだか悲しいわ。


それにこの神殿。妙な感じするのよね。

まるで故郷に戻ってきたような……心が少し騒いでいる。


それにしても、こんな地上にも無い大神殿。

いったい何を祀っているのかしら。


あーしの紫の瞳がうずく。熱く輝いている。


でも激闘に続く激戦で少しボロボロね。

無理もないわ。あの巨大な陸ナマズ。凄かったから。


あーしは溜息をつく。

あー折角の黒紫のお気にドレスがボロボロ。はぁーお風呂入りたい。

お風呂入りたいわ。


「陸ナマズ。あっしの同類が迷惑をかけまして」


アレキサンダー様は謝罪する。

まさか。こんなところで会えるとは思わなかった。


なんでも此処には人を探しに来た。

突然、魔物が現れたので心配で駆け付けてきた。


それが少年とフェアリアルの少女。珍しい組み合わせね。

でも会えなかった。無事ならいいけど、後であーしも捜索を手伝おう。


ところでその手には匕首あいくちがどうやってか握られていた。

実際どうやって握っているの?


「違うわ。巨大な陸ナマズ。アレキサンダー様とは全く似ていない地震の元凶よ」

「そいつはまた多大な迷惑でやすね」


あーしたちは談笑しているが暢気でも何でもない。

常に警戒はしている。なんせ目の前には2体のザ・フール。


それぞれ化粧面も衣装も違う。

人の姿をしているがダンジョンの魔物。


アレキサンダー様の前にいる、左の赤い派手な衣装に怒り笑う化粧面がパリヤッソ。

あーしの前にいる、真ん中の青い地味な衣装に泣き笑う化粧面がマックス。


2対2。互いにけん制していて動きはない。

だからこうやって話が出来るけど油断できないの疲れるわ。


しかもこいつらでさえ前座なのよね。

ザ・フールの奥に派手過ぎて陳腐な玉座がある。

そこにまるで王のように座る魔物。

黒と白の道化師衣装。

王冠みたいな派手派手な赤と青の四股帽子を被り、歓喜の化粧面をしていた。


クラウン。

ザ・フール。アンデッドで人型の魔物。


今回のダンジョンの異変。

壊れたダンジョンロード。


「面倒でやすね。あっしの見立てだと、この3体のザ・フールも強敵でやすが、奥のクラウン。あれはヘタすると宝石級に届きやす」

「それは本当ですか。アレキサンダー様……」


アレキサンダー様は頷いた。

あーしはうんざりする。第Ⅰ級案件じゃない。


【黄金等級】上位の次が【宝石級】になる。


第Ⅱ級だと複数人で相手する魔物よ。

そんなの……割に合わないわ。依頼料上乗せは確実ね。


「残念ながらここはひとつ逃げ―――っ!」


パリヤッソが動いた。アレキサンダー様が素早く対応する。

さすが元第Ⅰ級。今でも現役と張れるでしょ。なによりもキャワイイ御姿。

キャワイイといえばあのウォフという少年もあーしの好み。


雇い仔にしなくて良かった。

こんな戦いに巻き込んだら死んじゃってたわ。


マックスはあーしに攻撃を開始する。


「無粋ね。女の子に嫌われるわ」


戦闘が始まった。楽しい楽しいダンスの始まり。

あーしはレリック【サンスポット】を発動させる。


黒い六つの点が空間に現れ、マックスを追う。

アレキサンダー様の見える交錯する剣閃が炸裂した。


それらがザ・フールたちのそれぞれのジャグリングに消される。


あーしの【サンスポット】はマックスのお手玉ボール。ふざけてるわ。

アレキサンダー様のよくわからない剣閃はハンスヴルストの花束剣。


「あーし。変に軽い男は嫌い」

「さすがでやす。む?」


アレキサンダー様が何かに気付いた。あーしは目線を追う。

そして深い紫の瞳を大きく見開いた。


「いない!?」


先程まで玉座に大仰に座っていたクラウンの姿が無かった。


「……いったい」


パリヤッソの燃える剣を弾き、アレキサンダー様が呟く。

あーしは【ブラックスポット】でマックスの右腕を吸い込んで消した。


クラウン。どこへ。










大神殿。西神殿街。瓦礫通路。


唐突に何の前触れもなく足音もせず。

それは僕達の前にあらわれた。


白黒のピエロみたいな衣装の男だ。

派手派手な赤と青の四股帽子を被り、満面の笑みの化粧をしていた。

間違いない。ピエロだ。


ピエロ? それってザ・フール!?


「クラウン」


誰かが言った。

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